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299〈side︰静乃〉


 現実はいつも残酷だ。

 私は死んでいる。たぶん、だけど。

 グレちゃんには大丈夫なんて言ったけど、小さく残った左の喉の痣は酷い匂いを発している。

 直径一ミリ程度の小さな穴。

 肉体的に私は生きている。その穴以外を除けばの話だ。

 まあ、瞬間接着剤で穴を埋めて、ファンデーションで隠せば、気にならないと言えば気にならない。

 なんなら、その上から絆創膏を貼って、少しのコロンを常用する。


 これで見た目も匂いも大丈夫。


 問題なのは、私の中の『ヘル』が見た目でも匂いでもなく、敏感に感じ取ってしまっていることだろう。

 私が既に死んでいるという事実を、だ。


 小さな穴はその事実を私に忘れさせないための印だ。

 グレちゃんに合わせて、私も『リアじゅー』はリアル設定でやっている。

 全身、蜂の巣状態で死んだのも一度や二度じゃない。

 だから、現実で身体を投げ出してしまった時も、意外と冷静だった。

 グレちゃんはセットしたガチャ魂は全部使えてしまう。

 作戦前に『金山羊』をセットしたことも聞いていた。

 それでも、グレちゃんが撃たれると思った時、冷静に私はグレちゃんを庇うことに決めていた。

 もし、『金山羊』だけがグレちゃんに作用しなかったら。

 もし、『死』を覆せなかったら。

 それを考えたら、当たり前に私はグレちゃんを庇っていた。


 たぶん、グレちゃんも私に対して当たり前に庇ってくれるだろうから、『金山羊』があるとかないとか関係なく、見てしまったら自分を投げ出してしまう人だから、私はこの命を使った。

 なにしろグレちゃんには実績がある。




 私がまだ中学生だった頃。

 どうしても欲しいゲームがあって、従兄のグレちゃんを利用して、そのゲームを買って貰おうと駅前に呼び出したことがあった。

 その当時の私にとって、グレちゃんはそういう人だった。


 女っ気がないからモテない、子供っぽい感じがあるから私の趣味にも理解がある、仕事ばかりで面白味に欠けるが従妹に弱いおじさん。

 そんな風に思っていた。


 ちょっとおませな服を着て、寂しそうに待っていると、気のいいおじさんはイチコロなのだ。

 それが良くなかった。

 変な五人組がナンパ目的で近づいてきた。

 私は中学校の男子にするのと同じように、あからさまに不機嫌な顔を作って、「ウザいから、寄るな……」とつっけんどんな態度を取った。

 今でこそ、そういうのの躱し方もそれなりに理解できるようになったが、リアルなコミュニケーションが苦手な私は、よりにもよって最悪なルートを選んでしまったのだ。


「お前、今なんつった……」「いきがんなよ、ブス!」「てめぇ、ちょっとこっち来い!」


 豹変する態度に、恐怖もしたし、余計に負けたくないという気持ちになって、睨みつけたら、いきなり髪を引っ張られ、私は「ぎゃっ!」と叫んだ。


 それから、聞くに絶えない人格否定をされ、男の一人が拳を振り上げた。

 私はその痛いだろう想像に押し潰されるように目に涙を貯めながら、振り下ろされる拳に震えた。


 バキッ!


