272
廃墟と化したビルの地下駐車場。
ポータル転移した場所はそんな場所だった。
ボロボロになった天井にポータル石の淡い光が映る。
反面、床は剥がれた天井などで汚れてはいるものの、風化・劣化は地下のせいか、それほど酷くない。
ガレキに潰された車はそれなりの年月が経っているようだ。
見たことがない車だ。レトロ車っぽい角張ったフォルムだが、内部は今の車よりも洗練された印象を受ける。
なんだか空でも飛びそうだな。
そんな風に辺りを眺めていると、レオナが出発の号令を掛けていた。
ポータルの設置場所は他のレギオンにも秘密なので、出る時は慎重になる。
出てしまえば、後はすぐ近くの『トンネル』跡地に集合するだけだ。
『トンネル』は埋め立てられて、この近辺の『ガイガイネン』は『ガレキ場』に封じ込められている。
前衛と後衛のバランスが良くなるため、同じ地区担当のヒーローレギオンと連携が推奨されているが、そこは各レギオン次第だったりする。
今のところ『りばりば』と『ムーンチャイルド』は連携が取れている方だろう。
一部、いがみ合いも発生してはいるが、話し合いで片がつく程度だ。
今日の俺たちは『ムーンチャイルド』のヒーロー『ゴールドマヒナ』と一緒に行動することになる。
『ムーンチャイルド』系ヒーローは色と月の名前で構成されるのが基本らしい。
マヒナはたしか、ハワイでの月の呼び方だったか。
『ゴールドマヒナ』は『ムーンチャイルド』内では怪人レギオン排斥派の一人らしく、非常に取っ付きにくい。
ましろから敢えてお願いしますと頼まれてしまったヒーローだ。
いつも通りにしてくれればいいとの話だったので、無理に接待するつもりはない。
俺たちは軍演習場の近くまで来て、ゲリラ戦の用意をする。
「それで、マヒナさんの戦い方は?」
サクヤが積極的に話しかけている。
「研究してるんじゃないのか?」
勝気な女性の声だ。
「じゃあ、槍と投槍の中衛ですね」
「なんだ、知ってるじゃないか……」
「ええ、他に希望があるかが聞きたかっただけです」
飄々とサクヤは答える。
『ゴールドマヒナ』は黙ってしまう。
ただの善意に噛みついてしまう辺り、『ゴールドマヒナ』はまだ若者な印象がある。
俺は復活石をバラまいてから、パーティーメンバーに言う。
「ゐーんぐ?〈んじゃ、釣ってくる。まずは一匹でいいか?〉」
「このメンバーなら三匹くらいは余裕でしょう。お試しなら二匹くらいいてもいいですよ」
「ゐーんぐ!〈分かった。それじゃあ行ってくる〉」
サクヤ、レオナ、coin、シシャモと知り合い多めのパーティーだ。
やりやすくて助かる。
『ジャマー』と『シールダー』を同時に釣って、俺が仲間のところへ戻ると、『ゴールドマヒナ』が【三連突き】で『シールダー』を凹ませる。
他のメンバーは全員『ジャマー』を狙っていた。
ウチで出してる優先順位表とか見ていないタイプか。
「マヒナさん、先にジャマーからお願いします」
「ゴールドマヒナだ。それから指図するな」
なかなか頑固者だな。
二匹なら問題なく倒せるからいいが、ダメージディーラーが狙うべき相手を狙わないのは問題だ。
「ジャマーは手元が狂いますから、ジャマーからだと思います」
シシャモが不満げに言う。
「一匹程度なら問題ない。防御力の高いシールダーを先に落とすべきだ」
これは不味いな。
たぶん、『ゴールドマヒナ』は『ゴールドマヒナ』なりの哲学で動いている。
『りばりば』で出しているマニュアルが全体に浸透しているが、それが絶対というわけでもない。
たしかに20%の感覚設定の変化で微妙にそれまでとの動きの齟齬は感じるだろうが、それは戦闘に於いて致命的ではない。
『ジャマー』を最初に倒すのは、集まってしまった時に痛みを感じるようになると、戦えなくなる危険があるからだ。
今のように、ゲリラ戦法で少しずつ削るのなら、『ジャマー』は後でも問題ないとも言える。
「ゐーんぐ?〈ちょっと聞いてくれ。ゴールドマヒナが指示を出す形にしたらどうだろう?〉」
「でも、他のパーティーはマニュアルに合わせてますよ」
シシャモが言う。
「ゐーんぐ〈ああ。それは分かっている。ただ、今のままじゃ攻撃がバラけて、時間を無駄に長引かせることになる。ゴールドマヒナの中により良いマニュアルがあるなら、教えてもらえばいい。ゴールドマヒナはこちらに合わせる気がないようだしな〉」
「まあ、グレンさんが言うならそれでもいいですけど……」
「それじゃあ、ゴールドマヒナさん、どれを最初に狙うか、指示を出してもらえますか?
