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「あんまり無理しちゃダメだよー。
SIZUちゃん、ああ見えて泣き虫だから……」
実験室へ向かう道すがら、まりもっこりが穏やかに話しかけて来る。
「SIZUが? 事故って死ぬかもって時に、俺が『リアじゅー』やって、感想くれなきゃ死ぬとか冗談飛ばすやつだぞ?」
「強がっただけでしょ、そんなの。
それくらい見抜いてあげなきゃ、ダメよ」
「強がりでアレだけ言えるなら、簡単に泣くようには見えんがな……」
「男のそういうガサツさはモテないわよ」
「へいへい……」
まりもっこりとは他のやつに比べれば、比較的年齢が近いため、多少気さくに話せる。
本来なら会長が一番近いはずだが、あれは例外なので、置いておく。
俺は手でお喋りを制す。
実験室の扉前、おそらく兵士らしきやつが待っている。
息遣いが聞こえる。
そこで俺が扉前で気を引いている間に、まりもっこりに壁を斬ってもらうことにした。
わざと足音を立てないように、こそこそと扉前を移動したりして、気配を察知させる。
「【気力刀】、【三枚おろし】」
まりもっこりが十徳ナイフで扉とは別方向の壁を抜いた。
「なっ、そっち……ぐあっ!」「ひええ、か、か、壁が……」
よし。俺は急いで、まりもっこりのフォローに走る。
三角に開いた壁の穴を抜けて、中へ。
兵士はハンドガンを両断されて、蹴られて転がっていて、部屋の隅にエプロンをした男が両手を挙げて降参している。
まりもっこりがエプロン男に【気力刀】を向けている間に、兵士を拘束しておこう。
「なっ……なにしてんのよっ!」「ひっ……た、助けて!」
エプロン男が逃げ込んだ隅の一面がガラス張りで隣りの部屋が見えるようになっていて、その部屋では惨たらしい拷問を想起させる跡があった。
「この鬼畜野郎が!」
まりもっこりが【気力刀】を振り上げるのを慌てて制止する。
「殺すな! お前が後悔するぞ!」
「だって、こんなの! コイツにも同じことしてやらなきゃ!」
「ダメだ! お前が背負う必要はないっ!」
エプロン男のエプロンは飛び散ったもので汚れていて、自ら手を下していたのだと分かる。
「ち、違うんだ、俺だって、いやいややらされてたんだ……」
エプロン男が這うように逃げ場を求める。
普通に考えて、嫌々やってたら、あんな惨状にならないだろう。
どう考えても趣味が混同しているようにしか見えない。
これは、ストレス実験という名の拷問をしていた跡だ。
「もういい、私がみんなの悲しみを背負う!」
「やめろ! 普通の生活を失う意味なんてない!」
まりもっこりが怒りに我を失いそうになっていた。
後ろから羽交い締めにして、どうにか止めようとしていたら、更に後ろから誰かがぶつかって来た。
気絶しているはずの兵士だった。
「ぐっ……」
喉の奥から何かが込み上げて来て、俺は盛大に吐血した。
刺されたらしい。
全身の力が急激に抜けていく。
「デザイナーズチャイルド風情が……」
兵士が呟いた。
まりもっこりが、振り返る。
「あ、グ、グレン……あんた、なんてことを!」
俺のやられっぷりを見た、まりもっこりが覚悟を決めたような顔をするが、そうじゃないと俺は訴えたかった。
まりもっこりが十徳ナイフをゆっくり引いた。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。
現実でそれは引き返せない一本道だぞ。
俺は兵士を庇うように、覆いかぶさった。
「死んで償いなさ……あ、な、なんで!?」
俺の肩口から【気力刀】が侵入、すぐに止めてくれなきゃ、死んでた。
「ら、らめだ……ごろずな……」
俺は気力を振り絞って、兵士を壁に叩きつける。
兵士が白目を向いて倒れるのが見えた。
肩はいい。止めてくれたから、右腕が動かないような気もするが、命に別状はなさそうだ。
だが、背後の脇から入ったナイフがヤバい。
捻る余裕がなかったようで、それだけは救いだが、この吐血からして、内臓ががっつりやられている。
「ひ、ひいい……」
エプロン男が逃げ出そうとするので、咄嗟に【エレキトリック・ラビット】でショック状態にさせる。
「グレン! グレン……」
「ナ……ナイフ……抜い……て……うぷっ……」
バシャバシャと大量に胃の血が零れる。
このままじゃ、『狼人間』の超回復が働かないのが分かる。
異物が邪魔をしている。
「抜く? ナイフ抜くの?
でも、そしたら血が……」
くそ、喋れりゃなんとかなるんだが……まともに口が回らない。
普通に考えたら、ナイフを抜くのは悪手だ。
これだけ吐血していて、さらに穴を広げるようなことをすれば、血が体からさらに出ていくことになる。
だが、俺の場合、『全状態異常耐性』で『出血』は止められるし、『狼人間』で傷も治せるのだが、異物があるままだと、これが働かない。
ヤバい……ちょっと、ぼうっとして来た。
───今、ナイフを抜いてもらえるように言いました。意識を傷を治すことに向けてください───
頭の中に声が響く。
玉井ってやつのテレパシーか。
脳内アナウンスみたいな声だ。
アレで生きてるのか。
───生きてますよ。腕や足はたぶんダメですけど。それよりも、貴方が生きる方に集中してください───
そう心配そうな声を出すな。
大丈夫だ。たぶん、玉井さん、あんたよりは酷くない。
───生きてる度で言ったら、私の方が上ですよ。グレンさん、貴方の方が死んでる度高いです───
なんだよ、生きてる度、死んでる度って。
───さあ、なんでしょうね?
なんとなくで言っただけなので……───
すげえな。結構、酷い状態だぞ、あんた。
よく冗談言えるな。
───私はほら、もう半分、身体捨てちゃったので。痛みとか分からなくなって来てるんですよ。それよりも、グレンさん。死んでる度高いですよ。ほら、MP動かして!───
ああ、大丈夫だ。俺は言われるままにMPを動かして、傷を塞ぐ。
───『全状態異常耐性』成功です───
よし、『出血』は止まった。あとは超回復が始まればなんとかなるな。
俺は身体の中のMPを傷口へと回す。
なんとか、生きてる度高めにできそうだ。
そう思いながら、意識をMPへと向けるのだった。
玉井さんに何があったかは、今回、敢えて描写なしにしてみました。大丈夫ですかね?
少々、不安になりつつも……ああ、時間過ぎた!
お、遅れました。ごめんなさいm(_ _)m




