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本日、三話目。
───ぐにゃり、と意識が歪む。
気が付けば、「イーッ! 」「イーッ! 」という喧騒の中、白銀のヒーローに戦闘員たちが殴り飛ばされていた。
うわっ……痛そうだな……。
「イーッ! 〈怯むな!時間を稼げ! 〉」
ちょっと洗練されたこん棒を持つ戦闘員、リーダー的立ち位置の戦闘員か?、その戦闘員が叫ぶ。
他方に目をやれば、怪人シザマンティスが蟷螂の威嚇のように、両腕のハサミを振り上げて固まっている。
「シザーッ! 喰らえ! 【両断鋏】!! 」
怪人シザマンティスの両腕が光る。
怪人シザマンティスが両腕を振り下ろすと、青い光で出来たハサミが、ジャキジャキとその刃を交錯させながら飛ぶ。
ヒーロー・マギミスリルだったか、そいつに向かって飛ぶ青光のハサミがマギミスリルにぶつかった瞬間、爆発が起こる。
マギミスリルの頭上に白抜き文字で「558」と浮かぶ。
おお、ダメージが通ったってことか!
しかも、558点!
俺なら二十回くらい死んでるぞ!
「ぬう……やるな、怪人! 」
「シザッ! シザッ! 我はシザマンティス
デスペナ前に覚えておくといいシザ! 」
勝ち誇る怪人シザマンティス。
もしかして、俺が入ったレギオンってかなり強いところか?
いや、『リヴァース・リバース』、通称『りばりば』は最大規模のレギオンだから、弱い訳はないんだけどな。
よしっ! この勢いに乗って、俺も経験値稼ぎをさせて貰おう!
このゲーム、戦闘員はヒーローにダメージを与えるだけで経験値が貰えるらしい。
俺にこのゲームをやるよう強制してきた奴が言っていたのは覚えている。
俺は、レオナから渡されたこん棒を振り上げて、走った。
「イーッ! 〈往生せいやーっ! 〉」
ぱきゅん!
「イッ……? 」
俺の身体に斜め上から打ち下ろすような衝撃が走る。
ふと、そちらを見る。
2ブロック程離れた雑居ビル、その屋上に未来的デザインの制服を着たミラーシェードの人々がライフルのようなものを構えて並ぶ。
その内の一人が、俺に向けてガッツポーズをしていた。
ああ、もしかして、マギミスリル側のレギオン戦闘員……。
視界が暗転する。
───《死亡》───
目の前に赤い文字が浮かぶ。
え、一撃か……。
10、9、8、7……《死亡》の後に視界が多少ぼやけて、カウントダウンが始まる。
そのすぐ下に《リスポーンしますか?Y/N》と出ている。
ぼやけた視界の中で戦闘は継続している。
黒いのが、白銀に近付いてはぶっ飛ばされている。
俺は慌てて、「イエス! 」と念じる。
視界がクリアになる。
「イーッ! 〈やらせるか! 〉」「イーッ! 〈守れ! 〉」
黒タイツの戦闘員たちが、敵戦闘員の銃撃からシザマンティスを守るべく盾になって死んでいく。
死ぬと、復活石と呼ばれていた虹色に輝く石のひとつから、復活、また戦線へと復帰していく。
このゲーム、簡単に死ぬな……。
ととっ、動かないとまた狙撃されるな。
俺はフェイント交じりに走り出す。
敵の戦闘員は数が揃ってないのか、狙撃は散発的だ。
他の黒タイツ戦闘員も、見ればマギミスリルを囲むようにして隙を伺いながら、狙撃されないように動き回っている。
ヒーローって動き早いな。
真後ろから襲いかかる戦闘員に簡単に対処しているように見える。
しかも、ただのパンチを食らった戦闘員の頭上には白抜き文字で「1592」と数字が浮かぶ。
なっ!四桁ダメージ……。
もちろん、一撃、《死亡》だ。
ぱきゅん!
驚いて動きを止めた俺の後頭部に、またもや衝撃。
───《死亡》───
またかよ……くそっ! リスポーンだ!
動き回る。黒タイツの戦闘員が次々とリスポーンする。
俺も他の戦闘員と一緒に、マギミスリルへと集る。
「イーッ! 〈とったー! 〉」
一人の戦闘員が、マギミスリルにこん棒を叩き込むことに成功する。
マギミスリルの頭上には黄色い文字で「1」と浮かぶ。
まさかの1点ダメージ!!
だが、ほんの一秒にも満たない時間、マギミスリルの動きが鈍る。
「イーマダッ! 」
洗練されたこん棒持ちの戦闘員が叫ぶ。
喋れるのかよっ!
マギミスリルに次々と打ち込まれるこん棒。
「1」「1」「1」……1点ダメージが次々に頭上に浮かぶ。
ぱきゅん! ぱきゅん! ぱきゅん! ぱきゅん! ……同時に撃たれまくる黒タイツ戦闘員たち。
光の粒子になって消えていく。と、思えば復活石の位置からリスポーン。同時に走り出す戦闘員たち。
ヒーローと俺たち戦闘員の能力差は歴然としているが、それでも挫けずに向かう。
なんだか、胸の奥が熱くなる。俺も行くぜ!
