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日曜日。
この日の『リアじゅー』はなんとも嫌な黒雲に覆われた時間からスタートだった。
昼時間のはずなのに、視界はすこぶる悪い。
『大部屋』のブリーフィングでどちらに向かえばいいのかは聞いているので、言われた方向に向かう。
「ゐーんぐっ!〈変身!〉」
地下駐車場を出て、東方向、隣県にある軍演習場方面に向かう。
軍演習場の『ザクロダルマ』は倒したが隣県との境にある山岳地帯の森林を呑み込んだ『ガイガイネン』が大発生しているらしい。
「テメーら、持ちこたえろよ!」
「「「カエーン!」」」
レギオン『火炎浄土』の有名人バルトとその仲間たちが中心となって『巨大ナナフシ』と戦っていた。
『巨大ナナフシ』は頭を叩かないと倒せないが、足一本折るだけでも大変だ。
あのバルトがユニークスキルを使わず耐えているのも、頭を狙える瞬間を待っているからだろう。
だが、そういうことなら俺の出番だ。
「ゐーんぐっ!〈おい、バルト! 俺が連れて行ってやる!〉」
「おお、肩パッド! お前、その目はまた何か狙ってやがる目だな!」
言葉は通じないが、何故かコイツとは通じるものがある。
俺はバルトに『巨大ナナフシ』の頭を指さす。
「そうだ、あの頭を潰せりゃ、俺たちの勝ちなんだがな……ん?」
俺はバルトの背後を取ると、羽交い締めのような形で翼を広げる。
「お、お……おおっ!
よし、いいぞ! 行け!」
「ゐーんぐっ!〈飛ぶぞ! 【飛行】!〉」
一気に加速、『巨大ナナフシ』の頭にバルトを運んだ。
「よっしゃあああっ! 行くぜ! 【魔剣グラム】!」
バルトの固定ダメージ800点が『巨大ナナフシ』の頭に入る。
俺も【満月蹴り】を入れ、それから『ショックバトン』で叩きまくる。
「頼んだぞ、肩パッド!」
バルトの【魔剣グラム】は攻撃後硬直が長い。
『巨大ナナフシ』の頭は俺たちの攻撃で致死ダメージだったらしく粒子化していく。
俺は静かに頭を振った。
「ゐーんぐ……〈すまん、ガチャ魂入れ換えるの忘れた……〉」
『巨大ナナフシ』を倒すのに夢中になり過ぎて、倒した後、この地上十数メートルの頭から逃げ出すためのガチャ魂を入れ換えるのを忘れていた。
核のスキルはウエイトタイムに入っている。
仕方なく俺はバルトに見えるように、両手を合わせて頭を下げる。
「うぉい! マジかよ……」
『巨大ナナフシ』が消えて、俺たちは落ちた。
「おい、バカ、俺はまだ……くぴっ!」
体勢を整えられなかったバルトはヤバい角度で落ちて死んだ。
俺も結構なダメージを受けて、全身に震えが来たが、なんとかHPポーションで持ち直す。
『火炎浄土』のヤツらと目が合った。
すまないの意を込めて、頭を下げる。
「あ、いつものことなんで、お構いなく……」
お、おう……。
「おお! やったぞ!」「それ、バリケード持ってこい!」「さすがは闇の堕天使様だ!」
他のレギオン戦闘員から奇異の目で見られているので、拝まないで欲しい。
それから、俺たちの快進撃は続く。
バルトも何事もなかったように戻って来ていた。
「くそ、多いな!」「冷静になれ、自分たちの正面の敵に集中しろ!」「無理に突出するな、少しずつで大丈夫だ!」
各レギオンの代表らしき戦闘員がそれぞれに声を出して、士気を維持している。
「うおっ! ジャマーだ!」「手の空いてるやつ、手伝ってくれ!」「感覚設定上がるぞ、早く倒すんだ!」
魔法文明も科学文明もなく、怪人もヒーローもなく、同じプレイヤーとして共通の敵に立ち向かう。
今、俺たちを支えているのは、そういう意識だった。
ここだけでも二~三千人のプレイヤーが見えていて、それが俺たちに心の余裕を与えていた。
だから、山の木々が『ガイガイネン』の山になってしまっている姿にも、錯乱せずに淡々と対処ができていた。
そう、ある時までは、だ。
黒雲から、大粒の雨が、ぼつぼつと降ってきた。
はっきり見える位置に雷が落ちた。
音と同時ということは、近いということだ。
そして、その雷を背景に影が浮かび上がった。
人型の影だ。人と変わらず、だがどこか歪な印象を与える影が、誰の目にも浮かび上がった。
「シュリンプマン……模倣人格……」
『火炎浄土』の誰かが呟いた。
そう、誰もがそれを確信していた。
そんな中、忌々しげに指を突きつけたプレイヤーがいた。
レギオン『ポセイドンギャラクシー』のヒーローだ。
カーキ色の海賊ジャケットを羽織り、内側に黄みの濃いクリーム色の鎧をつけている。
手に持っているのは、白熱したサーベルだ。
名前はたぶん、キャプテン・サーベルとか、そんなところだろう。
「ここにいやがったか、ヤマタノオロチ!
もう逃がさねえ!
このキャプテン・サーベル・ヒートが炎の海に沈めてやるぜ!」
因縁アリ、だろうか。
あと名前の予想はニアピンだった。キャプテン・サーベルは他にいるから、少し特徴付けましたって感じだろうか。
「ふっ……せめて、カトラスかアックスを呼ぶべきだったと後悔しても知らんぞ……ルルルルリィーッ!」
雨に打たれながら奇声を上げる『シュリンプマン〈模倣人格・ヤマタノオロチ〉』は流暢に言葉を紡ぐと笑いながら、手を上げた。
『ヤマタノオロチ』はたしかにバッドボーイズ風の格好をしている。
そして、手を上げると同時に山が動いた。
『ガイガイネン』の山だ。
俺たちは『シュリンプマン〈模倣人格・ヤマタノオロチ〉』と遭遇した。




