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『ガイア帝国』と『マーズエンジェル』。
事の起こりは、『ガイア帝国』の担当地区『住宅街』で今回のイベント中に感情エネルギーを集めてしまったことにある。
『ガイガイネン』によって起きた事件の感情エネルギーを『ガイア帝国』は怪人を使って吸い取った。
それにより『ガイガイネン』事件の記憶をなくしたNPC一般人たちが自分たちの置かれた状態に驚くと共に騒ぎ出した。
それを聞きつけた『マーズエンジェル』がNPC一般人を救出しようとしたことで戦争イベントに発展。
『ガイア帝国』側は事態を収めようと増援を送ったが、それが『ガイア帝国』側の通常ポータルの位置をバラす結果となった。
『ガイア帝国』は乗り込んできた『マーズエンジェル』のヒーローと戦闘員に、散々に基地を荒らされ、そのまま戦争イベントを引き分けとした状態でラグナロクイベントに突入してしまったらしい。
『ガイガイネン』イベントの最中、ようやく勝ち筋が見えたところでの、この事件は全プレイヤーにとって大きな話題となった。
「ウチはもちろん、ガイア帝国に協力します」
最初にそれを表明したのは、何を隠そう『りばりば』、つまり俺の所属するレギオンだった。
これは前回のウチのラグナロクイベント時、『ガイア帝国』から多大な支援を貰っている以上、避けては通れない道だった。
ここで不義理を働けば、もう『りばりば』は他の怪人レギオンから信用されることはなくなる。
ラグナロクイベントに発展してしまった以上、人員を送るなどはできないが、武器防具の供給、アイテム面での支援などが主な助力になる。
ただ、これは他のヒーローレギオンからの強い反発を招いた。
ここまで友好的に接してきた『ムーンチャイルド』も離れたことによって、『ガイガイネン』イベントにおける共闘システムも大きく後退することとなった。
最初の『ガイア帝国』が悪いのは確かだが、戦争イベントで止めておいてくれれば、まだ修復の目はあった。
しかし、『マーズエンジェル』は弱点が露呈した瞬間に、食いついてしまった。
ここで亀裂が確定的になってしまった。
ヒーローレギオンはこぞって『マーズエンジェル』への支援を表明し、それが他の怪人レギオンを煽る結果となった。
戦争の縮図を見ているようだ。
「正直、グレイキャンパスとしては大規模レギオン同士のラグナロクイベントは関わりたくないのが本音ね……」
静乃が愚痴を零した。
ヒーローレギオンに勝たせたくないが、大規模レギオン同士のラグナロクイベントだと、現実への被害も大きくなる。
「まあ、アレかにゃ?
これで負けた側の小規模レギオンを焚き付けて、小規模同士のラグナロクイベントを起こさせて、少しずつバランスを取るしかないかも〜ね?」
会長は死の商人みたいなことを言い出したが、おそらく他に道がなければ『グレイキャンパス』はそのように動くだろう。
大きく天秤が傾いたら、小さく逆に傾けて、揺れを小さくしようという考え方のようだ。
『ガイガイネン』イベントは一気に下火になっていった。
皆の興味が移ってしまったのだ。
土日には『ガイア帝国』と『マーズエンジェル』の大激突が起きた。
俺は『りばりば』のプレイヤーとして、素材確保に動かざるを得なかった。
ラグナロクイベントは簡単に決着がつくイベントではない。
しかも、周囲は素材やアイテムなどの手助けはできるが、それ以外は傍観者になるしかない。
次第に『ガイガイネン』イベントに人が戻って来たが、一度大きく開いてしまった溝は簡単には埋まらない。
そのせいでたくさんのプレイヤーが倒れてはポータルで戻って来るような状況が生まれるが、お互いにポータル位置を隠すようになってしまったせいで、効率が悪化した。