「イーッ! 〈突撃だーっ! 〉」
「お前らの想い、受け取ったシザアァァァ!
【両断鋏】っ! 」
じゃきんっ! ───どかーんっ!
俺は背後からのフレンドリーファイアでぶっ飛んだ。
───《死亡》───
痛みは極小設定なので、衝撃があったと分かる程度だ。
ただ、死の間際に見えたマギミスリルのダメージは200点なかったように見える。
二本の青光のハサミの内、一本は俺が食らってるんだから、当然か。
うわぁ……俺が邪魔しちまった……。
愕然とするものの、少し理解出来てきた。
この怪人対ヒーローの構図。
戦闘員の俺たちは、時間稼ぎ要員だ。
こん棒『ショックバトン』は状態異常の麻痺か何かを与えるものらしい。
俺たちのダメージディーラーである怪人シザマンティスは、必殺技にタメが必要らしい。
その時間を稼ぎ、ヒーローの回避やら防御を下げるためにこの『ショックバトン』はある。
これは後で分かったことだが、能力値に5倍以上の差があると、ダメージは最低保証の1点になるらしい。
それだけヒーローの纏う鎧は防御力が高いということだろう。
せめて、一撃! そう考えて、俺はリスポーンする。
ちゅいん、ちゅいん、と敵の戦闘員からの銃撃が地を穿つ。
リスポーン地点を見つけて、その辺りに弾をバラ撒いてるらしい。
タイミング次第で、また《死亡》じゃねーか! 危ねぇな。
あれ? 俺、何回死んだっけ? 狙撃……狙撃……フレンドリーファイア……三回か……。
頭の中でレオナの言葉が反芻される。
「魔石は持っている数だけ復活できます……」
俺がレオナから貰った魔石は三つ。
残機0じゃね?
まだ、一度たりともこん棒振ってないんだが……。
しかも、怪人シザマンティスの攻撃の邪魔をしただけ。
ヤバい……レギオンの仲間になる人たちに申し訳なさすぎる……。
ヒーローに一撃入れて、経験値だぁ! とか言ってる場合か?
何か、せめて何か貢献しないと……。
ぱきゅん! 目の前で黒タイツ戦闘員の一人がシザマンティスを庇って、粒子となって消えた。
ぬぬぬ……スナイパーどもめ!
俺は走った。作り立てキャラでレベルは1。
装備は渡されたこん棒ひとつ。
敵のスナイパーは確認すれば五人ほど。
死んだところで、俺に失うものはない。
ならば、経験値なんかに拘ってる場合じゃない!
飛び込んで撹乱してやる!
雑居ビルの隙間に飛び込み、ビルの裏手へ。
そこから走りに走る。
ピコ……ピコ……
何かの音が頭の中で反響する。
何かと思い、自分のステータスを確認する。
念じればすぐにウィンドウが目の前に立ち上がる。
[体力]が減っている。
[体力]は肉体的行動で減る。回復には何かを食べる必要がある。
さすがレベル1……体力の減り早いな。
すでに半分くらいか……。
だからと言って、ここで諦める訳には行かない。
ビルの角まで来て、顔を覗かせ、見上げれば、スナイパーどもがライフルで撃ちまくっている。
普通のライフルじゃない。未来的な形のライフルだ。
ここから、あっちのビルまで気付かれず行けるだろうか?
難しそうだな……何しろこちらは全身黒タイツだ。目立ちすぎる。
と、頭を悩ませていると、通りの反対側、俺の居る位置から道路を渡った位置に一台の車が止まっている。
シルバーメタリックで鼻面が鋭角的、ゴテゴテと装飾がされていて、どう見ても一般車じゃない。
さらに『マギファイター』というステッカー。
これ、マギミスリルに関係している車両だろ……。
もしかして、あのスナイパーどもって、この車でここまで来てるのか?
それとも、マギミスリルが乗って来た?
まあいい。あそこまでなら走って行ける。
スナイパーたちが射撃に夢中になっている隙に道路を渡る。
この辺りが戦場という扱いだからか、幸いにも、辺りに人影はない。
そそくさと車両に近付き、検分する。
がちゃ……。
ドア開いたー!
いや、無防備すぎるだろ……。
五人乗りで後ろの貨物部分に未来的ライフルを載せるラックがある。
ただ、残念ながら未来的ライフルは残されていない。
スタートボタンを押しても車は動かない。
だが、見つけた物もある。
カロリーバーだ。
なるほどな……ゲームの神様は俺にこれ食って走れと言っているらしい。
全身黒タイツな俺だが、頭の部分は目出し帽のようになっている。古き良き懐古主義の名の元に作られた由緒正しい悪の戦闘員スタイルというのが我がレギオン『りばりば』の売りのひとつらしい。
俺はカロリーバーを貪り食う。
「イーッ…… 〈口の中、パッサパサ…… 〉」
だが、体力ゲージは回復した。
ついでにもう二本ほどカロリーバーを失敬していく。
ゲーム的には俺は悪の組織の戦闘員だ。
正義を困らせてやるぜ!
よっしゃ! 走る!
俺は見つかるの覚悟で走るのだった。