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俺はそのモンスターを見た時、なんなら少しの震えと共に歓喜してもいいと思った。
電極兎。
正式名称はエレキトリック・ラビットだったか。
めんどいので、電極兎とするが、そいつらが十数匹。
いや、確かにLv2の頃は奴と死闘を演じたし、その後の『嘘つきネスティ』に奪われたガチャ魂のことを考えると、ある種の因縁めいたものを感じるが、まさかサクヤも俺と似た経験をしたことがあるとかなのか?
まあ、低レベルモンスターだけに、召喚された数は多いが、サクヤが「最悪」と言うほどではないと思うが。
「まずいですね…… 」
レオナまで顔を青ざめさせている。
「ゐーっ? 〈何がマズいん…… 〉」
「がっ! やられ、られ、シザっ…… 」
俺が聞こうと思った瞬間、将軍大鬼の攻撃を止めていた煮込みの動きが止まる。
直後に将軍大鬼の金棒がヒット。
煮込みが吹っ飛ぶ。
「ゐーっ! 〈煮込み! 〉」
「……フォローにっ! あっ…… 」
フォローにサクヤが入ろうとした時、サクヤに黄色い文字で1点ダメージ。
頭上には『感電』の状態異常が表示される。
近付く、将軍大鬼が金棒を振る。
今まで、盾を使って被ダメを抑えて来たサクヤだったが、盾が構えられず大きくダメージをもらう。
「サクヤさん! くっ……私がっ! グレンさん、急いでエレキトリック・ラビットを! 」
これは、普段、レイド戦で俺たちがやることを逆にやられている……。
電極兎のダメージは低いが、『感電』すると数秒間、身体が動かなくなる。
そこをダメージディーラーである将軍大鬼が狙ってくる。
レオナが何やらステータスを弄ろうとしては、電極兎の電気攻撃にさらされて、避けるという厳しいループに入っている。
恐らく、『感電』対策のスキルセットに付け替えようとしているが、その余裕がないのだ。
「ゐーっ! 〈任せろ!奴らはレオナに譲ってやる! 〉」
サクヤに追撃を仕掛けようとする将軍大鬼の背後に俺が迫る。
「グレンさんっ! 」
レオナは対策がないんだから、ここは俺の出番だろう。
「ゐーっ! 〈そこから先は行かせねーよ!【誘う首紐】! 〉」
【誘う首筋】は相手に首輪をかけて、俺の腕とを繋ぎ、俺の近距離より離れられなくするアーツだ。
ちなみに、俺は将軍大鬼の金棒が2発掠ったら死ぬ。
「ぉぐぁぁぁっ! 」
将軍大鬼が俺へと向き直る。
同時に静電気的痛みが俺を襲う。
ばちんっ! と音がして、1点ダメージ。
───状態異常『感電』に掛かりました───
───【全状態異常耐性】成功───
ほぼノータイムで『感電』が打ち消される。
将軍大鬼の金棒を【緊急回避】で躱す。
「ゐーっ! 〈こっちだよ! 〉」
超短距離瞬間移動で将軍大鬼の背後に現れると『ベータスター』を3点バースト。
「ぉぐぅおがぁぁぁっ! 」
振り回される金棒はまた【緊急回避】する。
ほれ、3点バースト!
もう1回!
「え、状態異常耐性高くないですかー? 」
サクヤが驚きに声を上げる。
「そういうスキル持ちなのよ、グレンさんはっ! 」
レオナが電極兎を撃ち抜く。
「派生アーツが、またひどいの引いてるシザ! 」
煮込みも電極兎を始末しながら、笑う。
笑うなよ。
「ゐーっ! 〈ヒドくねーわ! こういうのは工夫次第だろが! 〉」
俺はまたもや【緊急回避】。
だが、背後に現れたはずなのに、将軍大鬼はこちらを向いていた。
やべ、同じ動きを見せ過ぎたか。
将軍大鬼は既に金棒を振りかぶっている。
逃げられ……いや、逃げられないなら、突っ込め!
「ゐーっ! 〈【正拳頭突き】! 〉」
将軍大鬼の金棒の内側へ。俺は飛び込むように頭突きを放つ。
バキンッ!
