275〈グレイキャンパス〉
夜八時、おじいちゃん先生の病院は正門を閉じている。
救急窓口から警備員に挨拶しつつ中へ。
話が通っているのか、すんなり中に入れた。
今日は大きい方の会議室を使うと聞いているので、そちらへ向かう。
扉をノックして、おじいちゃん先生の返事を待つ。
「入ってきなさい」
ガラリ、と扉を開ける。
白せんべい含む十人ほどの顔ぶれが並んでいて、白い事務机を真ん中に集めて、その上に資料やら鞄やらが色々と置かれている。
目立つのはこの近辺の大きな地図だろうか。
並んでいるのは、白せんべいの仲間だろうか。
老若男女、色々な人が……。
「グレちゃん……」
は? なんで静乃がここにいるんだ?
静乃も、なんで? という顔で俺を見ている。
一瞬、時間が止まったかと思った。
「ああ、えっと……こちらが協力してくれる、神馬 灰斗さん」
白せんべいが他のやつらに向けて俺を紹介する。
だが、他のやつらは全員、驚いた顔で静乃と白せんべいを交互に見ていた。
静乃が白せんべいを、キッ! と睨みつける。
「墓さん。どういうこと?」
「ああ、いや、これには深い事情があって……」
「グレちゃんだけは巻き込まないって、私、言ったよね!」
「そうだけど、最初に首を突っ込んで来たのは、彼の方だよ。
僕は悪くないと思うんだ。でしょ、灰斗さん!」
白せんべいは、今ですよとでも言いたげに、頻りにウィンクして俺に合図を送ってくる。
合図? なんのだ? そう考えた時、この前に白せんべいとした約束を思い出した。
ボスに僕は悪くないって、ちゃんと弁明してくれ欲しいとかなんとか……ボス!?
ボス……静乃?
「ま、待て、静乃がボス!?」
「ほら、約束したでしょ!」
「いや、そんなことより、静乃!
この集団をまとめてるのは、お前なのか!?」
俺は白せんべいを脇にどけて、静乃に詰め寄る。
「うっ……そ、そうとも言うような、言わないような……」
静乃はバツが悪そうにそっぽを向いた。
たしか、俺を巻き込まないようにしてたとかなんとか……。
「それじゃあ、静乃もこの超能力現象の原点がリアじゅーにあると、知っていたということか?
いや、まさか、お前も超能力が……」
「お前も?
そう……そうか……バカだ、私……グレちゃんにもガチャ魂酔いはあったし、その可能性はあるはずなのに……。
なんで? なんで言ってくれなかったの?
いつものレポートにはそんなことひと言も書いてなかったじゃん!」
「書く訳ないだろ! これは俺の問題だし、相手は軍隊、下手すりゃ政府も関わっているんだぞ!
そんなことにお前を巻き込める……あ……」
そう、か……。
お互いに巻き込まないように……。
俺は頭を押さえる。
くそ! もっと早くに分かっていれば……いや、静乃の性格からして、どちらにせよ止められなかったかもしれない。
こうなるのが嫌で、黙っていたというのに……。
俺と静乃は二人して頭を抱えていた。
「二人は知り合いということか?」
おじいちゃん先生の言葉に俺は愕然としながら答える。
「……従妹です」
「ふむ。灰斗にこんな可愛らしい従妹さんがいたとは、驚きだ。
だが、二人とも計画に欠かせん人物だしな。
細かい話は後にしてもらおう。
今は、この計画を詰めるのが先だ」
「いや、おじいちゃん先生、待ってくれ」
「なんだ。彼女は白せんべいくんたちのまとめ役だ。
仲間たちからも慕われているようだしな。
彼女からのGOがもらえんと、計画はすすまんぞ。
それに、お前はこの計画の要だ。
私が調べた限り、お前以上にリアルスキルを使いこなせる人間はいない。
鉄砲を持った相手から人質を救出するなら、超能力が十全に使える人間が必要不可欠だぞ」
ぐぬぬ……たしかに、ここで静乃だけ外してくれとは言えない。
軍隊相手だ。超能力があっても、全員が命懸けになる可能性が高い。
「墓くん。やらかしたねぇ」
着ぐるみパジャマ姿の二十代女性がニヤニヤと笑っていた。
「いや、だってSIZUの判断で行ったグレイキャンパスの周知イベントに、噂のグレちゃんが来ているなんて思わないし、しかも、接触してきたのはグレちゃんの方だよ!」
「それでも、SIZUの我がままくらいは聞いてやろうって前に話したの忘れたちゃったかねぇ?」
「そうでっす。これは完全に墓くん、企んだですね?」
なんだか聞き覚えがある声。やはり二十代くらいの女性で、大きめの丸ぶち眼鏡にスウェットにジーンズという、ちょっとオタクっ気のある小柄なタイプ。
「いや、企んだなんて人聞き悪いな。
それにSIZUの我がまま聞いてやろうって話に僕は同意してないし、会長とネズ吉さんが勝手に盛り上がってただけじゃん。
なんならログ出そうか?」
「なるほどにゃ〜。墓くんはやらかしたんじゃなくて、保険を掛けてたわけか、ウンウン、分かるぞ、その気持ち!
まあ、許さんけども……」
「もういいよ、会長。もし、会長も墓くんの立場だったら、私に内緒でグレちゃんから情報取ったでしょ……」
静乃が呆れたように言う。
「あらら〜、信用ないね〜。
まあ、当たらずとも遠からずではあるかもだけど……」
「さすが、会長さん、薄っぺらいでっす!」
「あ、どぶマウス……」
思い出した。眼鏡の子は『どぶマウス』だ。
「おお、覚えててくれたとは感激でっす!