指示がなければマニュアルに従って我々は戦いますので」
「考える頭がないんだな」
「協調性がないよりはマシじゃないか?」
coinが冷たく言った。
「お前らと馴れ合う気がないだけだ」
「では、狙うガイガイネンの順番に理由はないと?」
「あってもいちいち指示を出す間が惜しいだけだ」
「ゐーんぐ!〈分かった。コイツのフォローは俺がやる。みんなはマニュアルに沿って戦ってくれ!〉」
会社の先輩にもこういうタイプのやつはいる。
自分のマニュアルを他人に伝える術を持たないやつだ。
悲しいかな、仕事はできるのに、口調で損するタイプだな。
なんでもそうだが、優先順位をつけるのが得意なやつとそうでないタイプの人間は衝突しやすい。
お互いに何故そうなるのかを理解しようとしないからぶつかるのだが、それは短時間で理解できるものではない。
そういう時は、相手を理解しない限り衝突は続く。
こちらを理解させる必要はない。
『ゴールドマヒナ』を理解できれば、仕事をする上では充分に事足りる。
俺は『ゴールドマヒナ』の動きを理解するべく、フォローしながら観察に努めることにした。
みんなはマニュアルに沿って動いてもらう。
俺と『ゴールドマヒナ』だけが別行動だ。
さて、少し俺は大変になるが、『ゴールドマヒナ』のマニュアルを見るために色々なパターンで敵を釣れるように努力してみよう。
がっつりと観させてもらった。
結論から言えば、小型なら『ジャマー』と『シールダー』の扱いくらいしか差はない。
俺たちが使っているマニュアルは、『ジャマー〈感覚設定〉』『コンフュージャー〈精神錯乱〉』『シールダー〈防御と進化〉』『ウィザード〈座標爆破多用〉』『ランナー〈スピードタイプ〉』『リサーチャー〈研究員タイプ〉』という順番だ。
『ゴールドマヒナ』の場合、『コンフュージャー〈精神錯乱〉』『ウィザード〈座標爆破多用〉』『ランナー〈スピードタイプ〉』『シールダー〈防御タイプ〉』『ジャマー〈器用低下〉』『リサーチャー〈研究員タイプ〉』という具合になる。
観ている限りでは、こういう理解の仕方をしていると思う。
ただし、『ジャマー』が二匹以上になると『ジャマー』が一匹になるまでは『ジャマー』優先だ。
『シールダー』の優先順位が低いのは、『りばりば』で出しているマニュアルを『ゴールドマヒナ』は見ていないのだろう。
俺はサクヤに通訳を頼んで伝えてもらう。
「シールダーが戦闘員を食べることで大型のキャリアーに進化することは知っていますか?」
「なんだそれは?」
やはりマニュアル確認はしていなかったか。
「それから、感覚設定リアルでの戦闘経験はおありですか?」
「私は変態じゃない」
おい。まるで俺が……と反論したくなったが、まあ、いい。
それより認識を正すことが優先だ。
「レオナさんは感覚設定80%、グレンさんは100%でやってます。
ジャマーが一匹いるだけで大変なことになります」
「100%なら関係ないだろう」
「まあ、そうですね。でも、80%でもかなりの衝撃があるみたいですよ」
「それに配慮しろということか?」
「感覚設定が変わると、射撃や投擲の精度が落ちます。距離があるなら、なおさら」
「……」
「……そういう人たちのプレイはご自分に関係ないから、配慮するに値しないと切り捨てますか?
シールダーに食われることはないと高を括って、食われた人のプレイミスでご自身のミスではないと言われる方ですか?
パーティーで動いていて、それを言われるほどバカじゃないですよね。
と、グレンさんが言ってます」
「……」
「あと、もうひとつ。
りばりばのマニュアルは研究されてませんか?
まあ、研究するまでもなく、理由は明記してありますけど。
あ、これは私の言葉です」
「……読む価値はないと思っていた」
「ならば、認識を改めた方がいいですね。
同じプレイヤーが考えているものです。
ゴールドマヒナさんが槍と投槍を使われることを知っているくらいには、役に立ちますよ!」
「……う、すまなかった」
まあ、ゲーム内では敵同士だが、その前に相手は同じプレイヤー同士ということだ。
正しさを押し付ける必要はないが、お互いにプレイヤーである以上、配慮よりも敬意が必要だということだな。
なので、俺たちのなかでは『ジャマー』が一匹ならレオナが下がることで、『ジャマー』の優先順位を下げる。
それ以外はマニュアルに従うということで落ち着いた。
やり直しの時間は明日ということにして、俺たちはログアウトすることにした。
貴方の周りにいませんか『ゴールドマヒナ』な人。
ちょっと自分だけが正しいと思ってる人いますよね。
まあ、それにも理由があって……って場合は問題点がどこにあるのかの洗い出しこそ重要だと思うわけです。
『ゴールドマヒナ』さん、謝れるタイプで良かったです。
年配の人ほど、謝ったら負けって思ってる人多いですからねw




