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 帰って来た。

 無事に帰って来られた。良かった。

 山で遭難して、リアルで空を飛ぶという行為は、色々な意味で危険だが、とにかく生き延びたのだ。


 俺は逃げるように、廃神社を後にした。


 とにかく、一度、家で落ち着きたかった。

 家に着くと、腰を落とすように座り込んで、大きく息を吐く。

 少し夢見がちな子供なら、誰でも一度は想像するんじゃないだろうか。

 空を飛びたい。

 それは飛行機に乗りたいとか、ドローンに乗りたいとかではなく、思うままに空の広さを自分自身で体感することだと思う。


 俺がもっと若く、怖いということを知らなければ、今回の体験は何ものにも代えられない、貴重な体験になったのかもしれない。


 だが、支えるものがない。

 身体からエネルギーが流れ出ていく感覚を味わいながらの【飛行】は、かなりの恐怖だ。

 気を抜いたら、真っ逆さまに落ちるんじゃないかとか、強い風に煽られたらバランスが崩れるんじゃないかとか、そんな心配ばかりが頭を過ぎる。


 もっと落ちても平気な高さ、三十センチメートルとか、それくらいから徐々に慣らすべきだった。


 そうだ、翼はあるが別に羽ばたいて飛んでいる訳じゃないんだ。

 家の中でだって、ちょっと浮くくらいの練習はできるじゃないか。


 そう考えれば、だんだんと気持ちが落ち着いて来た。


 俺は飯を食って、さらに自分を落ち着かせてから、ログインするのだった。




 いつもの『大部屋』。

 いつものルーティンから始める。

 アイテム整理、『シティエリア』の畑の確認……畑は荒らされ放題だ。

 全部ではないが、敷地が広いだけに戦火に晒される部分も多い。

 自動設定のドローンが必死に修復してくれているが、生産量はいつもの半分くらいまで落ちている。

 『プライベート空間』の畑はNPCドールが見てくれている分、生産量は上がっているので、そちらを見て気分を落ち着かせる。


 今日は落ち着かせるばかりだな。


 足りないアイテムの補充。

 たまにクロホシのNPCドール用の丸薬屋にも足を運ぶ。

 黒い丸薬と赤い丸薬。

 黒は生臭くて鉄っぽく、赤は痺れるほどに甘い。

 だが、俺の顔を見かけると手招きして俺を呼ぶクロホシに逆らえず、半分、薬だと思って丸薬を買って口にする。


 そんなクロホシが新しい商品を見せて来た。

 白い紙で巻かれた、昔の人が使っていたという紙巻きたばこのようだ。


「ゐーんぐ!〈すまないが、タバコはやらないんだ〉」


 俺が断ろうとすると、クロホシの顔に文字が浮かぶ。


───いつもの丸薬の成分を染み込ませた新作だ。お前、いつも不味い、不味いと言うからな。古い文献を漁って再現したんだ───


「ゐーんぐ?〈もしかして、俺のためにわざわざ?〉」


───まあ、そうなる。一度、試してダメだったら、不味い丸薬でも我慢して飲め。

 こっちがよければ、また作ってやる───


 そう言われたら、さすがに断るのもなんだか悪い気がする。


───効果は丸薬より劣るから、ちょくちょく必要になるが、香りは調節できる───


 すん、と嗅いでみる。

 香ばしくて甘い香りがする。


「ゐーんぐ!?〈なんだか美味そうな香りがする〉」


───そうだろう。精霊樹の実を使っているからな───


 一本咥えてみる。


───火をつけないと成分が吸えないぞ───


 そういうものかと、ガチャ魂をセットしようとしたら、すでに長距離移動用のセットになっていた。


 リアルでやったことが反映されている!?


 繋がりがあるのは知っていたが、ハッキリと自覚したのは初めてかもしれない。


 俺は『ファイアーバード』の【炎の鷹(ファイアーホーク)】という敵に『炎上』を与えるドローンのようなスキルを使う。

 吸い方を教わりながら、俺の周囲を旋回する炎の鷹から火を貰う。


 紙巻きたばこが、ジ、ジジッ……と燃える。


 大きく息を吸いこんで、ゆっくりと吐き出していく。

 甘くて香ばしいが、スッとする。

 しかも、旨味が口の中に拡がる。


 おお! 食べた気はしないが、身体の中で何かが起きている。

 ジグソーパズルのピースが綺麗に嵌るような、欠けたガラスの断面をピッタリと合わせられたような充足感がある。


 これなら、不味くない。


 精霊樹の実の爽やかな甘さも仄かに感じる。


 これならばと、俺は喜んで買うことにした。

 ただし、値段はかなりお高い。

 ゲーム内金持ちで良かった。


───ちなみにコイツの名前は仙人香、または恵理草エリクサと呼ばれている。本来なら、そこから水薬にするのが正しい作り方だが、そうするとまた不味くなるしな───


 ぶふっ……。

 俺は噎せた。

 恵理草ね。そりゃ貴重だわ。


 俺はクロホシに礼を言って、その場を後にする。


 準備ができたら、『大部屋』に戻る。

 そこではレオナが壇上に立って説明をはじめていた。


「……繰り返します。今回は復活石を使用します。ただし、設定した魔石は完璧に使い切ってください。使い切れなかった場合は技術流出になると思ってください。最悪の場合、自死も視野に入れての復活石の投入になります。

 怪人は紐付けできないので、注意してください」


 復活石。本気か?

 普段、『作戦行動』時に使う時、復活石には特別な安全策が用いられる。

 使用から一時間程度で復活石は、機能停止になる薬剤が塗られる。

 これによって技術流出を防いでいる。

 もうひとつ、技術流出を防ぐ方法がある。

 復活石に紐付けした魔石を全部使い切ってしまうことだ。

 薬剤が塗られていても、紐付けされた魔石が全てなくなると復活石は自然消滅する。


 今回のように時間をかけて『ガイガイネン』を少しずつ削るとなると、薬剤は塗れない。

 科学文明側といちおうは共闘となっているが、未だ全レギオンの意思統一はできていない状態なので、持ち帰られて研究される可能性が高い。

 そのための処置ということなのだが、かなりリスキーなのは間違いない。


「ジャマーは率先して倒してください。

 これを最優先事項とします」


 感覚設定リアルでなくても、感覚設定が上がった状態で、自死を選ぶのはキツ過ぎる。


 怪人に変身予定の俺は、復活石を運ぶ側だから関係ないけどな。


 ナゴヤがやって来て、俺に復活石を三個、渡す。


「グレンさん、これをお持ち下さい」


 普通は袋で渡されるが、怪人一人につき、二個か三個らしい。

 復活石一個に大きさで前後するが、魔石三十個程度を紐付けできるので、のべ九十人分の命が詰まっていると思うと、なんだか重みを感じる。


「ゐーんぐ!〈しかと、受け取った!〉」


 少し緊張する。


 よし、と自分を納得させてから、ポータル前に移動する。


「時間です。移動しましょう!」


 レオナのひと言で、俺たちはポータルに入った。



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