316〈つかみかけた……〉
俺は響也のリアルスキルで作った土壁〈アスファルト混じり〉から飛び出した。
「引きつける。上手く逃げろよ!
ゐーんぐっ!〈【飛行】!〉」
「グレちゃん!」
SIZUの声は敢えて無視した。そうしないと、SIZUまで出てきてしまいそうだったからだ。
俺は見えるやつらに連続で【夜の帳】を放つ。
「超能力だ、気をつけろ!」「銃弾が効きません!」「ぐあっ、なんだ? 視界が……」
初見のやつらには良く効く。
「【光線乱舞】!」
ぬおっ!
俺はきりもみ回転で『マギクリスタ』の放つ数多の光のナイフを避ける。
光のナイフはダメージの低い手数勝負のスキルだ。
ラグナロクイベントの時はこの痛みでたくさんの戦闘員が足止めされた苦い記憶がある。
それにこのスキルの利点はこれだけではなかった。
光系スキルは俺の闇系スキルを打ち消す効果があるのだ。
「ぐふっ……」「ぬおっ……」「何故だ、○二」
「兵士各員、下がらずあの翼の超能力者を狙いなさい」
兵士たちは俺の【夜の帳】を打ち消す代わりに数本の光のナイフが刺さっている。
ボディアーマーでダメージを抑えているとはいえ、苦しそうだ。
だが、指揮を取るスピーカーの声は無情にも兵士たちを俺へと駆り立てる。
俺はスキルを駆使して逃げ回る。
意外と『マギクリスタ』もゲーム時の記憶は残っていそうだ。
でなければ、仲間に多少でもダメージが入る光系スキルで俺の闇系スキルを打ち消すなんてしないだろう。
土壁から山田が顔を出して、幻の棘を撃ち出し、何人かが眠る。
『マギクリスタ』を狙わないあたり、山田も戦闘員としての根性が染み付いている。
だが、それは正解で、どちらも脅威なのだから、より遠距離攻撃ができて倒しやすい方を狙うべきなのだ。
兵士が数人眠ったことで、俺への制圧射撃が緩まる。
それならばと、俺は【雷瞬】で前方車両、ジープ内でふんぞり返っているだろう指揮官を狙う。
ジープに取り付き、中を見る。
だが、中には誰もいなかった。
車載カメラがこちらを見ている。
「残念ですが、私はそちらにいないですよ」
ククッ……と嘲笑めいた声がスピーカーから聞こえる。
同時に、兵士たちはジープごと吹き飛ばすような勢いでこちらに銃撃を集めた。
指揮官を人質に取ろうと動きを止めた俺は、いい的だった。
撃てないだろうと思ってしまったのも誤算だ。
ボディアーマーで弾は食い止められるが、アーマーのない腕や足に数発食らい、さらにはその衝撃に吹き飛ばされる。
「ゐーんぐっ……〈くそ、【狼人間】……〉」
肉体を狼人間に変異させる。
これによって、自動回復が働く。
俺はゴロゴロと転がった。
「グレちゃん!」
「私が行く。SIZU、援護して!」
まりもっこりが土壁から飛び出した。
いや、逃げろと伝えたのに、助けに来られては、さすがに本末転倒だ。
金山羊はセットしてある。それを確認してから、俺は痛む手足を無理矢理動かして、立ち上がる。
「大丈夫だ……逃げろ!
ぅぅぅゐーんぐっ!〈【希望】!〉」
喉の奥からエネルギーが膨れ上がる。
同時に、喉から頭頂部に向けて鋭い痛みと共に短剣が打ち込まれる。
あがががが……。
これは俺の中の記憶だ。痛みと屈辱の記憶。
辛く苦しい停滞の記憶。
それらが喉奥から噴出する水流の吐息となって、辺りに放出される。
『リアじゅー』内で受けてきた数多の状態異常を浴びせる水流。
おじいちゃん先生には悪いが、先に手を汚すのは、やはり俺だろう。
中には放置すれば死に至る状態異常もある。
それを知っているからこそ、我が身可愛さ以上に、このスキルは使えなかった。
だが、仲間が危険に晒されるとなれば別だ。
俺の中のナニカが、氷に閉ざされた焔が爆発しそうになる。
まるで吐息が呼び水になっているかのように、『リアじゅー』や『現実』の苦渋の記憶が走馬灯のように呼び起こされる。
弟妹のために耐えていたつもりが、全て嘘だった。義父の言葉、父の言葉、神々の嘲笑。
勝てると確信する時などない。
ただ、この身を引き裂かれようが動かねばならないという時に、動かない自分が許せない。
それは終わりの嚆矢。
はじまりの……。
光が見えた。
それは『停滞』の中で微睡む、玉飾りの連なるネックレスのように見える。
役割を忘れ、永遠に閉じこもる魂の連鎖。
俺の右腕は、いつのまにか【神喰らい】になっている。
何かを言おうとして、頭にある顔に短剣が突き刺さっていることに気づく。
どうせ、馬鹿な俺には気のきいた言葉でこれを説明することなどできない。
ならば、言葉ではなく行動で示そう。
一際、大きく輝く魂。水晶の輝きを放つ憐れな魂よ。
今、ここに鎖を断ち切る。
動き出せ。
俺はネックレスを噛みちぎる。
胸の中の氷と焔を浴びせる。
一瞬、止まったかと思われたソレは、次に大きくぶるぶると震えて、何処かへと飛んでいった。鎖から解き放たれた幾つものソレらも同様に俺の前から消えた。
「ア、ア、ア……アあ、ぁぁあ……ああああああああぁぁぁっ!」
はたと気付けば、『マギクリスタ』が頭を抑えて蹲っている。
何がどうなった?
周囲を見渡せば、兵士たちも同様に蹲っている。
「たましいが……熱い……」「うぅぅ……」「あぁぁ……」
「山田ちゃん、もっこりん、マギクリスタを!
アパさん、手伝って!」
SIZUが指示を出して、俺はSIZUとアパパルパパに支えられるようにして、気を失ったのだった。




