292
俺は怒っていた。
マギシルバー。俺が苦手なヒーロー。
マギミスリルの金魚のフン。追い掛けて、追い掛けてマギミスリルに届かないくせに、それで満足している精神性が嫌いだ。
ヒーローとして、壬生狼会の少年たちを殺したくせに、暴走のせいでそれを認識すらできないマギシルバーの今の状態が嫌いだ。
ヒーローなら、お前が本当にヒーローだと言うなら、殺してしまう前に、奇跡でもなんでも起こして、その呪縛から抜け出してみろ。
研究員たちに、ヒーロー扱いされて酔ってるんじゃねえ!
ヒーローってのは、その行為が尊いからこそ、ヒーローなんじゃないのかよ!
そんな想いが頭の中をぐるぐると回り、俺は思わず立ち上がっていた。
「デ、デザイナーズチャイルド!」
「おかしいっすよ先輩……こいつキメラじゃないですか……」
二人の研究員は俺を遠巻きにするように部屋の隅に固まった。
俺は研究員の一人が使っていたマイクを手に取り叫ぶ。
「マギシルバー! 自分の意思で善悪の分別すらつけられない奴が、ヒーローを騙ってんじゃねえよ!
お前をただの兵士に貶めようとしている奴らの言いなりでいいのか?
それでも俺を苦しめたヒーローか!」
「し、喋った……」
「ほら、なんかヤバいやつですよ、コイツ……」
研究員が何か言っているが、俺はそんなのは無視して、『マギシルバー』に語りかける。
「俺が戦ったマギシルバーは、そんな弱い奴だったか!?
違うだろ!
洗脳なんかに負けるな!」
「洗脳じゃねえよ、ばーか! 情動操作は対象の入れ替えだ! 熱い語りかけで解けるようなもん、使う訳ねえだろ!」
「煽らないでくださいよ!」
研究員たちが揉めていた。
緊急警報は未だに回っている。
そんな中、SIZUが研究員たちに近づいて行く。
「面白い話だね、研究員さん。
対象の入れ替えってどういうことかな?
グレちゃん、そろそろ警備が集まって来る。少し時間稼げる?」
確かに俺の耳には階段を駆け下りる音が響いていた。
SIZUに何か考えがありそうなので、従っておく。
俺は廊下に【トラップ設置】をする。
いつもの『バネ床』だ。屋内だと確実に天井に頭をぶつけるので、なかなかに危険なトラップになる。
階段からいきなり銃口が覗く。
まさかの実銃、サブマシンガンのようだ。
慌てて部屋に入る。
軍靴の音が幾つも響いたかと思うと、短い悲鳴が上がる。
同時に部屋から顔を出して、やられていないやつに【雷瞬】で電撃を浴びせ、そこまで移動する。
第一陣はなんとかなったが、早めに逃げ出さないとヤバそうだ。
サブマシンガンだけかき集めて、部屋に戻る。
「……つまり、本人の強い情動を向ける相手というのを、書き換えているから、さらに上書きするしかないんだよ……」
「ふーん……役に立たない情報……殺しちゃおうかしら……」
「ま、待て、待ってくれ!
ほら、上書きするならこの薬を使えば済む……後は本人に言い聞かせるんだ。根気よくやれば、自分が親にも子供にもなれる!」
「そうだ、嘘じゃない。庇護対象を探って、薬を使って、精神に刷り込む。そこのデザイナーズチャイルドキメラだって根本原理は同じはずだ!」
「あ、バカ……余計なことを……」
「あ、そう……なら、薬をそこの机に置いて、下がりなさい」
SIZUが指先から『アシッドスライム』の腐食液を滴らせて脅す。
「わ、分かった……分かったから、攻撃するなよ……」
研究員の一人、おそらく主導していた先輩研究員が、おそるおそるという風に薬を机に置く、それから飛び退くように離れようとして転んだ。
「わー、よせ、よせ、殺すな! 殺すなよ……」
よほど脅しが効いているのか、あちらの机、こちらの機材と身体をぶつけるようにして立ち上がる。
「何もしないわよ……馬鹿じゃないの?」
SIZUが薬を手に取った。
その時、研究員が叫んだ。
「助けて、マギシルバー!
悪の戦闘員に襲われてる!」
高性能耐爆仕様のガラスシールドが一瞬で爆散した。
「ははは、馬鹿め!
転んだのは、そこのスピーカーのスイッチに触りたかったからだよ!」
「ちょ、先輩……耐爆シールドが……」
「当たり前だ。ヒーローなんだから、守るべき弱者の俺たちがピンチなら、耐爆シールドくらい破れるもんだ」
銀色の騎士が研究員たちの前に立った。
物言わず、ただ目の部分が光るだけだが、奴が『マギスター』時代からの決まり文句を言っているだろうことは、そのポーズから分かる。
俺たちを敵と認識したようだ。
「おい、SIZU……」
「うん、今は無理だね……悲しいけど罠だと判断するしかないよ。馬鹿な研究員の暴走のおかげで情報は手に入ったけど、マギシルバー相手じゃ分が悪い。
一撃入れて、一時撤退。この借りはマギシルバーを助けることで返そう……」
くそ、仕方がない。明確に敵認定されてしまっては、戦闘員じゃ勝てない。
なんで、俺は変身できるか確認しておかなかったのか……。
ぶっつけ本番に賭けるには、仲間の命が重すぎる。
「どぶマウスに連絡頼む……。
ゐーんぐっ!〈【エレキトリックラビット】!〉」
俺の力を込めた雷撃が『マギシルバー』を中心に荒れ狂う。
研究員たちが「あびゃびゃびゃ……」とか感電していたが、この際、見なかったことにしよう。
SIZUは今まで封印していた無線を解除して、どぶマウスに連絡を取る。
「ネズ吉ちゃん、罠だった。敵は洗脳済みのマギシルバー。撤退で!」
───らじゃ!───
どぶマウスから通信が入って、俺たちは逃げ出したのだった。
ネット小説大賞に応募しました。
まあ、今まで一度も引っかかったことないですけど。
それに伴いあらすじをちょっとだけ変更しております。




