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ログアウト後、俺はようやく現実の晩飯にありつきながら、静乃へとレポートを送った。
今日は珍しくすぐに返信が来た。
───体制側の人たちは、どうしても人気商売だから、体裁を気にしちゃうんだろうね───
───今の戦闘も録画して発売とかするんだろうか?───
───怪人と共闘している姿を?
たぶん、無理だね。反体制側は悪じゃなきゃいけないから、実際に目の当たりにしてしまうのはともかく、それを喧伝するようなことはしないと思う───
───たしかにな。売り上げにも影響しそうだしな……。
そういえば、グレイキャンパスから連絡はもらったが、お前たちは何してたんだ?───
───人数バラして、動いてたからね。
結果的にはグレちゃんたちと似たようなことしてたけど、その前は色々やったよ。
穴掘って『ザクロダルマ』に近づこうとしたり、『ガイガイネン』の動き方を調べたり、相手の分布から薄いところを探したりしてたかな───
───何か分かったか?───
───穴掘りはかなり厳しかったね。『巨大ナナフシ』が地面に穴開けて移動する感じだから、よっぽど深く掘らないとダメだし、少人数じゃ『ザクロダルマ』に勝てないよ。たぶん、グレちゃんの部位破損攻撃でも厳しいと思う。
アイツらって中身は透明なドロドロでしょ。
関節破壊は意味があっても、内部破壊は意味がないみたい───
───ああ、それこそ概念が固まっていないとでも言えばいいのか……そういう感じはするな───
───うん? うん。そうなんだよね。外骨格があるから動きを制限できてる感じというか……中身だけだと、どこまででも動きそうで、ちょっと不気味な感じなんだよね───
───そういえば、分布はどうだったんだ?───
───背後が多少薄いけど、山を背負う形にしてたり、海を背負う形にしてたり、地形がかなり邪魔だって報告が来てたよ。
やっぱり、グレちゃんたちがやったような少数だけ釣って、狩る方法が一番かも。
巨大ナナフシをどう始末するかが問題になりそうだけど……───
───巨大ナナフシはトラップ探知で見る限り、一発入れたら周囲のほとんどがリンクする設定みたいだしな───
───リンク設定は精度が低いトラップ探知系のスキルでも見られるみたいだから、それも周知しとくね───
───今回のグレイキャンパスは完全に裏方仕事ばっかりみたいだが、いいのか?───
───普段の傭兵稼業も裏方みたいなもんだけどね。
本来の稼業に戻るためにも、早くイベントを終わらせたいのが本音かなぁ……───
たしかに、グレイキャンパスは傭兵が本業だ。
今のイベントでは傭兵も何もないだろうし、厳しいのだろう。
早く終わらせられるように頑張ろうと話して、その日は終わる。
翌日。
俺は朝早くから、リアルスキルの特訓に行く。
久しぶりの廃神社だ。
木々が繁茂して、少々手狭な感じがするので、場所を拡げようと試みる。
もちろん、スキルでだ。
『サーベルホワイトベア』の【ベアクロー】を使う。
肉体変化系のスキルを使う時は、注意が必要だ。
簡単に言うと、服が破れる。
【ベアクロー】使用時は手足の先が変化するので、靴と靴下に注意だ。
ただ、これは何枚もの靴下をダメにして理解したことだが、MP的な力の流れを足先に送らないようにしてやると、手だけに【ベアクロー】なんてことも可能なのだ。
これなら袖口が広いか伸びる系の服であれば、着るものへのダメージは抑えられる。
俺は手先を『サーベルホワイトベア』のものに変えて、繁茂した木々に叩きつける。
そこそこ太い枝もスッパリ切れる。
ちなみにこの手先は、穴掘りも結構、得意だ。
根を断ち切るように穴を掘り、根っこごと持ち上げて隅に寄せる。
少し奥から土を運んできて、穴を埋める。
なんだか、廃神社の清掃で一日が終わってしまいそうだ。
まあ、リアルスキルを使ってやる分には、特訓とあまり変わらない気もする。
【蠍農民】としての知識が頭の中に流れ込んで来る。
ああ、あそこに生えてる草は食えるのか。
あっちの小さな木の葉は集めて揉みこんで、傷薬に使える。
本来、知らないはずのサバイバル知識が生えてきた。
これ、【農民】スキルだとまた違うんだろうか?
