293〈SIZUの……〉
普通に考えて、簡単に逃げ出せるはずもないんだよな。
兵士たちはこちらに向かって来ていて、『マギシルバー』は『ショック状態』が解けたら追ってくるだろう。
ただ、俺の『ショック状態』は思ったよりも全然効いている。
見た目は現代版『マギシルバー』という感じだが、実際に変身している訳ではなさそうだ。
俺は拾って来たサブマシンガンを後ろに向けて威嚇射撃して、追っ手の動きを止めると、一階の窓からSIZUと一緒に逃げ出した。
このまま距離を取れるかと思ったが、背後から光が追ってくる。
研究所周辺はサーチライトが自動点灯していて、隠れようもない。
「あぶねえ、避けろ!」
俺とSIZUは左右に分かれるように跳んで避ける。
銀光が地面を抉る。
そのまま顔を上げると目の前には『マギシルバー』が立ちはだかっていた。
復活が早いじゃないか。
「ゐーんぐっ!〈【エレキトリック・ラビット】!〉」
俺の頭上にあるうさ耳が雷電を上空に放つと、まるでなにかの導線に沿うように上空を移動。
『マギシルバー』を中心とした範囲に雷撃が落ちる。
だが、『マギシルバー』は雷撃が落ちた瞬間にはそこにはいなかった。
避けられた!?
近づいて来た『マギシルバー』の蹴りが俺の顎を捉え、俺は体勢の悪さから逃げようもなく、吹き飛んだ。
瞬間的に意識が飛びそうになるのを、必死でかき集めるように、繋ぐ。
ダメだ。ここで一瞬でも意識を飛ばしたら、殺される!
そう考えた俺は、浅く早く呼吸を繰り返して、どうにか堪える。
「マギシルバー! 【銀十字の剣】だ!」
遠くの研究員が叫ぶ。
その声に『マギシルバー』が組み合わせた両腕を前に出し、その両腕を広げていく。
掌と掌の間に生まれた十字架から銀光の刃が伸びていく、その柄を掴むと、『マギシルバー』は声もなくそれを振り上げた。
『マギシルバー』の必殺技。
たぶん、アレは神の威光とかそういうものの体現だ。
俺が『マギシルバー』を苦手とする理由でもある。
一瞬で『マギシルバー』を中心とした全方位に赤い光のラインが走る。
「お前、俺のこと嫌いだろ……」
おそらく、前に奴が円を描くような集中をした時、頭上から蠍尻尾で襲った記憶でも残しているのだろう。
どこから来ても、打ち落としてやるという気概が俺の【野生の勘】にひしひしと伝わって来る。
俺が立ち上がろうとした瞬間、十字剣が振り下ろされた。
「ゐーんぐっ!〈簡単にやられるか! 【緊急回避】〉」
俺は後ろに2m、立ち上がりざまに瞬間移動した。
『マギシルバー』はそれを読んでいたかのように、さらに踏み込んで来る。
俺はそれを察知した瞬間、【ウサギ跳び】で上空に逃れると同時に【夜の帳】を放つ。
「マギシルバー、【退魔の矢】で迎撃、追い詰めろ!」
くそ! 研究員、お前は何とかテイマーなのか!
的確にアドバイスしやがって!
【夜の帳】は光系のスキルで打ち消されてしまう。
【退魔の矢】は銀光を弾丸のように放つ技だ。
星ひとつスキルと星よっつスキルでは、当然のように【夜の帳】が消える。
ついでのように俺は左肩と左頬を焼かれて、墜落気味に着地する。
走り込んで来る『マギシルバー』はすぐ目の前だ。
トラップを設置する隙はない。
前に出るスキルは迎撃されて死ぬ未来しか見えない。
何より、銀光で焼かれた傷が俺の思考をぐちゃぐちゃに掻き乱していた。
瞬間的に、現実とゲームの感覚がシンクロした俺は、よりにもよって最悪の選択をしていた。
「ゐーんぐっ!〈【封印する縛鎖】〉」
左腕が齧られるように爆散した。
鎖が地中から伸びて『マギシルバー』を絡め取って行く。
「ぐうぅ……いってぇっ!」
「肩……パッドォォォオオッ!」
「グレちゃん!」
「なんだアレは……まさか超能力!?」
「撃て!」
その瞬間、色々なことが同時に起きた。
『マギシルバー』が鎖に縛られながら、怨嗟の言葉を吐き。
SIZUが走り込んで来る。
研究員が驚きに声を挙げ、後ろから来た兵士がサブマシンガンを構えた。
ガガガガガガガガガガガガガ!
