345〈にこぱんち〉
仕事終わり、尾上さんから『リアじゅー』内で会えないかと言われて、俺はログイン後、久々に『シティエリア』の俺の畑へと向かった。
『郊外区』にある畑は、元々が大したものがない自然が優先の場所だ。
だが、だからこそ建て直せば済むという話ではなく、『ガイガイネン』イベントでの被害の爪痕は未だに色濃く残っている印象がある。
畑の復興はドローン任せなので既に終わっているが、折られた木々や人の住まなくなった家屋などは、朽ちていくのを待つだけだったりする。
未だ魔法文明側の各レギオンは『ネオ』への対抗手段を見い出せないまま、それでも『ガイガイネン』イベント中はできなかった鬱憤を晴らすように『作戦行動』を繰り返している。
そして、科学文明側もまたそれを望んでいた。
科学文明側は経済活動こそが肝なのに、復興に資金を吐き出すばかりで、収入の目処が立っていない。
怪人を退治して、それを動画化、広告やおもちゃなどで収益を上げないことには、組織としての動きが取れなくなってしまう。
やはり、『ネオ』への対抗手段を見い出せなくとも、精力的に活動せざるを得ない。
あちらこちらでヒーロー対怪人のバトルフィールドが形成される中、ここ『郊外区』は元々NPCが少ない上に、『ホワイトセレネー』が中心となって署名活動を行った『郊外区緩衝地帯化宣言』に多くの賛同者を得たこともあって、簡単には手を出せない雰囲気を作り上げることに成功しているため、『作戦行動』がほぼ行われない地区として成立しようとしている。
たまにはこっちの畑にもしっかり手を入れてやらないとな。
そう思いながら、雑草を抜いたり支柱を立てたりと手を入れていく。
「グレン。待たせたかな?」
私服姿のにこぱんちだ。
相変わらず大学生くらいに見える。
そういえば『飛行場』の軍基地NPCの尾上さんと良く似ている。
本人曰く、広報に載ったこともあるので、スキャンでもされたかもとのことだが、真相は未だ謎のままだ。
「ゐーっ!〈ああ、にこぱんちさん! いや、久しぶりに手を入れるいい機会になりましたよ!〉」
入っても? と聞かれるので、ええ、大丈夫ですよと招き入れる。
俺が許可を与えた者以外が入ると警報が鳴る仕様にしたので、これで大丈夫だ。
「ああ、俺も土いじりでも始めようか……」
俺を見ながら、にこぱんちが遠い目をしていた。
なにやら疲れているような。
Bグループ、もう今更なので『マギクラウン』と断定してしまうが、その『マギクラウン』が文明問わずで『リアじゅー』プレイヤーの軍人を集めていて、にこぱんちはそれを防ぐべく色々と動いているらしい。
軍内部の上官に働きかけるのは、なかなかに気を使うとかなんとかボヤいていたのは現実の話だ。
「ゐー〈やるなら、教えますよ。自分もそれほど詳しい訳ではないですが〉」
「いやいや、グレン農園といったら既に『リアじゅー』内ではブランドでしょ。
謙遜なさる必要はありませんよ。
じゃあ、少し教えていただこうかな」
俺は土いじりの基礎を知り合いの農家に教えてもらった通りに、にこぱんちに手ほどきしていく。
まあ、ドローン任せでも充分なんだが、にこぱんちの目的は心の休息としての土いじりだろうからな。
しばらく、お互いに土いじりに専念して、にこぱんちが「う〜ん……」と腰を伸ばす。
「ゐーっ!〈少し休憩にしましょう!〉」
「ああ、ありがたい。それと、こっちでは今まで通りでいい。俺もそうさせてもらう」
「ゐーっ!〈そうか。分かった〉」
畑のへりに座り、インベントリから用意しておいたお茶セットを取り出す。
「ゐーっ!〈ウチのメイドNPCが作ってくれた浅漬けと緑茶だ〉」
「メイドNPC?」
「ゐー……〈まあ、色々やっている内に、ウチの大首領がつけてくれてな……〉」
「ああ、私は秘書NPCがいたな」
なるほど、『マンジクロイツェル』では秘書NPCがつくものらしい。
スケジュール管理とかしてくれたりするんだろうか。
まあいい。そういうバカなことを考えながら、浅漬けの塩味を緑茶の渋味の中にある甘みを引き立たせる役にして、その深みを味わっていると、にこぱんちが呟くように話し始めた。
「まずは情報提供、感謝する。やはり、マギクラウンだった。それから、あそこはヤバいかもしれん……」
パリパリとした浅漬けの音を響かせて、少し頷く。
「どうも悪い噂ばかりが出てくる……」
「ゐー?〈悪い噂?〉」
「人さらい、洗脳、無許可実験……おっと、あくまで噂だからな。
それに『リアじゅー』での話だ」
んげっほ……という感じでお茶が器官に入って噎せた。
危ない。色々と言いたくなってしまう。
にこぱんち、尾上さんは悪い人ではないが、軍人だ。
上からの命令に絶対服従を刷り込まれている人に、俺たちが現実で行っている反政府活動を知られる訳にはいかない。
「大丈夫か?」
俺はなんとか噎せ返る呼吸を収めて、大丈夫だと返した。
「今回の『ガイガイネン』騒ぎの中、シティエリアのNPCに対して、そういうことをやったという噂があるだけだ」
「ゐーっ!?〈NPC!? それは運営が黙ってないんじゃないのか?〉」
「それが謎なんだ……シティエリアのNPCを害する行為はヒーロー側ならある程度のお目こぼしはあるとはいえ、本来なら一発BANもあり得る行為のはずなのに、何故か許されている。
なにかあると睨んでいるが、俺は怪人側だし、軍人仲間はすぐにバレるから、探りも入れられなくてな……。
グレンなら『グレイキャンパス』に顔が効くという話を小耳に挟んだんだ。
あそこは俺たち怪人とヒーロー、両方の情報に精通しているだけでなく、独自の情報網を持っていると聞く。
俺が行った時は、情報の売り買いはしていないからと、突っぱねられてしまってな……」
なるほど、おそらくだが、にこぱんちは『マギクラウン』が何かチート行為をしているのではないかと疑っていて、それがあれば『マギクラウン』を物理的に弾き出せる。その結果、軍の規律を盾に招集されてしまったプレイヤーを救い出せないかと画策しているようだ。
「ゐー!〈期待に添えるか分からないが、動くだけは動いてみる〉」
そう答えた。
たしかに『マギクラウン』を物理的に弾き出せるなら、それに越したことはない。
『リアじゅー』内でレギオンを壊滅させたところで、奴らが『リアじゅー』に目をつけた以上、ただのモグラ叩きになってしまう。
チート行為があるなら、アカウント停止させて、『リアじゅー』が利用できない状態にさせるのが一番だ。
にこぱんちにどこまでの報告ができるかは分からないが、これは静乃たちに教えておくべきだろう。
そう思って、俺は腰を浮かすのだった。




