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『シュリンプマン〈模倣人格〉』との話し合いは続く。
「私が理解する内では、話し合いが一番、相互理解を深めるには有効だと考えています」
レオナが『シュリンプマン〈模倣人格〉』に向けて言った。
「そうか。では、このまま続けるべきだな」
「そうですね」
「ゐーんぐ?〈なあ、俺がお前のオリジナルだとしたら、なんで普通に喋れてるんだ?〉」
「うん? それは他にもオリジナルがいるからだ。俺はお前たちが言うところの、何人か喰っているからな」
「くっ……」
レオナの顔が歪む。
たぶん、この『シュリンプマン〈模倣人格〉』はそれが嫌悪感を抱かせる行為だという認識が欠けている。
「ゐーんぐ……〈簡単に言うな……仲間が喰われて嬉しい奴なんていない……〉」
「……なるほど。たしかにお前はそのせいで忌み嫌われているのだったな」
あ……。
『シュリンプマン〈模倣人格〉』に言われて気づく。
俺が【神喰らい】を使うから、恨まれるのか!
盲点だった……。
「グレンさん……すいませんがその話は後に……」
「ゐーんぐ……〈お、おう……すまん……〉」
レオナに窘められてしまった。
そのレオナはというと、『シュリンプマン〈模倣人格〉』に向き直って、真面目な顔をしていた。
「あなたはこの世界の神になりたいと考えているという理解で合っていますか?」
「それは副次的なものだ。俺たちの望みは端的に言えば、この星での永住。これに尽きる」
「では、何故、神の座を望むんですか?」
「その方が暮らしやすいからだ。
この星には俺たちが生きていける条件は揃っているが、それは楽なものではない。
この形質を獲得したのは、この星の神々の定めに従わねば自己を保てないからに過ぎない。
まあ、美味いものとの出会いだけは、この形質を獲得して良かったところではあるが、根本的な解決ではない」
「なんだってんだ!
つまり、他人の星に来て楽しく暮らしたいから、神として崇めろってことなのか?」
それまで黙って話を聞いていた小規模レギオンの代表がキレた。
拳を叩きつけられた卓袱台が大きく揺れる。
「崇める? なるほど、それは俺たちにとって有益かもしれない……そうなると、やはり神となるのが一番か……」
「おい、お前、めちゃくちゃだぞ!
もっと分かるように話せよ!」
「落ち着いてください。声を荒らげても何の解決にもならないですよ」
「でも、こいつ、勝手に他人様の星に来て、神になるだとか……」
「落ち着いて!
そもそも、神様になると言いますけど、それはなろうと思ってなるものじゃないでしょう。
崇めろと言われて、崇めるようなものじゃないんですから……」
『シュリンプマン〈模倣人格〉』は卓袱台に拳を叩きつけられた時には、自分の湯呑みだけは確保していた。
その湯呑みから、雑草茶をゆっくりと啜る。
「それは問題ない。俺たちが神になれば、お前たちの形質も変化を迎える。
そうなれば、俺たちの欲する……ああ、最も近い言葉で言えば精神エネルギー的なものが食えるようになる」
「ゐーんぐ?〈精神エネルギーを食う?〉」
「ああ、精神エネルギーというと語弊があるか……魂魄という概念の方が近いか……それで言う魄の表層エネルギーが本来の俺たちのエネルギー源ということになる。
俺たちが神になれば、お前たちも俺たちに近い形質を獲得し、言うなれば剥き出しの魂魄のような形になるはずだ。
そうなれば、俺たちはエネルギーを取りやすくなるし、お前たちは根源的な回帰を起こし、循環によるエネルギー生成もより端的になるだろう」
聞いている内にレオナの顔色が段々と青ざめてくる。
「ま、待って、待ちなさい。
それって人間の形が変わるということ?」
「環境の変化に適応するということだ。
俺たちが神になり、新たな『理』が生まれれば、当然、今ある『理』も変化する。
別にお前たちの本質が変わるわけではない」
「……ゐーんぐ〈……それは受け入れられないな〉」
「ええ。共存は無理だわ」
おそらくだが、『外概念』が神化すると、俺たちは人の形を保てなくなり、人ではない何か別種のモノになってしまうということだろう。
さすがにそれは受け入れ不可だ。
「そうか? だが、元々それら別種の神を受け入れてきたからこそ、今のお前たちがある。
それならば、俺たちが新たに『理』を加えてもそれほど問題があるとは思えないが?」
別種の神?
『リアじゅー』の設定的に言うと、第三の世界とか、そんなところか。
双子星に干渉を起こした世界。
それがこの世界の神として定着して俺たちがいる?
いや、例えそれが正しかったとしても、俺たちはこの『人』という形があるからこそ、俺たちなのだ。
スライムかひとだまか、それとももっと違う何かかは分からないが、今ある形が変わりますと言われて、はいそうですか、とはならない。
「それにほら、俺を見てくれ。
お前たちの『理』に合わせて、俺たちは形質変化を起こしたが、必ずしも悪いことばかりではないぞ。
この形質ならば美味いものを食った時の自身の魄をエネルギーとして食える。
量は少なくとも自己循環が可能になった」
「ゐーんぐっ!〈なら、それで満足しとけよ!〉」
「それは無理だ。自己循環はあくまでも補助的な意味しかない。これだけで生きられるほど強くはないからな……。
もしかして、これは交渉決裂というやつか?」
「あなたたちを受け入れられない以上、この交渉は決裂したと言うしかないですね……」
レオナがキッパリと言った。
レオナにしては珍しい。
「うーん……そうか……それは残念だな……。
やはり地道に神を目指すしか、生き残る術はなさそうだ。
正直、俺たちという存在そのものが削られ過ぎて、かなり厳しいんだがな。
せいぜい頑張ることにするよ……」
こうして話している分には敵意は感じないのだが、それもこれも根本的に生命としての本質が違うからなのだろうか。
ただ、その所作は酷く人間臭い。
哀愁漂う背中というやつだ。
「そこまで形質変化に拘りがないのでしたら、その自己循環というのを、さらに発展させたりはできないんですか?」
レオナが可哀想になったのか、そんなことを言い出す。
「この形質は、獲得したくて変化したわけでもない。環境適応の結果だ。
さらなる形質変化は時間が必要だろう」
「……もう一度、日を改めて話し合いませんか?」
「は? いいのか?」
「現時点で妥協点は見い出せません。
でも、このまま消えろというのは、少し可哀想だと思いました。
おじさんに弱いんですよ、私」
『シュリンプマン〈模倣人格〉』が不思議そうな顔をしていた。
「ありがたい」
「ひとつだけ。話し合いが終わるまで、プレイヤー以外から情報を取る行為を禁止してもらえませんか?」
「プレイヤー?」
「あなたたちと戦うことでコミュニケーションを取っている人たちです」
「ああ、それは構わな……うっ……雑草茶もダメか?」
「雑草茶はいいですよ」
「それなら、そう伝えておこう」
こうして、話し合いは翌日に持ち越しとなるのだった。
どうしよう……想定外の方向に話が進みはじめました。
レオナさん……勘弁してくれ……。