銃声が響き渡る。
「うおおおおおぉぉぉっ!
肩パッドぉぉおおっ!」
まるで、呪縛から解き放たれたような『マギシルバー』の叫びは、新たな鎖によって塞がれた。
覚悟した俺は、ぐっと腹に力を入れて耐えるつもりだったが、いつまでも襲って来ない痛みに銃撃して来た方向を見た。
「あ……?」
SIZUが両腕を広げて、俺に背中を見せていた。
ぐらり、と揺れてSIZUが倒れ込むのを、慌てて支える。
防弾仕様のスーツを着ているから問題はないはずだ。
だが、支えた俺の右腕にじわりと何かが染み込むのが分かる。
スーツは凹みはあるが、無事だ。
ただ、喉元に一発、穴が開いていた。
それは、不運としか言いようがない。
「グ……レちゃ……」
覆面越しに俺の名を呼ぼうとしたSIZUの口元から、ごぼり、と嫌な音がした。
「し……しず……」
ごぼぼ、とさらに音がする。
まさか、そんな……。
俺は慌てて静乃をその場に横たえると、その覆面を剥がす。
それを見て、俺は驚愕する。
静乃の白い肌は黒ずみ、見る間に腐敗していく。
「う……」
かと思えば、まるで巻き戻し画像を見るように、腐敗が消えていく。
喉元から潰れた銃弾が押し戻されるように出てきた。
すっかり元通りになったかと思えば、綺麗な顔の半分がまた黒ずみ、腐敗していく。
静乃が身体を起こした。
「よぐも……グレぢゃ……撃っだな……」
何かの力に引っ張られるように静乃が立ち上がると、ゆっくりと兵士たちの方へ歩き始める。
「お、おい、しず……」
静乃が片手を兵士へと向ける。
兵士たちは前に出て、サブマシンガンを構えた。
「【腐れ】……」
何かの力場のようなものが、静乃の前方へと拡がった。
兵士たちのサブマシンガンに錆が浮いて、兵士たちが絶叫を上げた。
「ひぃ、う、腕が……」「あ、なんで、やめろおおお!」「く、腐る……い、嫌だ!」
サブマシンガンが地面に、ぼとりと落ちる。
そこには兵士たちの腐った腕が絡まったままだ。
兵士たちが後退りする。
「ひ、ひぃ……なんだこれは……」
研究員もさがる。
「わがぐにへ……来やるが?」
俺は、はたと我に返った。
もしかして、静乃のガチャ魂が暴走している?
『ヨルムンガンド』を持つシシャモが暴走して大蛇に変化したように、『ヘル』を持つ静乃が暴走して、死者の国の女王としての力が漏れ出ている気がした。
だとすれば、静乃は生きている?
ガチャ魂は謎だらけだが、暴走は自己防衛の果てのような気がする。
ダメだ。静乃に人殺しをさせてはいけない。
何故か本能的にそう思った。
俺は慌てて、静乃を片腕だけで後ろから抱き締めた。
「やめろ! それくらいで充分だ!」
静乃の腐った半身が俺を見る。
「グレぢゃ……」
「そうだ。分かるか? 俺だ。逃げるぞ!」
俺は思考操作でガチャ魂を入れ替えると、翼を広げる。
静乃は小さく頷いたような気がする。
だが、それまでで、静乃の身体から急激に力が抜けていく。
それを、倒れないように強く抱いて、俺は【飛行】した。
サーチライトが俺を追うように光を動かす途中で急激に消えた。
瞬間的にそちらを振り返ると、小柄な人影がサムズアップしていたように見える。
どぶマウスの援護だろう。
人影はそのまま研究所の屋上から飛び降りるように山影に消えた。
それに安心して、静乃に意識を移す。
どうやら、息はあるようだ。
それに安心しつつ、俺も山影へと逃げ込むのだった。
静乃、アシュラ男爵化。
マギシルバーは○○モンだった?
現実もカオス化してきましたね。




