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一瞬で目の前にいた大型ガイガイネン『キャリアー』が消えた。
ひとつ、俺が思ったのは。
このやり方は、良くないだろうということだ。
「ゐーんぐ……〈すまん、死ぬ……〉」
俺は眠るように死んだ。
一瞬でMPが吹き飛んだからだ。
俺は急いで『飛行船離発着場』まで戻る。
他レギオンの精鋭メンバーたちがそれぞれに各施設解放のために動いていて、『ガイガイネン』はそちらに動いていったのか、道端はほぼ敵がいない。
この隙に家に帰りたがるNPCなどから声が上がるが、いかに他レギオンの応援があるといっても、NPCを保護しつつ移送してやれるだけのプレイヤーは数が足りなかった。
今回の作戦が始まるにあたって、『トンネル』を塞いで、敵の増援が来ないようにしているらしいが、それもどこまで保つか分からない。
NPCのケアをしながら、拠点を確保、さらに確保した拠点の防衛と残された航空機の整備など、やることはたくさんある。
マザー探しに行くだけでも数日がかりの大規模なイベントだ。
簡単には終わらない。
俺が『飛行船離発着場』に着くと、大きな歓声が上がる。
「肩パッド、アイツを頼む!」「おお、我らが英雄のお戻りだ!」「お前ら全力で道を作れ!」
皆が作ってくれた道は、まっすぐに次の『キャリアー』へと向かっている。
「大丈夫ミザ?」
気づいた『マンティスミザリー』が寄ってくる。
「ゐーんぐっ!〈ああ、無茶をした、すまない!〉」
俺は素直に謝った。
「急に素直になったミザ」
『マンティスミザリー』が笑う。
「それで、どうするミザ?」
『マンティスミザリー』が次の『キャリアー』へと視線を向けた。
「ゐーんぐ……〈もう一度だけ、試してみたいことがある……〉」
先ほどは全力でMPを注ぎ込んだせいで死んだような気もする。
この身体の中を流れるMPの感覚をちゃんと制御できれば、死なずにそこそこ巨大化した【神喰らい】が使えるんじゃないかと思う。
「お供致しますわ」「ふっふっふっ……すでにグレンさんの影の中ピロ……」
みるくが俺の斜め後ろに立ち、足下からムックの声がする。
「じゃあ、露払いするミザ!」
『マンティスミザリー』が滑るように俺の前を行く。
「頼んだぞ、肩パッドさん!」「ぬおお、もう少し耐えろ!」「ヤバい、ヤバい、キャリアーから新しいの出て来てるよ!」
他の戦闘員たちの叫び通り、『キャリアー』の背中から新しい小型『ガイガイネン』がカマキリの卵かという風に生まれている。
誰か食われたか。
生まれた小型『ガイガイネン』が俺たちに向かってくる。
『マンティスミザリー』とみるくが、一気に加速して小型『ガイガイネン』を蹴散らしていく。
その後ろを走って追いかけながら【神喰らい】を発動。
精神を集中させ、体内のMPを感じ取ることに専念する。
あと、数歩。
横合いから『キャリアー』がその大きな爪を横薙ぎに振るう。
ヤバい。
俺の身体が持ち上がり、跳んだ。『シノビピロウ』が俺を投げた。
ナイスだ。
半分、半分、半分……。
MPを右腕に集めていく。今だ!
振りかぶった腕に全MPの半分がパンパンに詰め込まれている。
だが、反応が無い。
俺は熱の篭った雄叫びを上げながら、心の奥では冷静に少しずつMPを流し込む量を増やす。
なにか、変化が起きそうな高まりを感じる。
来る、来るぞぉぉぉおお!
俺の右腕の狼頭が一瞬で大きくなっていく。
「ゐーんぐっ!〈喰わせてもらう!〉」
ばくん! 俺のMPの九割九分九厘を使って、狼頭が『キャリアー』を食らった。
俺は右腕が動くままに、天高く狼頭を掲げた。
よし、勝った! 一点でもMPが残るなら、俺の勝ちだ!
そう思った瞬間、小型ガイガイネンの『シールダー』が俺を掴んだ。
『シールダー』の爪に誘われるように、俺は『シールダー』の口の中へ。
巨大化した狼頭が萎むと同時に、俺は『シールダー』に咀嚼された。
あまりに強い眠気が、噛み潰されるごとに覚めていく。
痛いどころの話じゃない。藻掻くことすらできずに、ミキサーに掛けられたかのように、俺は細かくなり……。
「なっ……シールダーがデカく……」「し、進化するだとぅ!」「肩パッドさんが食われた!」「あの形は……」「キャリアーじゃねえか!」
暗闇の中で声が聞こえる。
『キャリアー』を倒したと思ったら、俺を食った『シールダー』が『キャリアー』に進化したらしい。
そこまで理解した時、飴玉のようにねぶられていた俺の頭蓋が、軽快なぱきゃっ、という音と共に割れた。
───死亡───
俺はリスポンして、急いで戻る。
「ダメだ、もう肩パッドさんに頼るな!」「そういや紙装甲なんだよなあの人」「大抵、一撃食らって死んでるしな……」「なんでリアル設定でそんな道を……」「ウチの英雄様は変態かぁ……」「言ってないで、一匹でも多く始末しろよ!」
全員の期待を背負って、全員から落胆の声を聞かされる。
なかなかに辛い。
「フォローが足りず、我が身の不信心に恥じ入るばかりです……」
みるくがいち早く寄ってきて頭を下げる。
なんの宗教だか知らないが、みるくは充分に強い。しかも、たぶん俺に謝ってくれている。
いや、恥ずかしいわぁ……。
お前、弱いの知ってたのに守ってあげられなくてごめんね、と言われている気分になる。
「ゐーんぐ……〈死んですまん……次から気をつけるよ……〉」
俺は端っこの方でちまちま、小型『ガイガイネン』狩りに精を出して、この日のゲームが終わるのだった。
巨大化【神喰らい】は、自爆技とほぼ同義。
簡単に使うものじゃない。
それだけ覚えて、俺はログアウトするのだった。




