348〈国生み〉
俺と白せんべいは、声に導かれるように中心部へと向かう。
本来、うじゃうじゃいるはずの見回りには、一度も会っていない。
「導かれてるな……」
「玉井さんは強力なテレパスなんでしょ。
そういう力があるのかも?」
たしかにそういう感じがする。
だがそれもここまでのようだった。
中心部の扉。その目の前には見張りが二人立っている。
見た目からして、軍人だ。
サブマシンガンで武装している。
「ここは僕がやる……【玄武の盾】」
白せんべいが駆け出した。
「止まれ!」
「問答無用! 【龍鱗の拳】」
「くそ! 能力者だ!」
一人が銃を構えるのに合わせて、白せんべいのパンチが決まる。
ありえない膂力で見張りは壁に挟まれて沈んだ。
そういえば、『リアじゅー』での白せんべいは脳筋仕様だった。
「ちぃ!」
ドパラタタタッ!
サブマシンガンが白せんべいの直近で放たれるが、銃弾は白せんべいの周囲の薄膜に遮られ、ポロポロと零れ落ちる。
しかし、それなりに衝撃は通っているのだろう。
連射されるそれに抗えず、少しずつ後ろにさがらされていく。
まあ、お陰で俺はノーマークだ。
「ゐーっ!〈【雷瞬】!〉」
ぎゃっ! という叫びと共に兵士は倒れた。
「ふぅ……大丈夫だと思っていても、衝撃が来ると緊張するね……」
白せんべいが膝に手を置いて荒い息を吐きながら言う。
「MPは大丈夫か?」
現実でスキルを使う時は、コレが怖い。
『リアじゅー』では感じない衝撃や緊張感から、自分のリソースを見誤ると、一瞬で死ぬ可能性があるからだ。
俺だって、『金山羊』の効果で二十四時間後に復活すると分かっていても、敵の真っ只中で死んだりすれば、どうなるか想像したくもない。
他にも火の中、水の中は復活できなさそうな気もするので、ある意味、死に場所、死に方をひとつ間違えたら地獄行きだと思うと、余計なプレッシャーが掛かるというものだ。
「ああ、大丈夫だ……少しびっくりしただけだ。
大丈夫。大丈夫……」
「ここも作ってくれたハンズフリーキーで行けるか?」
俺は白せんべいが全員に配っている電子ロックを翳すだけで解錠してくれる『ハンズフリーキー』を取り出す。
「いや、ここのロックはそれだけじゃダメだ。任せてくれ」
白せんべいが、持ってきたリンクボードを入口に直接繋げると、ボードを慣れた手つきで打ち始めた。
「くそ、反対側から妨害されてる……少しかかるぞ」
「破れるのか?」
「はあ? 少し時間が増えるだけだよ!
僕に破れないロックなんてないよ。
僕はスーパーハッカーだぞ!」
「そ、そうか。俺は通路を見張っておくからな」
「ああ、邪魔が入らなきゃ五分だよ!」
白せんべいはメットと手袋を脱ぎ捨てて、ペロリと唇を舐めたと思うと、ものすごいスピードでボードを叩き始める。
おそらく、思考入力も同時並行で行っているだろうが、視線は痙攣しているかのように左右に高速で動き、瞳孔は開きっぱなし、呼吸は水泳選手のように時折、ぶはっ、と大きく吸って、後は無呼吸。
鬼気迫るとは、こういうことを言うのだろう。
おっと、見入っていないで自分の仕事をしないとな。
『ミミック』がセットに入った、避けタンク用のガチャ魂セットに思考入力で入れ替えると、見える曲がり角に罠をセットしていく。
何度目の、ぶはっ、だったろうか?
