300〈side︰グレン〉
仕事終わり、おじいちゃん先生の病院に顔を出す。
最近では週に二回はここに来ている。
必要に迫られて、おじいちゃん先生は独自に超能力研究を始めた。
俺もMRIで輪切り写真を取られたり、血を抜かれたり、裏返したカードの図形を読み取ったりと色々やらされている。
今日は現実ではじめての『変身』を試す。
本来、『リアじゅー』内での変身には専用のアイテムが必要だ。
そして、魔法文明側の専用アイテムには語尾が変化してしまうというデメリットがある。
ただし、もし変身できれば能力値が数倍になるため、今後の捕らわれた人々の救出にはかなりのメリットになるだろう。
『リアじゅー』内では変身アイテムを装備しているが、現実に物はない。
さらに言うなら、現実での語尾変化も現状起きていないため、どうなるかは全くの未知数だったりする。
おじいちゃん先生の病院の地下のそのまた地下に作られた『グレイキャンパス』の秘密基地内にあるトレーニングルームに全員が集まっていた。
「じゃあ、グレン、見せてくれ」
俺は全身に電極をつけられて、あちらこちらとモニターされている中で、静かに息を吸った。
全員の視線が集まる。
な、何かポーズでも取った方がいいだろうか?
集まった全員の視線に晒され、身体中に電極付きでモニターされているとなると、なんとなく発声だけで変身するのが、申し訳なくなってくる。
こほん……。
少し緊張するのを、抑えて、俺はなんとなくポーズを決めた。
「「「おぉ……」」」
全員の期待の高まりを感じる。
「よし、いくぞ。へんっしんっ!」
ズバッ、とポーズを変える。
変わったのは、ポーズだけだった。
なんともいえない気まずい時間が流れる。
俺は、はたと思い出す。
「ああ、そうか。たぶん、人間語だと反応しないかもしれないな……」
そうだ。普段、現実でスキルを使う時も、人間語は使わない。
普段通りだ。いつもの発声にすればいいだけだ。
「大丈夫かグレン、心拍数が上がっているぞ?」
「も、問題ない……」
それはどう考えても、羞恥心が昂った末の結果だろう。
俺は気を取り直して、息を吸う。
「ゐーんぐっ!〈変身っ!〉」
「む……この反応は……」
おじいちゃん先生のモニターに通常とは異なる数値が出ているらしい。
俺も、身体の底から何か力が湧いて来るような気がした。
だが、気がしただけだった。
おかしい……今のは変身できてもおかしくない感覚があったんだが……。
「一瞬、数値に反応は出たが、何かに阻害されているというか、上手く力が伝わっていないような反応だな……」
「コア︰ウィングのスキルは使えてるんだから、変身できてもいいと思うんだけどもにゃ〜」
会長が首を捻っている。
「グレン、これを手に、もう一度頼む」
おじいちゃん先生が一枚の羽根を俺に渡した。
「コア︰ウィング……どうやって……」
「いや、今日、散歩中に拾ったカラスの羽根だ」
カラスの羽根だった。
「それが呼び水になる可能性も確かめておかないとな」
なるほど。おじいちゃん先生も考えている。
俺は、カラスの羽根を手にもう一度、変身ポーズを決めた。
「ゐーんぐっ!〈変身っ!〉」
しーん、と静まりかえった空気が怖い。
まあ、何も起こらないよな。
だって、コアじゃねーし。
「ふむ……ならば、これで」
おじいちゃん先生が次のアイテムも渡して来た。
「羽扇……」「いいや、ジュリ扇だ」
失敗した。
「次だ!」「これは?」「孫のために買った仮面なんとかというヒーローの変身アイテムだ」
俺の腹にベルトが回らない。
「よし、次はこれだ!」「これは?」「コスプレ屋で買った天使の輪だ」
変身後の姿に寄せれば、あるいは……ということらしかったが、おじいちゃん先生がコスプレ屋でこれを買い求めるシュールな姿が脳裏にチラついただけだ。
「ならば、これを!」「石?」「始祖鳥の化石だ。古いものなら、なんらかのパワーがあるかもしれん」
なかった。
ギャラリーは一人減り、二人減り、最終的に俺とおじいちゃん先生の二人きりだ。
空や飛行に関係ありそうなもの、天使や堕天使に結びつきのあるもの、果てはパワーがあるとされている数珠やらお守りやらまで、色々と試した。
結論、核が現実になければ変身はできない。
汗だくになった俺がトレーニングルームから出ると、白せんべいが一人リンクボードで仕事をしていて、他のメンバーは机に突っ伏して寝ていた。
「ああ、終わった?
じゃあ、帰っていいかな?」
「ああ、今日は解散でいいんじゃないかな……」
「そうだな。またなにかあれば呼ぶ。今日のところは解散としよう……」
なんだろうな……。
この無駄な罪悪感……。
現状、コア持ちが俺だけなので、実質、俺の研究のために全員を集めて成果がなかっただけということで、集めたのはおじいちゃん先生だから、俺は悪くないはずなのに、なんともいえない気分になるのだった。
「汗だくだよ。シャワー浴びて来たら?」
冷静にリンクボードを叩きながら、ついでのように白せんべいが指摘してくる。
俺は逃げるようにシャワールームへ向かうのだった。
シャワーから出たら、静乃が一人待っていて、他は全員帰ったと言われて、静乃を家まで送ってから、一人で妙なもやもや感と共に帰るのだった。




