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ログアウト後、いつものレポートを書いて、俺は寝た。
静乃はまだゲーム中のようだ。
寝ながら今日の事を考える。
ついに国のヤバい部分に手を突っ込んでしまった。
国枝涼子ちゃんの逃走幇助。下手したら闇から闇に始末されるレベルの可能性が高い。
逆に普通に逮捕されることはまずないだろうと思う。
中裃氏言うところのBグループがやっていることは普通に犯罪だ。
いざと言う時に自分の身を守れるように、超能力の訓練を増やしたいところだが、家の中で大掛かりなスキルの訓練はできないしな。
感覚だけはゲーム内で掴んでいるが、現実で【ウサギ跳び】などを使うにはやってみないと分からない部分が多い。
それから、虎人間のディーシーだ。
今日、ログイン後に自分の『プライベート空間』に行ったら、普通に居た。
俺のテイムモンスターたちは特殊で、俺がログアウトすると、消えるわけではなく、全員リロードされて『プライベート空間』に配置しなおされる。
ログインした時も同様の現象が起きているらしい。
俺の雇っているNPCドールにディーシーの様子を聞いたら、同様のことが起こっていると教えられた。
そうなると、ゲーム内のディーシーと現実のディーシーは繋がっていないことになる。
『リアじゅー』ってなんなんだ?
ゲーム内のディーシーが、現実からログインしているディーシーではないということは、よくよく考えてみると異常で謎なことだ。
ヤバいな。考えると眠れなくなってくる。
様々なことが頭の中を巡っている内に、知らぬ間に俺は寝ていた。
俺は見知らぬ怪しげな部屋に座っていた。
古い地球儀や豪華な装丁の本、龍のような骨に水晶玉などが飾ってあり、蝋燭の仄かな灯りで照らされたそこは占い師の部屋のように見える。
目の前にはフードで顔を隠したローブ姿の男。
「双子星はふたつでひとつ。お互いとなりにあり、その存在を感じながら共鳴していた。
時に重なり、時に交わり、良くも悪くも成り立っているはずだった。
ある時、彼らは来た。
彼らは双子星の環境から自分たちに都合のいい方を選び、そちらに変化を齎した。
双子星は未成熟故に資源に溢れていた。
都合の良い星は新しい神を迎え、命としての成熟度を増した。
本来ならば、それはお互いの共鳴に過ぎなかったはずだが、都合が悪かった星は理を得られず大いなる者の星、巨人の世界と呼ばれた。
新しい神らは、巨人の世界の命を自分たちの世界の発展のために奪わせ、巨人の世界は滅びへと向かった。
新しい神らは次第に意見を違えるようになっていった。
神は知っていた。争いこそが命の本質であり、そこから得られるモノこそがエネルギーの本質なのだと。
故に、神々は争った。
それは時に激しく、時に平静を装い、それぞれの神がソレを求めた。
神々の争いから生まれたソレは共鳴して巨人の世界に理を与えた。
双子星は新しく古い神々を得るに至った。
共鳴の中から生まれた、原初であり最も新しい神々。
そのモノたちは双子星の神だった。
双子星の神は古く新しい神であり、新しい神々を受け入れ、天秤でソレを計ることにした」
「それが、リアじゅーだと?」
「今から百年先の話だ」
ローブの男が言う。
「未来?」
「そして今だ」
「どういう意味だ……?」
「今、この星に新しいモノが来ている。
そのモノの本質がどこにあるのか、何故、今なのか、双子星の神は観測者に過ぎぬ。
そのモノが神となるのか、巨人と呼ばれるか、また、別のナニカになるのか、全ては……」
ローブの男はそこまで語って、俺は奈落の底に落ちていく。
俺は何かを叫んでいた。
その声は獣の唸り声のようにも聞こえたが、何を叫んでいたのか、自分でも思い出せない。
はたと目が覚めた。
「……るうううぅぅぅっ!
……うるせぇ」
どうやら、夢を見ながら寝言で叫んでいたらしい。
くそ……寝た気がしねえ。
そう思った瞬間、アラームがけたたましく音を上げて、俺は朝になったことに気づいた。
アラーム一回で目が覚めるのは珍しい。
普段なら三十分ほど二度寝するところだ。
だが、夢の内容があまりに鮮明で、二度寝する気になれず、俺は熱いシャワーを浴びて眠気を振り払った。
なんとなく気になって、サードアイのホームページを見る。
地球儀、本、龍の頭蓋骨に水晶玉……どれもホームページの装飾に使われている。
これが夢に出てきたのか……。
じゃあ、ローブの男は俺の想像したサードアイってことか。
俺は何かを悟ったような気になっていたが、夢の中で記憶の整理をつけようとしていただけだったらしい。
そういえば、起きた当初はあれほど鮮明だった夢は、今はもう、どんどん薄れていっている。
なんだったか……巨人の世界、争い、エネルギー……古くて新しい神? 意味が分からない。
まあ『リアじゅー』の題材に使われる神話はだいたい争い事ばっかりだからな。
大きなところで言えばギリシャ神話なら『ティタノマキア』に『ギガントマキア』、北欧神話なら『ヴァン戦争』に『ラグナロク』と神々と巨人は戦争ばかりしている。
それがエネルギーになると言われれば、文明の発展は戦争があるごとにブーストされているなんてのが思い浮かぶが、『リアじゅー』的思考で言うなら『感情エネルギー』だろうか?