俺を抱きしめるような格好になる将軍大鬼だったが、そんなもの嬉しくない。
嬉しいのは俺へのダメージがほとんどなかったことだけだ。
俺のロケットのような頭突きは、将軍大鬼の顎先へとヒット。
そこは、俺にだけ見える弱点カーソルのある場所。
将軍大鬼の牙の根元だ。
「おぐぁっ!! 」
「ゐーっ! 〈よっしゃあ! 弱点は効くだろ! 〉」
「『昏倒』シザ! 」
ぐらり、と将軍大鬼が揺れる。
「チャンスよ! グレンさん、離れて! 」
「ゐーっ? 〈離れ……どうやって? 〉」
首輪とリードで、将軍大鬼と俺は繋がれている。離れるとか無理なんだが……。
「スキル外すシザ! 」
「ゐーっ? 〈念じればいけるか? 〉」
外れろ! ───念じても無理だった。
外れろ! と声に出しても外れない。
そもそも【誘う首紐】は『グレイプニル』からの派生アーツで、『フェンリル』と『グレイプニル』は相互作用でスキルセットから外せないスキルだ。
「ゐーっ! 〈外れないぞ! 〉」
「『ペルセウス』じゃ巻き込んじゃうシザ! 」
「『スライムキング』もダメですねー」
将軍大鬼が『昏倒』で倒れる。
追撃を仕掛けるなら、やはり今なのに、俺が皆の足を引っ張る形になってしまう。
やりたくない……やりたくないが、これしか思いつかない。
「ゐーっ!!! 〈これでどうだ! 【封じる縛鎖】!!! 〉」
地面から鎖のエフェクトが伸びて将軍大鬼を縛り付けていく。
同時に、俺と将軍大鬼を結び付けていた紐が繋がれていた右腕が破裂する。
ばつんっ! と俺の右腕が弾ける。同時に紐がなくなったことで、俺の身体が弾けるように将軍大鬼から離れる。
「ゐゐゐゐゐーっっ! 〈いい痛えーっっ! 〉」
「ちょっ……グレンさんっ! 」
「グレン、ナイスシザ! 【両断刃】! 」
「【王水弾】! 」
光る斬撃と溶解液の弾丸が将軍大鬼を襲う。
見る間に将軍大鬼のHPバーが減っていく。
だが、足りない。
「ゐーっ! 〈レオナ!俺はいいからジェネラルオーガを! 〉」
「で、でも…… 」
「ゐーっ! 〈大丈夫だ! 回復くらい自分でできる。それより、これでジェネラルオーガを倒し切れない方がまずい! 〉」
俺の言葉にレオナが将軍大鬼を見る。
確かにこれで倒せなかったら色々と大変なのだ。
状態異常が特盛になっている将軍大鬼だが、頭上の状態異常アイコンは次々に点滅していて、いつ回復してもおかしくない。
将軍大鬼の行動ルーチンがどうなっているのか分からないが、俺たちの更なる追撃が間に合わなかった場合、また最悪に近いパターンの召喚でもされたらことだし、普通に攻撃されたら、たぶん俺は死ぬ。
一番ヤバいパターンは、現状残りHPが一割切っている将軍大鬼が、倒れている間に出すはずだった召喚モンスターを連続で繰り出してくるパターンだろう。
それらのことをレオナは一瞬で判断したのか、妙な唸り声を上げてから、一度しまったハンドガンをホルスターから引き抜いた。
「う〜っ、う〜っ、グレンさん、ちゃんと後で治しますから! 」
俺は分かったというように頷いて、ポーションを失くした腕にかける。
さすがに失くした腕は戻らないが、赤いエフェクトは止まる。
ステータスを確認、体力はまだある。
煮込みとサクヤはポーションや食事をしている。ちまちま削るよりも大技を回復させた方が早いって判断だろう。
レオナは殺人狂の兵士みたいに、ハンドガンのトリガーを淡々と、タンタンと引き続けている。
もしかして、レオナって大ダメージ系のスキルとか持ってないのか。
とにかく、俺もダメージ稼ぎにいこう。
幸い、将軍大鬼の牙は一本残っている。
「ゐーっ! 〈【正拳頭突き】! 〉」
その場からジャンプ、将軍大鬼の顔面目掛けて頭を落とす。
レオナの無機質な攻撃と俺が体力の続く限り放った顔面狙い倒れ込み頭突きで、ギリギリ鎖から解放される前に将軍大鬼のHPバーはゼロになったのだった。
───リザルトに移行します───
───ボス戦ルールが解除されます───
フィールドボスと違って、ダンジョンボスの場合、貢献度ランキングはないようだ。
まあ、それもそうか。
ダンジョンボスは巻き込まれる訳じゃないから、援軍も呼べない。
ランキングする意味もないのだろう。
ボス戦報酬
・復活石
・魔石×3
・無料ガチャコンパク石
・将軍大鬼の牙×2
・将軍大鬼の爪×3
「お、角がドロップしたシザ! 」
「レアドロップですね」
煮込みとレオナが話している。
「あららー、こちらはガチャ魂が落ちましたよー」
「おお、激レアですね! 」
「グレンは何が出たシザ? 」
「ゐーっ…… 〈これなんだが…… 〉」
全員にリザルト画面を見せる。
「うーん……普通シザ…… 」
「いえ、牙も爪も特殊弾の素材になりますから、いいと思いますよ」