もちろん、御神木周りに普通に並べられていた一方通行ポータルは全て撤去されているし、『トンネル』近辺の一方通行ポータルも簡単に利用しづらくなった。
時間を合わせての大規模な狩りがなくなり、今まで以上に時間が掛かる。
ラグナロクイベントが終わるまで三週間、『ガイガイネン』イベントはまだ終わっていなかった。
結果は『ガイア帝国』勝利で終わった。
元々、『ガイア帝国』は魔法文明側ではレギオンレベル一位のレギオンだ。
『マーズエンジェル』がいくら新進気鋭の大規模レギオンだとしても、地力が違った。
まあ、ここまではある程度、予想ができた展開だったが、問題は『ガイア帝国』が勝利したことで、科学文明側との溝がさらに深まったのと、『ガイガイネン』に予想外の新種が現れたことだろう。
それを見つけたのは『りばりば』有志と中小規模レギオンの共同作戦が行われた、『ガイア帝国』勝利の翌日、日曜日のことだった。
「大型一、ケージだ。準備してくれ!」「最近、大型増えてねえか? ようやく三角山の麓に着いたばっかりだぞ……」「小型が少ないってことは、それだけゲリラ作戦が効いてるってことだろ」
三角山の頂上付近には、クレーターのような穴があり、その中心には、遠くからでも『ザクロダルマ』が見える。
中腹には『巨大ナナフシ』が歩いていて、後は全体が木々に覆われて見えないが、ただでさえ角度が急な三角山を登りながら大型『ガイガイネン』の相手をするのは、かなり難航しそうな雰囲気がある。
「くそっ、ケージの背面が半透明だ」「また、誰かやられたのかよ!」「どこのだ? ヒーローだと引渡しとか面倒だぞ!」「食われてすぐなら助けられる。急げ!」
敵は大型でも、全員でリズム打ちをすれば、十人前後で倒せる。
このチームでの狩りははじめてだが、全員が慣れているようで、俺はそこに混じって戦わせてもらっている。
「後ろからの援護がありゃ、もう少し楽なのにな!」「ないものねだりしてもしょうがねえだろ!」「まあ、初期の頃からこれで倒せてたんだ。回復が忙しいくらいはオマケだよ!」
言う通り、多少の忙しさはあるが、一匹だけなら倒せなくはない。
「おら、生きててくれよ!」
倒したケージタイプの背中の檻を切り開く。
透明な液体と共に、影になっていた人型が流れ出てくる。
「なんだ、コイツ……」「キモ……エビ怪人?」「ヒーローじゃなくて、面倒は減ったな……」
そいつは確かに甲殻類に似た形の人型をしていた。
どろりとした透明な液体を滴らせながら立ち上がる。
甲殻類に似ているということは、どことなく『ガイガイネン』にも似ているということだった。
「とぅるるるるるるるらるるるららるるるーっ!」
意味不明な叫びと共に、エビ怪人を助けようとした戦闘員が三人まとめて爆散した。
「られられら……ろられらら、らりらりれんろろるろろ……」
何か喋っている?
そう思った時には、周囲が真っ赤になった。
小さな座標爆破攻撃を辺り一面にばら撒く攻撃だった。
咄嗟にスキルで避けはしたが、足元が逃げ切れなかった。
俺は片足を失い。仲間はさらに四人が爆散した。
「ろられらろ、ろろるり、りらりろりらんら……」
「ガ、ガイガイネン……人型の新種……」
「ろる、らりらりれん……」
エビ怪人は何かを話しているようだが、分からない。
ひとつ分かるのは、話しながら戦闘員の頭をその細長い指のついた手で平手打ちして、すっ飛ばしたことだけだ。
「人型の模倣……」
「りろららろ、ろろる……」
茫然自失の戦闘員が腹を蹴られて爆散した。
「ゐーんぐ……〈新種かよ……〉」
「りーんる?」
赤いラインが伸びる。
俺は【逃げ足】しようとして、自分の足が一本潰れていることに気がついた。
指の一本、一本が蟹の足みたいになっている。
それを確認したと同時に、俺の頭に物凄い衝撃が来て、同時に意識が飛んだ。
───死亡───