 嫌な音がした。


「お前ら……何したか分かってんのか……」


「ふがっ……」「なんだクソおやじ!」「正義面してんじゃねえよ!」


 音は私の頭上から聞こえたが、私の頭の音ではなかった。

 顔を上げると大きな背中。


「うるせえ……俺の従妹だ。文句あんのか……」


「うるせぇのはお前だよ!」


 一対五の大乱闘が始まっていた。

 掴んで放り投げ、殴って、蹴られて。


 そこで私のために怒りをあらわにして、憤怒の表情で無謀な大乱闘に身を投じていたのは、従兄の灰斗兄ちゃんだった。

 いつも私のわがままに困ったように笑うおじさんが鬼のような形相をして、大暴れしていた。

 五人組の一人が駅前で募金を募っていた人の募金箱を取り上げて、灰斗兄ちゃんの頭を殴りつけた。

 電子マネー対応の金属製のそれなりに大きな箱だ。

 鈍い音が辺りに響いて、灰斗兄ちゃんは倒れた。

 地面に、じわりと赤い液体が広がっていく。

 私は、自分の身体中から血の気が引いていくのが分かった。

 ガクガクと膝が震える。


「じじいが! 思い知ったか!」「くそっ……痛え……鼻血止まんねえだろうがよっ!」「治療費もらおうぜ!」「ああ、しっかり現実を思い知らせてやってからな……」


 灰斗兄ちゃんは勝ち誇る五人組の一人の足首を掴んで、顔を上げた。


「この程度で止まるか、クソが!」


「てめぇ、放せよ!」


 五人掛りで足蹴にする中、掴んだ足首を持ったまま灰斗兄ちゃんは立ち上がった。


「うわっ……」


 無様に一人が転んだ。その一人に灰斗兄ちゃんの革靴がおもいっきり、めり込んだ。


「じじい!」


 一人のパンチを避けることなく殴られながら、灰斗兄ちゃんはそいつを殴り返した。

 もの凄い勢いで、そいつは飛んだ。

 それから、私の髪を引っ張った男の髪を掴んで、振り回し始める。


「お前、こういうことやったら痛えって知らねえんだろ、ああっ!」


「やめ……抜ける……」


「ハゲろ、ハゲてその身に焼き付けろ、バカが!」


 ぶちぶちぶちっ! とその男の髪が灰斗兄ちゃんの手の中に残った。


「ふざけんなっ、てめぇ! ぶっ殺すぞ!」


 一人がナイフを取り出した。


「そんなもん使わなきゃならねえ程、怖ぇんなら、ツッパってんじゃねえよ!」


「うるせえっ! 死ね、じじい!」


 振り回したナイフで灰斗兄ちゃんの腕に傷が入っていく。


「殺す覚悟もできねえなら、そんなもん抜くな!」


 灰斗兄ちゃんが正面から近づいて、殴った。

 ナイフが、カラカラと音を立てて転がる。

 それを拾った最後の一人が、訳の分からない奇声を上げて、灰斗兄ちゃんに突っ込んだ。

 灰斗兄ちゃんはそれを受け止めて、相手の背中に組んだ両拳を叩きつけ、それから服を掴んで振り回した。

 最後の一人が遠心力に弾き飛ばされるように転がると、躊躇なく頭を蹴った。


「くだらねえことするくらいなら、学校行って勉強でもしてろ!

 次、俺の従妹にちょっかい出してみろ……どこまても追いかけて、お前ら本気で殺すぞ!」


 それを聞く五人組は全員、倒れて呻いていた。


「大丈夫か、静乃?」


 無理やり笑って見せた笑顔だったが、灰斗兄ちゃんのお腹にはナイフが刺さっていた。


「え、灰斗兄ちゃん……」


 警笛の、ピーッ! ピーッ! という音が響く。


「喧嘩やめ!」


 誰かが呼んだ警官たちが、今さらやって来て、灰斗兄ちゃんを羽交い締めにした。


「違っ……痛えっ! 待て、刺さってる、刺さってるから!」


 それから、救急車が来たり、パトカーが来たり、大変だった。


 なんとか泣きじゃくりながら、警官に説明して、最終的には灰斗兄ちゃんは正当防衛ということになったけど、暫くは白昼に起こった惨劇として連日、ニュースになったりした。


 ただ、私の中で一番強く印象に残ったのは、ボロボロでお腹まで刺されていたのに、髪を引っ張られただけの私に向けた、ぎこちない笑顔だった。

 灰斗兄ちゃんが昔、グレてたせいで余計に話がややこしくなったりもしたけど、その件から私は、灰斗兄ちゃんを急速に意識するようになった。


 だから、私は、私の命をグレちゃんのために使うのは、当たり前だったのだ。

 まあ、バレなきゃ大丈夫。

 

 この痣だけ隠せば、死んでるけど生きてるみたいなものだ。

 私は、制服に着替えて、学校に向かうのだった。


 まさか、この絆創膏ひとつで周り中の女子の反応が変わるなんて、ひとつも考えていなかったが、まあ、それはまた別の話だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、キスマークか…… 高校生のときはそんなこと考えたこともなかったなぁ……今もそうだがほんとうに自分は子供だわ
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