体感ではものの三分程度で、白せんべいは「開くよ!」と言った。
自動扉が少しの音と共に開く。
同時に俺は、白せんべいの前に【緊急回避】を使って割り込む。
【野生の勘】の赤いラインが真っ直ぐ俺に向かっている。
一発、二発、三発と衝撃が俺を襲う。
顔だけは腕を上げて守って、なんとか踏み止まる。
ボディアーマーのおかげで、貫通はしないが、肋骨はたぶん逝った。
この痛みは、無茶な若者に車で突っ込まれた時以来かもしれない。
「く、来るな!」
「グレン!」
「いっっってえな、こらぁああっ!」
痛みを怒りに変えて、撃ってきた野戦服姿の男を殴る。
部屋の中は中央にマグマが冷え固まった黒い石の柱が立っていて、部屋全体は円形をしている。外周部分にはスーパーコンピュータらしき黒い立体物がぐるりを囲んでいる。
一見すると黒い環状列石に見える。
その黒い立体物にリンクボードを繋いで、何やらやっている男が一人、さらにもう一人は今、俺が殴った男で、どちらも野戦服姿だが兵士というより研究者というイメージが強い。
───たすけて───
また玉井の声だ。
どう考えても、黒い立体物にリンクボードを繋いで、何やらやっている男が問題なのだろう。
その男は気味の悪い不埒な笑みを浮かべている。
「えへ、えへ……さあ、ユミル、大人しくボクちんの言うことを聞くんだ……ダメ、ダメ、逆らおうったって、開発者コードなんだから無・理・だ・よ……えひひ、論理も倫理も、ほうら、脱ぎ脱ぎしまちょうねぇ……」
気持ち悪っ!
にちゃあ……とした笑い方が独善的で独裁的で、支配欲の固まりみたいな興奮の仕方が、気持ち悪くて仕方がない。
俺はそいつの後ろに立つと、無言で、おもいっきり拳を振り下ろした。
「げぴゅっ……な、ななな、なにすんだ!」
「お前はナニしてんだよ……」
もう一度、拳を固めて聞く。
「ひぃ……ユミル、ボクちんを守れ、侵入者だ!」
タカタカタカ……とハイスピードでリンクボードを操る男をもう一度、殴る。
「ぐぺっ……」
男は倒れ込む。
「……なんだって?」
いきなり白せんべいが声を上げる。
「どうした?」
「グレン、分かったよ。……でも、なんて説明したらいいか……」
白せんべいの視線が泳いでいる。
どうやら、白せんべいだけに聞こえている脳内アナウンスがあるようだ。
「こいつを壊しときゃ、問題ないだろ!」
俺は殴った男が操っていたリンクボードを足で踏み壊そうとする。
「あ、だ、ダメだあ!」
ゴキブリのように這い寄った気持ち悪い男が、リンクボードに覆い被さる。
嘘だろ!? さっきのパンチは普通のやつなら二、三回気絶してる渾身のパンチだぞ。
何故、起き上がって来られる?
「えへ……えへへ……ユミルはボクちんのだ!
渡さないぞ!」
ゴキブリ男がリンクボードのエンターキーを叩いた。
環状列石の内側、床に穴が三箇所ほど開いて、前に玉井を連れ去った白いNPCドールみたいな奴らが、わらわらと這い出して来る。
その動きは、俺と白せんべいを排除するようなものだ。
「くそ! 寄るんじゃねえ! 【回し蹴り】!」
だが、NPCドールは、どんどん数を増やしていく。
「グレン! 浮遊都市のA.I.だ!
ガイアとユミルとエデン。『リアじゅー』の運営なんだ! いや、A.I.が『リアじゅー』なんだ!」
「はっ?」
俺はNPCドールを殴り、蹴り飛ばして、白せんべいの言葉に耳を傾ける。
「奴ら、開発者コードを使ってユミルを書き換えようとしてる! 止めなくちゃ!」
「くそったれ! まとわりつくな!
どうやって!?」
白せんべいに聞く。聞きながら、NPCドールを吹き飛ばし、ゴキブリ男に近付くように動いていく。
「僕だ! 僕しかできない!
