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均衡を打ち破ったのは、夕刻になっていつものメンバーがログインしてきたからだ。
やはり、息が合わせられる奴らがいると、動きも違ってくるのは、仕方がないことだろう。
何度もリスポーンしながら、ギリギリまで粘って、集中力も限界を迎えた所で一度ログアウトして、晩飯を急いで腹に収めて、ログイン。
もう四時間くらい戦いっぱなしだが、少しは集中力も戻って来た。
何度も時間切れで、掛け直している【賢明さ故の勝利】をまた掛ける。
HP、MP、体力、疲労が『ヤマタノオロチ』本体の頭上にバーと数値で出ているが、数値が読める距離まで近づいた奴がいなかった。
バーの減りもそれと分かるような減り方はしていない。
そんな中でのムックや煮込み、さらには白部隊で共に戦った怪人たちが参戦してくれたことが、俺には希望の光のように映った。
今はレオナがログアウト中のため、糸が代わりに全体の指揮をしている。
昼間を中心に活動しているやつらと、夜からが本番というやつらの入れ替わり時間のため、戦力が一定せず、厳しい時間でもあるが、糸は堅実に『ヤマタノオロチ』には最低限の牽制、まずは『ガイガイネン』の排除という策を展開した。
『ヤマタノオロチ』が戦力を一点集中している今、ある意味それは正しい選択だった。
「グレン、いつものアレ、頼むピロ」
『シノビピロウ』のムックが頼むのは【闇芸】による影の道造りだ。
『シノビピロウ』は【新月渡り】という影の中を移動するスキルによって、ひしめき合う『ガイガイネン』に察知されることなく『ヤマタノオロチ』の所まで行ける。
「ゐーんぐっ!〈【闇芸】!〉」
せめて数値を見てきてくれ、と頼んで『シノビピロウ』を送り出す。
『シノビピロウ』は影を渡って、『ヤマタノオロチ』に攻撃、『ヤマタノオロチ』も奇襲に驚いたようで、連続して攻撃を食らっている。
ヘビ首が戻ってきて、『シノビピロウ』を排除しようとするが、スピードが弱点なのか、『シノビピロウ』を追いきれていない。
その間に俺たちはブルドーザーのように『ガイガイネン』を押し込み倒していった。
一カ所に穴が開けば、そこを起点に戦闘員たちが半包囲の形にして殲滅速度を上げていける。
糸の意図とは正反対になってしまうが、『ガイガイネン』の布陣を崩すことによって、全体が優位に動けるようになっていく。
『ヤマタノオロチ』が『シノビピロウ』をようやく捉えて、『シノビピロウ』は散った。
そこで、布陣が崩れていることを知った『ヤマタノオロチ』は主力にしている大型『ガイガイネン』を俺たちの方へ向けた。
一点集中の圧力がなくなった小規模ヒーローレギオン連合は息を吹き返し、その支えに回っていた各大規模レギオンの戦力が別方向に向けられるようになった。
いち早く反応したのは『ムーンチャイルド』で、『ムーンチャイルド』も最低限の囮を残して、ヒーローで押し返す作戦に切り替えた。
こちらへの圧力が少し弱まる。
あちらこちらで他レギオンも同じように動き始める。
その度に圧力は弱まり、敵の布陣を切裂く槍のような突出が随所で起きる。
その分、『ヤマタノオロチ』への圧力は減っているので、こちらの方までヘビ首が伸びて来るが、ヘビ首一本程度ならなんとかならない程ではない。
「高い知能を持つと噂のシュリンプマン模倣人格も兵法までは知らないようですね。
このまま押しましょう!」
糸が上機嫌で攻撃的な指示を出した。
「ルロ……舐めるな! 【濁流】」
七つの首から『劇毒』の水流が噴き出す。
俺たちは慌てて下がる。
陣地は元のようになったが、あからさまに敵全体の量は減り、その分、圧力も減った。
だが、あのヘビ首は邪魔だな。
俺は一人、飛び出してヘビ首の一本に【誘う首紐】を使って、そのまま【炎の翼】で引っ張った。
【誘う首紐】が入った瞬間、『ヤマタノオロチ』は本体ごと、ぐにゃりと一瞬、崩れ落ちた。
気絶、した?
俺たちはそこでようやく気付いた。
七つの首と本体は繋がっているのだ。
つまり、『ガイガイネン』の山を登ってわざわざ本体のところまで行かなくとも、この近場まで長く長く伸びた首を殴れば、ダメージは本体に届くのだ。
本体と別物のように縦横無尽に動く首は、オプションやファンネルのような、単なる攻撃装置だと思っていたが、実際は指の一本、腕の一本と同等のものなのだ。
それが分かった瞬間、俺たちの目の色は変わった。
「首だー!」「首を取れー!」「首を戻させるな!」「首、置いてけやー!」
「HP四万だったピロ!
ただ防御力が高くて、ダメージは最低値しか通らなかったピロ……」
リスポーンして大急ぎで戻って来た『シノビピロウ』の報告は、更に俺たちを沸かせた。
「四万……一人、一撃入れれば倒せる!」「俺、もう三人分くらい働いたな……」「一人一撃!」
「「「一人一撃!」」」「「「一人一撃!」」」「「「一人一撃!」」」
それが全体の士気を大いに高めた。
実際には『ガレキ場』全体に俺たちは分散しているので、この場にいるのは一万から二万人くらいのはずだが、高い士気は兵力を倍加させるくらいの効力がある。
「リロロ……全てまとめて切り裂いてやる!
【芯ある尾】……」
「ゐーんぐっ!〈やらせるか! 【満月蹴り】!〉」
『ヤマタノオロチ』が何かしようとしたのを察知して、俺は『モチモチ弾』を鎖で引いていたヘビ首に当てた。
【満月蹴り】の本質は敵の食感をモチモチにすることだが、もうひとつある。
それは『魔力酔い』の状態異常だ。
一瞬しか状態異常が効かないとしても、スキルを使うその一瞬に割り込めれば、『スキル使用不可』となり、スキル発動が失敗する。
『ヤマタノオロチ』が何を狙ったのか不明だが、きっちりスキルの差し止めはできたらしい。
「ラッ……スキルが……ルィィ……なん、眠く……」
『ヤマタノオロチ』が土台にしている『ガイガイネン』の上でふらつく。
はっ! 忘れてはいけない!
「ゐーんぐっ!〈【神喰らい】!〉」
マナシュートの本質が台無しになるところだった。
俺はモチモチ食感のヘビ首を齧り取った。
「ゐーんぐ……〈蛇は骨だらけと聞くが……モチモチ……悪くない……〉」
───神・八岐大蛇を喰らいました───
俺の能力値は万単位になった。
今まで感じたことのない全能感が俺を包んだ。
ヒーローの十倍以上かよ……。
あまりのヤバさに俺は今しかないと悟る。
まともに戦える相手じゃない。
そりゃ『シノビピロウ』の攻撃が最低値で固定な訳だ。
「ゐーんぐっ!〈【飛行】!〉」
すぐにもケリを着けなくては!
俺は一気に加速して、『ヤマタノオロチ』に接近、攻撃を仕掛けるつもりだったが、音速を突破して死んだ。
───死亡───
後から伝え聞くところによると、俺は、キーンッ! という音と共に一瞬で『ヤマタノオロチ』にぶつかって、両者爆散となったらしい。
何が起きたのか、全く分からなかった。
なにしろ、その時にはたぶんもう、死んでたからな。
ちょっと遅くなりましたm(_ _)m