皆からはネズ吉と呼ばれてるでっす!」
ええと、着ぐるみパジャマが『会長』、眼鏡の子が『ネズ吉』、ロン毛のひょろ男が『白せんべい』。
これにSIZUを加えた四人が『グレイキャンパス』の中心人物らしい。
「わたしはお金担当、ネズ吉が実働担当、白せんべいはわたしらの中じゃ、スーパー墓って呼ばれてる、情報担当。SIZUが頭で音頭取ってくれたから、集まれたメンバーだよ。
すごいよね!」
『グレイキャンパス』は現実世界でも超能力組織『グレイキャンパス』なんだそうだ。とは言っても、この四人と他に数人しか現実世界で『グレイキャンパス』をやっている人はいないらしいが。
ちなみに現実での『グレイキャンパス』の目的は超能力者同士での超能力の制御と軍事利用阻止で、俺やおじいちゃん先生とほとんど変わらなかった。
「さて、納得したところで、計画の話の続きをしようか」
おじいちゃん先生が言う。
どちらにせよ、静乃に大人しくしていろとは言えない。
俺も参加していることだしな。
静乃には、後で話そうとだけ言って、会議に参加することにする。
「さて、灰斗が来たから改めて基本情報から……」
おじいちゃん先生が話し出したタイミングで、俺は白せんべいに小突かれる。
「約束でしょ、僕は悪くないって弁明してくれるって……」
「ああ、分かってる……」
「ごほん! つまり、白せんべいくんたちが集めた情報によると、捕らわれている超能力者たちの大部分は、海上浮遊都市『ガイア計画』の二番都市、建設中の『ユミル』内部にいると判明した」
おじいちゃん先生から睨まれた。
俺はそちらへと意識を向ける。
海上浮遊都市『ガイア計画』。
最近、話題になっている『ガイア計画』だって!?
今、建設途中で、完成したら首都である東京がまるまるひとつ入るくらいの大きさになる予定で、しかもそれの二番都市?
いわゆる、海上コロニー計画だ。
でも、なんでそんなところに……。
「『ユミル』には軍が押さえている土地がある。おそらく、Bグループの計画のために一時的に開発途中のものを利用していると思われる」
ちなみに一番都市『ガイア』の一部分はAグループに提供されているらしい。
建設途中で秘密裡に事が運べる場所というところで、色々と隠し事に向いていそうな場所だ。
「白せんべいくんから、取れる限りの情報提供はあったが、正直、未判明の部分も多い。
計画としては、大型ステルスドローンで隠れて潜入。その大型ステルスドローンを使って、会長くんが用意した遠洋漁業用船まで人質を解放した後、運ぶ。
そのまま、これも会長くんが用意したものだが、とある場所に開発途中の大型ホテルがあり、そこに人質を移す。
そこから先は超能力の制御を覚えてもらってから、外国に逃がすか、顔を変えてこの国で別人として生きるかを選んでもらう予定ではある。
その辺りのことはネズ吉くんがやってくれる予定になっている。
それから、ホテル内での超能力制御には『リアじゅー』を併用しての訓練を予定している。
何人かには、『リアじゅー』内での制御訓練にも参加してもらう予定だ。
ここまではいいか?」
白せんべいの時にも思ったが、会長とネズ吉も何者なんだ?
やっていることの規模がデカい。
それをSIZUがまとめていると言われても、俺は全くピンと来ない。
ちょっと『グレイキャンパス』という組織の謎にクラクラしそうだ。
それから、実働部隊は、おじいちゃん先生、会長、ネズ吉を除いた、この場の七名で、潜入方法や装備が支給されること、その他にも幾つか驚かされることがあった。
なんだよ、おじいちゃん先生の病院の地下に基地を作る計画って?
しかもすでに動き出しているらしい。
なんだか俺はすごいことに手を出そうとしているんじゃないかと、今更ながら身震いを覚える。
一般会社員なんだぞ、こっちは。
だが、参加すると決めた以上は参加する。
そうだ。『リアじゅー』のイベントだって、規模で言ったら似たようなもんだ。
そう考えれば、少し楽になる。
現実でだって、スキルが使えるんだ。
イベントだと思えば、やれる気がする。
「決行は次の金曜、深夜零時からの予定だ。
それまではここにある資料を完璧に頭に叩き込んで欲しい。
持ち出し厳禁、ただし、いつでもここは使えるようにしておく。
紙媒体に絞っているのは、証拠隠滅が容易だからだ。
コピーも写真も禁止だぞ。分かったか、灰斗」
マジか! この歳になって、そんな勉強みたいなことを……。
俺の奮い立たせていた気持ちが急速に萎んでいく。
いや、しかし、昔よりは勉強の大切さを身に染みているところだしな。
やるぞ! やってやる!
俺は無理にでも自分にそう言い聞かせるのだった。
分かりにくかったら、すいません。
ということで、簡単、超あらすじ。
おじいちゃん先生の病院に、超能力者救出計画の話をしに行ったよ。
静乃が居たよ。現実で『グレイキャンパス』という組織を作ってたよ。
ほとんどの超能力者は建設中の海上浮遊都市『ガイア計画』という海上コロニーに捕らわれているよ。
助け出す算段はついているけど、色んなことを勉強してもらうよ。
頭から湯気出そう……〈←今ココ〉