玉井さんと繋がらなきゃ!
何人も干渉できないファイアウォールが必要だ!」
「玉井? くそ、玉井どこだよ!」
「やってやる! 【玄武の盾】【大地の鳴動】【龍の槍】」
それはイメージの錯綜だ。
天の御柱を回り、ゴキブリ男と玉井が邂逅した。ゴキブリ男の掌に載せられた文字列が渦を巻いていて、玉井がそれに触れる。
玉井からアメーバのようなどろどろしたものが溢れて、苦しそうに喘いでいた。
ゴキブリ男から玉井を挟んだ反対側に白せんべいが立っている。
白せんべいが掌に載せた文字列が、アメーバを吹き飛ばし、玉井を優しく包んで行く。
玉井は、ハッとしたように白せんべいを見る。
二人は頷き合い、白せんべいから放たれる文字列が赤熱していく。
ゴキブリ男がそれに触れようとすると、ぎゃっという感じに掌が焼け爛れた。
俺の意識がイメージの世界から解き放たれる。
中心にマグマの固まったような石の柱が立っている。
右に白せんべい、左に玉井の上半身が石化して埋まっていた。
あれだけいたNPCドールはいつのまにか消えていて、ゴキブリ男がしきりに環状列石に繋いだリンクボードを叩いていた。
「くそ! くそ! くそ! くそ! くそっ!
……開発者コードだぞ! なんで無効になる!? おかしいだろ! 言うこと聞けよ!」
───ごめん、グレン。帰れなくなった───
「ハッ……白せんべい……玉井……」
───ごめんなさい。貴方には見て貰わなければならなかった……───
二人の声が聞こえた。
───安心して。皆は無事に脱出してる。僕の事は上手く説明しておいて。生きてるし、見守ってる。大丈夫。ただ、もう直接的な手助けはできなくなっちゃったな……SIZUに謝っておいて。それから、感謝を……君に会って、楽しかったって……───
「終わり……なのか……」
───どれだけ優秀なファイアウォールも更新しなきゃいつかは破られちゃうからね。システムにはこのスーパーハッカー様が必要だったってこと───
───形は変わりましたが、私も白せんべいさんも、生きてる度MAXです。ご安心を───
───あ、ひとつだけ、お願いがあるんだ、グレン───
「なんだよ……」
───そこのゴミ男、この部屋から出しておいて。この部屋シールするから───
「白せんべい、お前、なんか軽くなってないか?」
───僕みたいなのは、身体が重荷だったからね。簡単に言うと……情報生命体に進化したから、重荷を捨てた分だけ軽くなったのかも?
なんてね───
「……他に言うことあるか?」
───そうだな……───
それから、二人の声が重なる。
───いつか会いに来て……グレン〈貴方〉にとっては一瞬だけど、僕ら〈私たち〉にとっては百年先のことだから───
「……頭、こんがらがるわ!
馬鹿に分かるように、もっと優しく話してくれ……」
───それは次、会った時にね───
また、ハモりで言われた。
俺は、言われた通り、ゴキブリ男を掴んで、引っ張って、部屋から出した。
ゴキブリ男はスーパーコンピュータとリンクボードの接続が切れたにも関わらず、ぶつぶつと呟きながら、俺に引き摺られるままリンクボードを叩き続けていた。
「……そんなはずないんだ……ボクちんが新世界の神だぞ……ほら、これが証だ! これを奪うために、めちゃくちゃ苦労したんだ! ボクちんが神になるんだ……」
「神様なんかなるもんじゃねーって、今どきのガイガイネンだって理解してんだよ……って、聞こえてねぇか……」
俺はゆっくりと閉まっていく中心部の扉を眺める。
アレが『リアじゅー』。
百年後。
様々な情報が頭の中を駆け巡っている。
なんで俺なんだよ……。
小さな疑問をポツリと零して、俺はその場を後にした。




