263〈はじめての悪の戦闘員〉
金曜の仕事終わり。
おじいちゃん先生と白せんべい〈現実〉と俺はBグループについて話をする。
軍の戦力増強案として、ふたつの企画が持ち上がっていた。
ひとつは『遺伝子組み換え人間』と呼ばれる。
動物の遺伝子を組み換えて、人型を取らせ、それに命令を聞くように仕込むという、通称Aグループ。
こちらは実現して、国からの認可も降りた。
まだ一般に普及するには時間が掛かりそうだが、軍事利用は既に少しずつ始まっている。
俺はひょんなことから最初の実験体である虎人間、ディーシーに襲われ、これを撃退。
ディーシーをテイムしてしまう。
その直後、Aグループの部隊によって救助された俺は、軍の機密を愚痴として垂れ流す研究者、中裃氏と情報士官の尾上さんと知り合う。
尾上さんは『リアじゅー』内では『マンジクロイツェル』の幹部にこぱんちとして活動しているのには驚いた。
それはそれとして、もうひとつの戦力増強案として中裃氏の愚痴から情報を拾い上げると、こちらは『超能力兵士』作成案となるだろうか。
通称Bグループ。
『リアじゅー』にて俺たち『りばりば』がラグナロクイベントに勝利したことをきっかけに、世に超能力者が現れ出した。
彼らを捕獲、人権剥奪、書類上死亡ということにして、実験動物として秘密裏に行われている超能力研究。
当初はそれほど過激な路線ではなかったように見えるのは、脳科学の権威とされるおじいちゃん先生が年齢を理由に後進に道を譲るのを軍がすんなり受け入れたからだろうか。
だが、推測するにAグループの研究成果である『情動操作』いわゆる洗脳に似た何かを利用できると踏んだBグループが過激な方向へ路線変更したのだと思う。
研究主任はおじいちゃん先生の後輩、五杯博士。
おそらくBグループに専従しているのが陸軍第二一○特務部隊。
先日、保護した国枝涼子ちゃんはこのBグループの犠牲者ということになる。
俺たちはこれらの情報を共有した。
俺と白せんべいは超能力者だ。
また、白せんべいは他に何人かの超能力者に知り合いがいると言う。
彼らはいづれも『リアじゅー』経験者で、お互いに情報共有をし合って、リアルスキルの制御を練習しているらしい。
「おそらくだが、超能力の制御に一番有効なのは『リアじゅー』ということだろう。
ゲーム攻略がそのまま負荷実験と同じ効果を出しているのだと思う」
おじいちゃん先生が言う。
「ガチャ魂酔いが発現しているのが、リアルスキル発現の鍵だ……」
白せんべいが確認のように言ってくる。
「だが、ガチャ魂酔いしているからと言って、全員がリアルスキルに目覚めている訳でもない。更には『リアじゅー』未経験者にも超能力者は現れている。
超能力発現の鍵はなんなのか、それは不明というしかない。
世間に公表したいところだが、相手が政府レベルでは、下手に公表して国から狙われる訳にもいかん」
「涼子ちゃんは何か話しましたか?」
俺はおじいちゃん先生に聞く。
おじいちゃん先生はしばらく言い淀んで、それからゆっくりと口を開いた。
「……みんなを助けて欲しいと言われた。
確かになんとかしてやりたいとは思うが……リスクが高すぎる。
細かい実験の話なんかも聞いたが、聞くか?
胸糞悪くなるぞ」
俺は首を横に振って遠慮した。
「他に捕まっている人は?」
白せんべいが携帯型のリンクボードを取り出し、おじいちゃん先生がメモしたという涼子ちゃんから聞いたリストを取り出す。
白せんべいはそのリストを元に、何やら端末を操作してから言う。
「名前が断片的でIDがある訳じゃないから、はっきりと断言できないけれど、最近の死亡者、行方不明者リストで何人かは特定できる……」
老若男女問わずでかなりの人数が上がる。
「さらに一人暮らしとか、家族と疎遠、つまり、拐われても周りが騒ぎ立てそうにない人物で絞ると、三十二名になる……リストの中に収まる」
は? 今の一瞬でそこまで調べられるのか……。
白せんべいって何者だ?
「後輩の話では被験者は五十名近くと言っていた。
その三十二名はほぼ確定かもしれないな……」
「どうする先生?」
白せんべいがおじいちゃん先生に聞く。
「国枝さんの話では、普段は地下施設らしき場所に閉じ込められていて、お互いの交流はほとんどなく、実験も一人一人別に行われていたらしい。
ただ、中に彼女が玉井さんと呼ぶ人物がいて、彼女は精神感応が使えて、それによってお互いを理解していたらしい。
あの日、灰斗が国枝さんを保護した日は、情動操作を行うため、十人ほどが集められていた日で、国枝さんは未来予知によって一番助かる確率が高い、灰斗の車に潜むという道を取ったらしい。
元から他の九人は捕まることが分かっていて、彼女が逃げるために暴れてくれたんだそうだ。
それも玉井さんがいたから計画できたことだと彼女は言っていた」
「では、その九人は……」
「情動操作は後輩に聞く限りでは、数回以上の施術が必要で、一回毎に間を空けないと成り立たんものだと聞いた。
今はまだ貴重な実験体だ。殺しはしないと思うが、あまり反抗的だとどうなるかは分からん」
「なんか方法ないのかよ、おじいちゃん先生」
思わず叫んでしまった。
すると、おじいちゃん先生はニンマリ笑って言った。
「灰斗、いや、グレン。
現実で悪の戦闘員をやる気はあるか?」
白せんべいも訳知り顔でこちらを見ていた。
なるほど、二人の中では確定事項だったっぽい。
俺は頷く。
「それで捕まってるやつらが助かるなら」
「うむ。では、計画を話そう……」
半ば乗せられたような気がしないでもないが、関係ない。
それで助けられる人がいるのなら、俺は『悪の戦闘員』になってやる。
そう、俺は決めたのだった。
 




