297〈はじめての面会〉
翌日、俺は大首領様に面会を求めた。
意外とすんなり面会させてもらえることになった。暇なんだろうか?
NPCドールのアオドリに案内されて、入り組んだ道を進んで、謁見室へと向かう。
空から行ったら簡単なんだが、平常時にそれはさすがにはばかられる。
謁見室の扉が重々しく開かれるが、ラグナロクイベント時に何度も通った扉だ。
ちょっと有難みがない。
玉座に黒い靄が鎮座している。
周囲には近衛騎士のNPCドールが並んでいる。
重厚な作りの謁見室だが、俺からしたらこれまた見慣れた景色だ。
ラグナロクイベント時のリスポーン地点がここだったせいで、大首領様のボヤキを何度も聞かされた場所という印象が強い。
「ゐーんぐ……〈悪いな、急に時間を取らせてしまって……〉」
「こらこら、最初の挨拶ぐらいはもうちょっとラスボス感をだな……」
黒モヤから声が聞こえる。
「ゐーんぐ……〈今さらだろうに……〉」
「……まあ、今さらか」
俺は頷く。
「よかろう。それで、わざわざ謁見を申し込むとは何事か?」
「ゐーんぐ!〈ガイガイネンについて、聞きたくてな〉」
「世界の敵だ」
「ゐーんぐ〈それは知っている。ただ、はじめての『ガイガイネン』イベントの時、倒せなければゲームオーバーと言っていたと記憶しているが、初回時に倒しきれてなかったよな?
なぜ、ゲームが続いているのかと思ってな〉」
「ゲームオーバーが良かったか?」
「ゐーんぐ〈いや、続いて良かったが、なぜ続けられたのかが、疑問でな。
どうも発祥は解放された新エリアだから、どうこうしようにも、最初から全滅は不可能。だけど、こうしてゲームは続いている。何があった?〉」
黒モヤがぐるぐる、もくもくと形を変えて、躊躇しているようにも見える。
俺は黒モヤの動きを見ながら、根気強く待った。
「少し、複雑な話をしなければならぬ……」
「ゐーんぐ?〈理解できるかどうかは別として、話してくれないか?〉」
「うむ、公式発表ではないというのを承知せよ。それから、あまり広めるべき話でもない」
「ゐーんぐ〈分かった〉」
「そも、この星が双子星というのが前提の話だ。
今では既に定着している故、どちらが正当であるという話でもない。
まあ、裏設定と思って聞くがよい……」
必死に言い訳を探しているような大首領の言葉。
俺はひたすらに待つだけだ。
「ふたつの世界に、争いの種を持ち込んだ、別の世界というのが、最初の『外概念』だった。
彼らは、『神』と呼ばれている。
ふたつの世界の発展に伴い生まれた原初の信仰から名付けられた『理』を『なかつ神』、『外概念』を『そとつ神』と呼称しようか……。
『神』とは本来、形のない概念に過ぎなかった。なんらかの大いなる概念装置と言おうか……大気を揺らし、海を混ぜ、大地を削り、火を起こす。
これらが『理』となって信仰を生んだ。
しかし、それらは漠然としていて、命に影響を与えつつも閉じこもった輪廻の中で渦を巻く『なにか』でしかなかった。
そして、その『なにか』に刺激を与え、新たなる生命のサイクルを生んだのが『そとつ神』たちだ。
つまり、『そとつ神』が生まれたことで『なかつ神』は生まれた。
『理』に名が与えられ、司となって『神』が確立していくこととなった。
『なかつ神』と『そとつ神』は争い、混じり合い、今がある。
ふたつの世界にとっては、全てが『神』だった。
しかし、渦巻く輪廻『円』が生命のサイクル『螺旋』となった時から、偏りが生まれた。
この偏りが今の世界の有り様を示している。
『そとつ神』が大き過ぎたのだ。
これがふたつの世界を隔てる元となり、魔法文明世界と科学文明世界と呼ばれるようになった。
今、新たなる『外概念』が押し寄せて来ている。
これが、何を成し、どう転ぶのか、誰にも分からないのだ。
ただ、ただでさえ軋みを上げている世界にとって、新たな『外概念』は危険としか言い様がない。
本来、ふたつでひとつの世界が裂けてしまえば、どちらかが残るのか、ふたつとも消えるのか、はたまたそれぞれの世界として残るのか、運営はふたつとも消えると計算しているが、それとて確率が高いというだけの話だ」
「ゐーんぐ?〈つまり、『ガイガイネン』は新しい『神』だと?〉」
「まだ、『理』もなく司も分からぬ故、名も無き大いなるものとしか言えぬ。
『神』は名付けられてはじめて『神』足り得る。
今、運営は死した『神』の名を新しい『外概念』につけて、『理』を与えようとしている。
『理』を司どれば、既存の枠の内に収められるだろうと考えている……」
「ゐーんぐ?〈それはどういう意味だ?〉」
「……そうさな。
頭がひとつ、足が八本のヌメヌメした軟体動物がいたとする。
それは未知のものだとする。
例えば『タコ』と名付ければ、それは『タコ』であり、『火星人』と名付ければ、それは『火星人』になる。
未知でなければ、殺せる。
『タコ』だろうが『火星人』だろうが、焼いて食べることもできよう。
だが、未知のままそれが押し寄せて来た時、人はどう反応するだろうか?」
「ゐーんぐ?〈どういうものか調べるとか、それこそ食ってみるとかするんじゃないのか?〉」
「吸盤に吸われて鋭い顎で噛み砕かれたり、光線銃で撃たれるかもしれない。
もしかしたら、毒があるかもしれない」
「ゐーんぐ〈それこそ、調べて、食ってみなけりゃ分からないんじゃないのか?〉」
「そういうことだ。
だが、お前は一人しかいない。そうなれば観察して、恐る恐るつついたりするだろう?
今の『ガイガイネン』イベントは、そういうことをしている。そうして、それに名付けるのだ。これは『タコ』だと。
だが、相手は体長五千メートルで、口から火を吹くのだがな」
「ゐーんぐ!〈それはもう『タコ』じゃないだろ!〉」
「いいや、それが美味で、海の中でしか生きられないとしたら、『タコ』なのだ。
だが、それは相手からしても同じことが言える。
我らがやつらにとって『タコ』なのか『地球人』なのか、それによって、食えるか殺せるかをお互いに決めあっているのだ」
なるほど、未知に名付けることで既知の存在にする。そうすればどう扱うべきか分かるといったことだろうか。
だが、そうなると大首領はなんなんだ?
なぜ、ここまで詳しい?
「ゐーんぐ?〈なあ、なんでそこまで詳しい?〉」
「我は『神』ではない。失われた王国の元王だった者だ。運営側に近しい存在ではあるがな……」
「ゐーんぐ……〈まるで、これが現実のように語るじゃないか……〉」
ここまでぶっちゃけた話をしたんだ。
俺はここが斬りこみ所かと思い、さらに突っ込んだ話、具体的には現実と『リアじゅー』の関係性について突っ込むことにした。
「現実だとも……」
やはり……。
「我にとってはな。そういう設定だ」
ぬるり。まるで『タコ』のように逃げられたのだった。




