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深夜の勉強会は、全員が死んだような目で行われる。
「ガイア計画概要……メガフロートコロニー……地熱利用のエネルギーシステム……ライフリサイクルプラントによる完全独立運用が可能……」
「独自の気候環境再現プログラムによる四季の再現を他環境に左右されることなく……」
「エアコントロールシールドは最大荷重2.5tまで耐えられる仕様だが、表面積により耐荷重量は極端に落ちるため……」
呪文だ。呪文が飛び交っている。
全員が眠る時間を削っての勉強会。
幸い、おじいちゃん先生の好意で短時間で深い睡眠が取れる医療用特殊ベッドを使わせてもらえるので、朝にはスッキリだが、そこから一日を過ごして、『リアじゅー』にもログインして、その後は勉強会ということを三日、四日も続ければ、肉体的にも精神的にも、疲労は結果的に重なっていく。
『会長』がリアルスキルで【肉体回復】というのを持っているので、当日は任せてくれと請け負ってくれているから、無茶もできるが、そうでなければこんな勉強会は二度としたくない。
『ガイア計画』の内部情報をひたすら覚えるのは、向こうで何が必要になるか分からないからだ。
都市機能は何がすでに稼働していて、何が使えないのかを知り、内部機構のメンテナンス通路の繋がりを知るには、各ブロックの機能を理解して、その繋がりを知る必要がある。
中にはブラックボックス化していて、意味が分からない部分、情報がない部分もあるので、それがより複雑さを増して俺たちに襲いかかる。
これは夢に見そうなものだが、深睡眠に入ると夢も見ない。
俺は知り合いの農家から送ってもらったプチトマトを弄びながら、必死に呪文のような資料の束と格闘した。
『リアじゅー』内では、『ガイガイネン』の駆除が進んでいるが、どこかに新たなる『トンネル』があるのではないかと話題になっていた。
それというのも、『シティエリア』の『ガイガイネン』が減る気配がないからだ。
『飛行場』の『トンネル』を塞ぎ、『ガレキ場』に大元の『ザクロダルマ』を閉じ込めたはずなのに、日に日に他の『シティエリア』の『ガイガイネン』は攻勢をましている。
『ガンシップ』や『キャリアー』などの小型、極小型『ガイガイネン』を生み出す大型が確認されているので、『ガレキ場』以外で『ガイガイネン』が増えることもあるにはあるが、それにしても駆除数より、増える方が多くなるのはおかしい。
この二週間ほどは、全ての魔法文明側レギオンが『作戦行動』を行わずに『ガイガイネン』の駆除に専念している。
新しく『トンネル』でもないと、説明がつかないというのが現状だ。
『ガレキ場』侵攻組も一体目の軍演習場の『ザクロダルマ』まであと少しというところまで来ているので、新しい『トンネル』を探す余裕はない。
俺たちが『リアじゅー』をこんな状況の中でもやるのは、おじいちゃん先生が提唱する、超能力制御における『リアじゅー』の有用性に活路を見出しているからという部分もある。
そういう日々を過ごして、金曜日。
さすがに今日は『リアじゅー』をやる余裕がない。
三時間前から集まって、おじいちゃん先生の病院の会議室で最終確認をしている。
お互いをリアじゅーネームで呼び合うのも慣れた。
実働部隊は『グレン』『SIZU』『白せんべい』『まりもっこり』『響也』『アパパルパパ』『山田』の七名。
リアルスキルは俺が一番使える上に、一番年上なのだが、隊長は『SIZU』だ。
まあ、納得だけどな。
全員が同じ黒のインナーに黒の防護服。
顔が分からなくなるように覆面をしているが、微妙にデザイン違いにしてあるのは、お互いを識別するためだ。
「じゃあ、確認ね。最初の侵入口は?」
「大型ドローンで空からよね、都市部のインフラが揃っていないFエリアより侵入だったはず」
まりもっこりが答える。
まりもっこりは三十代主婦だ。
「うん、もっこりん、正解!
じゃあ、Fエリアから内部構造への侵入は?」
まりもっこりのこと、もっこりんって呼ぶのやめねえか?
まあ、まりもっこりもSIZUも気にしてないし、もしかして気にしてるのは俺だけなのか?
「第一目標がFー5メンテナンス通路だな。そこが使えなければFー8メンテナンス通路が第二候補だ」
太ったイケメン響也が答える。
本人がそう言っている。まあ、優しそうで言うことがイケメンなのは認める。
「じゃあ、侵入方法は?」
「ソダネー、ハンズフリーキーで入れるハズダネー」
アフリカ系日本人、アパパルパパは日本語ペラペラだが、わざと訛りを入れて答える。
これが、たまに普通に喋ると変な目で見られるので、必死に訛らせているという苦労人。
「このダイアルを合わせてくれれば、どこでも入れる」
白せんべいが全員にカード型ハンズフリーキーを配る。
ダイアルが付いていて、それを回すと各通路出入口に対応してくれる。
「内部メンテナンス通路を使って、Aー6通路まで移動、情報は取れていないブラックルーム内部で捕らわれている人々の救出を行います」
渡邉……ではなく山田が答える。
SIZUのひとつ上。高校生三年生の女の子。
渡邉が本名だそうだ。何故、山田なのかを聞くと、山田っぽいからと言われた。謎だ。
「うん。流れは大丈夫そうだね!」
「気をつけるんだよー。防弾防刃性能ありの防護服だけど、当たったら痛いからね〜」
相変わらずの着ぐるみパジャマな会長は、二十代に見えるが実は四十歳になる美魔女だと知った時、俺はかなりの衝撃を受けた。
お金だけはあるからね〜と言われて、更なる衝撃を受けたが、そういう人だから会長なのかと変に納得してしまった。
そろそろ時間だ。
俺たちは、不安を隠しきれないまま立ち上がった。