基本的に、俺がリアルで使えるスキルというのは、直前にセットしたガチャ魂のもののみだ。
『クワッパー』という農民スキル持ちのガチャ魂は、今はセットしていない。
ゲーム内なら思考操作で簡単に付け替えるくらいできるんだが、リアルでガチャ魂の付け替えはできるんだろうか?
こう、普段なら不可視化した画面がこの辺に出て、手動なら、ここの辺りをドラッグして動かして……いや、無理だわ。
さすがに不可視化した画面は出ない。
思考操作でやるなら、今の避けタンクセットを拠点用のセットに、こう、ポンポンとまとめて付け替えて……。
あ、なんか切り替わった気がする。
ゲーム内に比べると、かなりモタモタした印象だが、境内周辺の整地、開墾方法なんかが頭の中に流れ込んで来る。
いや、畑を作る気はない。作る気はないが、そういった知識は流用できそうだ。
なんとなく辺りを見回す。
おそらくはこの廃神社で御神木という扱いをされていた注連縄の張られた巨木。
すでに枯れかけというか、半分ダメになっているが、【農民】スキルがこの木の復活方法を教えてくれる。
【マナ操作】だ。
大地のマナをこの巨木に流れ込むように操作してやれば、巨木は復活する。
地面に手を当て、【マナ操作】を使う。
マナがなんなのか、良く分からないが、生命エネルギーの流れのようなものを感じる。
それは大地の血管のように張り巡らされ、巨大なウェブ上の通信網のようにも感じられる。
ひとつ気になる血管を見つけた。
俺は農民スキルに導かれるように、山中を進む。
進んだ先は崖だ。そして崖崩れがあったのか、大きな岩が落ちている。
なるほど、古くて大きな血管にほんの少しのマナしか流れていないように感じたが、この大岩のせいかもしれない。
どうしたらこの大岩を退かせるんだ?
答えは『ミミック』の【トラップ設置】だった。
「ゐーんぐ!〈移動床!〉」
滑るように地面が蠢き、大岩を運んでいく。
もう一度、地面に手を当てて【農民】スキルで感じてみると、嘘のようにマナが流れ込んでいくのが分かる。
これで御神木が復活するといいなと思いながら、俺は時計を見て、結構な時間が経っていることを知る。
思いのほか時間が経っている。
はた、と気づく。
ここ、どこだ?
俺は慌てた。
ヤバい。これはいわゆる、遭難というやつでは……。
いや待て、落ち着け。
そうだ。復活させた古くて大きな血管を辿ればいいんだ。
俺は地面に手を当てながら、歩く。
途中で古くて大きな血管が分岐していた。
なん……だと……。
辿って来た時は気づかなかったが、マナが流れるようになったら、めちゃめちゃに分岐がある。
太い方、太い方と選んで進んで来たが、俺は更に迷うのだった。
不味いな……持ち込んだキャンプ道具は廃神社に置きっぱなしだ。
まだ、試したことはないので不安だが、飛んでみるか。
俺は上着を脱いで、小脇に抱えると、思考操作を使ってガチャ魂を長距離移動用セットに付け替える。
「ゐーんぐっ!〈【飛行】!〉」
それはゲーム内そのままに、不思議な力で俺を空へと運んだ。
【炎の翼】へと移行させ、上空から下を見る。
おおっ……飛んでる! 飛んでるぞ!
リアルスキルで空を飛ぶ。ゲーム内では慣れた感覚だが、それはなんとも不思議な感覚だ。
落ちたら、死ぬ。復活なしで死ぬ。
怖さもあるが、それ以上に生々しい感覚だ。
自分の中から、MPが抜け落ちていく。
変な言い方になるが、金○○が縮み上がるのが、感覚的に分かる。
ゲーム内だと排泄行為がないからだろうか?
あまり長く飛ぶのは怖いし寒いので、俺は廃神社を見つけると慌ててそちらに降りるのだった。
玉ヒュン案件。