古くて新しい神というのは、これは完全に記憶整理の中で勝手に作った造語の様な気がする。意味が通ってないしな。
サードアイももう少し簡単に説明できないものか。
めんどくさい文章を書くから、俺の頭を悩ませて、そのくせ、ふわっとしか理解できないんだぞ。
今日もまた変な夢を見たら嫌だと思い、俺はサードアイのホームページを閉じた。
配信ニュースを聞き流しながら、朝の準備を整える。
昨日の軍の演習場で起きた事件はただのひとつも放送には載っていなかった。
やはりな、としか思えない。
尾上さんは療養中だ。素直に会社に行って、書類整理でもしよう。
黙々と仕事を片付けて、家に帰るとログイン。
それから暫くは、特に事件のない日々が続く。
尾上さんからの連絡もなく、『リアじゅー』では『飛行場』奪還作戦が続く。
ちょくちょく、おじいちゃん先生と連絡を取り合うが国枝涼子ちゃんは身体の怪我があったようで現在、本格的に療養に入った。
まだ、静乃には話せていない。
色々と起こるのは、また金曜日だった。
金曜日に呪われてるのか、俺は……。
呪いか祝いか分からないが、その日はやってくる。
尾上さんから前日に連絡があった。
ウチの会社に来て、現在、動いている実機を見てみたいとのことだった。
「昨日から、ソワソワして眠れなかったんですよ」
尾上さんが言った。
そんなにウチの実機が見たかったのだろうかと思っていると。
「今晩、参加されますよね?
『ガレキ場突入作戦』」
『リアじゅー』の話だった。
ようやく『飛行場』区画の奪還と航空機が揃い、今日から『ガイガイネンマザー』探しに『ガレキ場』に突入することになっている。
「お怪我はもう大丈夫なんですか?」
「ええ。訓練に入るのはもう少し掛かるんですが、VRでゲームをする分には問題ないので」
「でも、軍にいるとあまりしょっちゅうゲームをする訳にもいかないでしょう?
その割にはマンジさんで幹部なんて、大変じゃないですか?」
「いや、ここだけの話、半分仕事でもあるんですよ」
「え?」
「自分は情報が専門なので、最新鋭のVRの精度を調べるのも仕事なんです。
といっても中身がブラックボックスすぎて未だに一割も調べられてないんですがね。
なので、平日の半分は仕事で入って、残りの半分と休日は遊びで入っても許される身なんです。
内緒ですけどね」
少し気になるので、それとなく話をそちら方面に多めに振ると、尾上さんは話したくて仕方がなかったようで、ボロボロと話してくれた。
曰く、軍の訓練で使いたいとブラックボックスの公開を求めたがダメで、何人かの情報士官と呼ばれる人たちが『リアじゅー』を探る仕事をしているらしい。
その探る仕事というのもシステム的な諸々を検証するというもので、物理演算はどうなっているのかとか、そんなことばかりやっているらしい。
それとなく、名のある功績を上げたプレイヤーをスカウトしたりしているか聞いたが、そんなことはしないと断言していた。
俺が見る限りでは、本当のことのよう見えた。
尾上さんは、Bグループには関与していないような気がしてきた。
ただ、下手なことは言わないように気をつけるけどな。
それから、仕事が終わり、尾上さんは「今晩、頑張りましょう!」と帰っていった。
部長から睨まれて、書類仕事を振られそうになった時、おじいちゃん先生から連絡があって、病院に寄るように言われた。
部長には知人のお見舞いに行くと言って、俺は残業から逃れた。
おじいちゃん先生に会う。
おじいちゃん先生と白せんべいがいた。
白せんべいは、前に見た時と雰囲気が全然違う。
前は金持ちのボンボンみたいな格好をしていたが、今はボサボサ髪の分厚い眼鏡にパーカー・ジーンズ・サンダルという出で立ちだ。
「こっちが現実の僕なんで……」
俺が驚いていると、白せんべいはボソリと言った。
たしか、リージュにコーディネートされてた姿だったか、前は。
あっちの方が似合うのにもったいない。
おじいちゃん先生に促されて、移動する。
「後輩のことが少し分かった……」
いつもの小会議室のようなところで、おじいちゃん先生が重々しく言った。
「後輩の息子が超能力に目覚めたらしい。
アイツは息子を見逃してもらう代わりに、悪魔に魂を売った……」
俺は二の句がつげなかった。
マジかよ。




