305〈はじめてのこと……〉
『シュリンプマン〈サイクロプス〉』を倒すのに、俺たちは全力だった。
「くそ、この感覚、似てやがる……」「ああ、確かに……」「これはアレか……レイド戦だ」
確かに『作戦行動』でヒーローを相手にレイド戦を仕掛けている感覚に似ている。
ひとつ違うのは『シュリンプマン』の成長速度がシャレにならない爆速具合だと言うことだ。
戦闘員も怪人も、物凄い勢いで経験値と化している。
数分に一度、『シュリンプマン』の「れべるあっぷ」の声が聞こえる。
それも、次第に声に喜色の色が見えて、まるで遠い昔、はじめて触れたRPG系ゲームでレベル上げの快感に触れた子供のようだ。
それまで入っていた数十点のダメージは、いつのまにか最低保証の一点になり、俺たちには絶望感が漂う。
俺が得意とする状態異常系の攻撃も、『シュリンプマン』のレベル上げは平均的に能力を上げているのか、どんどん効きづらくなっている。
「何回、レベルアップすんだよ!」「どんどん強くなってる!」「ヤバくないか……」
俺は次第に焦りが出てくる。
普通に戦ってもこのままじゃ、戦闘員は魔石切れで復活ができなくなる。
すでに戦闘時間は一時間を超え、集中力も限界だ。
「ゐーんぐ!〈やるしかねえ……【封印する縛鎖】【希望】【打ちつける物】!〉」
【サイクロプス】で巨人化している『シュリンプマン』に鎖が巻き付き、そこに俺の口から溢れる水流を叩きつける。
これだけやっても、稼げるのは三十秒程度だ。
だが、その状態異常を俺が耐えられる間だけ不変のものとする【打ちつける物】で固定する。
左腕が食いちぎられたように破裂して、俺の喉に短剣が突き刺さり、両太ももを貫く岩の槍が現れる。
俺は動けなくなった。
連続して襲い来る痛みが、俺の中で荒れ狂う。
左腕、喉、両足……鮮烈な一瞬の痛みが終わり、ずきずきとした鈍い痛みが永遠に続く。
身体中から、危険信号が脳に集まって、半ばパニック状態になる。
必死に動かないようにと、それだけを言い聞かせようとするが、終わらない痛みはそんな俺の想いなど、簡単に粉砕してくる。
睨みつけた『シュリンプマン』の巨体から、俺の中で次第に意味が消失していくのが分かる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……。
なんで俺はこんなことをしているのか。
辛い思いを選んだのは自分のはずなのに、なぜなのか分からない。
ただ、心のどこかで小さくこれを続けなくてはいけないという自分の声が聞こえる。
その声を聞き逃すまいと、必死にそこに意識を集中しようとするものの、次第に声は遠のいていき、頭の中は痛くて、辛くて、逃げたくて、嫌で、どうにかなりそうだった。
ネガティブな感情が押し寄せて来る。
痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ痛い辛い嫌だ……。
声が聞こえなくなった。目の前は真っ暗だ。
感覚が全てシャットダウンしていく。
SIZUの声が聞こえる。
「痛みは信号だから」「死に慣れないと」「終わりだと思うから怖いんだよ」
そうだ、コレは終わりじゃない。
終わらない? この苦しみが終わらない?
それこそ地獄だ。終われ。もう終われ。終わっていいだろ。頑張る意味なんかない。
なぜこんな思いをする?
それは目の前に唐突に現れる巨大な狼だ。
怒りと憎しみで煮えたぎる炎を氷漬けにした、恐怖の象徴。
───怒りを灯せ……───
怒り? 何に怒る? 理不尽な痛みにか?
終わらない痛みにか?
───憎しみを凍らせよ……───
なんのために? こんな黒くて熱くて持て余すだけの感情、捨ててしまえばいいだろ。
───終わりを……───
ああ、終わりが欲しい。怒りも憎しみも、全ては終わりのための方便だ。
俺は終わりが欲しい。
───終わりを……───
だが、なぜ終わる? 終わりってなんだ。
───神々に終わりを……───
終わらないからこうして……こうして……なんだ?
なんのためにこうしているんだ?
終わらせるためか。終わらせてどうする?
───再生を……───
再生? 終わりは始まり? 終わると始まる?
お前は……。いや、俺は……。
『理』が近づいて来る。
俺は『終わり』なのか。これを呑み込めば、それが理解できるような気がした。
丸い光。掴もうとするとすり抜ける。離れる。何かが足りない。
『理』が目の前にあるのに掴めない。
あと少し……。
そうして、俺がさらに手を伸ばそうとした時、唐突に脳内アナウンスが流れた。
───存在値が解放されます。存在値三十を減少させました───
「……さん! ……さん!」
声? 声がする?
「……レンさん! 大丈夫ですか? グレンさん!」
うぎぎ……痛みを感じる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……。
目の前では『シュリンプマン〈サイクロプス〉』が倒れていて、ソレは空気に溶け込むように存在を消して行くところだった。
俺はくずおれるように倒れた。
「倒せた! 倒せたぞ!」「闇の堕天使様に感謝を……」「おお、存在値ってのが見えるようになったぞ!」
「今、ポーションを掛けます。でも、その前にこの岩と短剣を抜かないと……ごめんなさい。痛いですよ!」
「ゐーーーんぐっっっ!」
めちゃくちゃ鮮烈な痛みが走る。
だが、その後にポーションを掛けられ、痛みが引いていくのが分かった。
俺がまともに状況を理解して、『シュリンプマン〈サイクロプス〉』が消滅したことを知るのは、この暫く後のことだった。