ここまでのドロップは全員共有だが、ボス戦のドロップだけは、出た物をそれぞれが獲得することになっている。
レアドロップが出なかったのは残念だが、特殊弾の素材というなら、俺的には使える物が出て良かったということか。
まあ、何よりもここまでで合計6レベルアップになった。
区切りもいいので、ポイント割り振りでもするか。とと、その前にコンパク石だな。
スキルを得てからじゃないとな。
同じ失敗を繰り返さないのが大事だ。
「ゐーっ! 〈さて、ガチャするか! 〉」
「おー、すぐに回すんですねー」
「ゐーっ! 〈ああ、まだセットスキルも足りてないからな! 〉」
「あ、そういえばまだ始めて四日でしたっけー。つい、忘れますねー」
ふむ、ベータテスターのサクヤにそう言われるってことは、俺にもそれなりの『ゲームに慣れた感』が出てるってことか、と満足げに頷いて見せると。
「グレンはおっさんだから、変に貫禄があるシザ」
ぐぬぬ……嫌な言い方しおって……。
レオナが堪えきれずに、小さく「ぷふっ」とか吹き出した。
まあ、いい。それよりもガチャだ。
せっかくスキル特化のサクヤもいるし、何ガチャが有用か聞いてみるか。
「ゐーっ! 〈なあ、何ガチャを回すのが正解なんだ? 〉」
「欲しいスキルによりますかねー」
「趣味次第シザ」
「汎用性が高いのは人間ガチャですけど、他のもそれなりに有用なスキルはありますし……狙っているスキルがあるなら課金ガチャが一番確率はありますね」
「ゐーっ! 〈いや、課金はあまり考えてないな〉」
「そうですねー。人によって考え方は色々あると思いますが、個人的にはランダムガチャとか好きですねー」
「私は虫・木ガチャがオススメシザ!【外骨格】とか【樹皮】とか防御に強いのが出やすいイメージシザ! 」
「ああ、確かに近接攻撃なら動物ガチャ、遠距離なら幻獣ガチャみたいな傾向は多少なりともありますね」
「でも、例えば【狙撃】スキルひとつとっても『リョースアーチャー』『鳳仙花』『鉄砲魚』『スライムスナイパー』と、人間、虫・木、動物、幻獣、全てのガチャに出る可能性はありますからねー。しかも、派生アーツはそれぞれに違ったりしますしねー」
「つまり、狙うスキルがあるなら課金が早いシザ! 」
「ゐーっ! 〈だから、課金は考えてないからな〉」
でも、そうか。そうなると本当に趣味次第ってところなのかもな。
欲しかった【言語】スキルは一応、もうある。【言語〈古代〉】だけどな。
他に欲しいスキルと言えば、遠距離ダメージスキルとかか。
「ゐーっ! 〈そうなると、幻獣ガチャか〉」
「遠距離スキルですか? 」
「ゐーっ! 〈ああ〉」
「あの、必ず出る訳じゃないですからね…… 」
それは分かっているので、レオナに頷きを返す。
「物欲センサーとかきっと反応するシザ! 」
「ありますねー」
物欲センサー、欲しいと思うスキルほど、まるで計ったように出なくなるという都市伝説か。
人間、負の感情の方が記憶に残りやすいという話もあるからな。
出なかった。まだ出ない。それでも出ない。と負の感情を蓄積させた集大成が物欲センサーなどと呼ばれるのだろうが、出た瞬間の喜びを忘れて、次の欲望に向けて負の感情を蓄積させていくという負のスパイラルこそが物欲センサーの正体なのだろう。
人間とは業の深い生き物だな。
まあ、俺はそんなものに捕らわれたりしないがな。
ということで幻獣ガチャを回してみた。
右腕が無いので、思念で操作する。
・ミミック〈☆〉
オーディン+1、フリッグ+1、ヘルモーズ-2
【擬態】1
オブジェクトに見せかけた罠として使われる魔法生物。移動能力はほぼないが擬態を解いた瞬間だけ超高速攻撃が可能。
「星1シザ…… 」
「星1ですねー」
「星1ですか…… 」
三人がかりで連呼されなくても分かってるんだが、また星1か。
しかも【擬態】はオブジェクトに変身する能力で、変身中は肉体系能力値が1になるらしい。
擬態中は自動的に俺の特殊と俺を目視した相手の知力とで対決が起きて、負けると正体が露見したり、違和感を覚えたりするらしい。
なんだ? 俺はトリッキーなスキルしか持てない呪いでも掛かってんのか……。
遠距離スキルどころか、自分自身にしか使えないスキルだし……。
「確かLv10の派生アーツで【トラップ看破】、Lv20で【トラップ解除】のアーツですねー。
便利系アーツですが、基準値が器用じゃないので敬遠されがちなガチャ魂ですねー」
「ああ、もしかして、特殊基準だったりするシザ? 」
「そうですねー。魔法生物ですからー」
「それなら、ある意味グレンさん向きのスキルですね! 」
ほお……つまり、俺にとっては有用なスキルと言って良さそうだな。
なんだ、別に悪くないじゃないか。
少しホッとして、俺はポイントの割り振りに移るのだった。




