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建物内部で音と匂いを参考に俺たちは動いた。
深夜帯にも関わらず、意外と人が動いている。
「凄いな、瞬間的に常人の五倍以上のエネルギーだぞ……」「もっと専用の計測機器がないと数字が出せない」
人の動きを感じて隠れた隣の部屋は、給湯室らしく、研究員らしき人物同士の会話が聞こえてくる。
「本人の妄想に付き合ってやった方が、一部は確実に伸びがいい」「ただ制御が効かなくなるだろ、それじゃ……」「だが、最高純度のパワーを見てみたいだろ」「防壁が保つか分からず、計測できないんじゃ、危険過ぎる……」
おそらく超能力者についての話だろうが、何かの計測を行っているようだ。
こんな深夜にか……。
だとしたら、救出の難易度が上がるな。
研究員を制圧する必要があるかもしれない。
研究員が戻っていくのに合わせて、そっと後をつけていく。
エレベーターに乗るようだ。
扉が閉まるのを待って、エレベーターの動きを確認すれば、地下二階のようだ。
すぐ隣には階段がある。
SIZUと頷き合って、俺たちは階段で下へ向かう。
ちょうど下の階を見回りしたであろう兵士がエレベーターで上に向かった。
階段は使わないらしい。
たまたまなのか、サボりの結果か分からないが、ラッキーだった。
地下二階は耐爆構造の大きな実験室、その準備室、観測室と三つに分かれていて、俺たちが使った階段は観測室に繋がる階段だったようだ。
大きな実験室とその準備室は地下一階の専用階段を使わないと行けない構造になっている。
「……オーケー、マギシルバー。次は君の防御力を見せてくれ」
廊下にいてもマイクで増幅した声が聞こえる。
先程の研究員はドアが半開きなのも気づかない程に弛んでいる。
「グレちゃん……まずいかも……」
SIZUが小声で言った。
「聞いたか? マギシルバーって言ったよな」
あの日、俺が何もできずに見送るしかなかった被害者、暴走の上、壬生狼会の若者を殺してしまった『マギシルバー』。
俺は何故か震えていた。
「それがまずいよ……」
「何がだ?」
「グレちゃんが教えてくれたじゃん。洗脳が不完全で暴走したらしいって……」
「ああ、つまり、助けられる余地があったってことだろ?」
「待って、待って……研究員たちがこんなにゆるゆるなのっておかしくない?
一度、暴走してるんでしょ?
これってつまり、洗脳が完了しているってことじゃないの?」
「は?」
俺は我に返って、もう一度、考える。
マギシルバーの洗脳が完了しているとしたら、アイツを助けるためには無力化しなければならない。
ついでに、洗脳を解く方法論も必要になる。
くぐもった爆発音が聞こえる。
「マギシルバー、避けるな! 君の防御力が測りたいんだ」
また、くぐもった爆発音が聞こえる。
「信じろ、その鎧は君を傷つけはしない!」
またマイク音声が響く。
「いや、耐爆強度ギリギリアウトですよ?」
「大丈夫だよ。アイツの超能力ならここまでは耐えられる。実証済みだ」
「つまり、超能力シールドが鎧まで守ってるってことですか?」
「ああ、データを見る限りではそうだな。もう一段階上の爆発に耐えられるか調べたいんだ」
「戦車砲でも相手にさせるつもりですか?」
「理論上はミサイルの直撃も平気なはずだからな」
「中身を少し休ませないと危なくないですかね?」
「超能力は精神の有り様に大きく作用される。博士の提唱した極限状態における精神作用の向上については読んだろ。これでいいんだよ」
「追い込んで、追い込んで強くなるってやつですよね。ただ、それやっちゃうと情動操作の揺らぎ問題にぶち当たるから、待てって話だったと思いますけど?」
「大丈夫だよ。薬はいつもの五倍入れてる。精神作用は向上しているし、ここらで実戦投入用の個体を仕上げておかないと、上がしびれを切らしちまうからな。
他国の介入がありそうでピリピリしてるから、悠長にやるなってせっつかれてるんだよ」
「はあ、世知辛いねえ。まあ、先輩が責任取ってくれるなら、いいですけどね」
「ああ、成功したら、俺はここのトップだぞ。いいから、次、やれよ」
「はい、所長どの!」
また、くぐもった爆発音が、今度は連続で聞こえる。
「ふざけんなっ! 超能力者はお前らのおもちゃじゃねえんだよ!」
気がついた時には、俺は立ち上がって、このムカつく研究員たちの前で怒鳴っていた。
「グ、グレちゃん……」
「なっ、し、侵入者だ!」
赤いランプがクルクル回る。自動音声が警告音と共に流れる。
緊急事態発生。緊急事態発生……。
俺はやらかしたことを悟った。




