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国枝涼子。
静乃の学友。親が早くに他界してしまって、施設で育つ。
現在は国から援助をもらって一人暮らし。
ある日、少し先の未来が見える能力に目覚める。
彼女はなかなか学校に馴染めないでいたが、この能力で一躍、時の人になる。
だが、一週間もした頃、学校に来なくなった。
学校ではギャンブルで稼いで、学校に来る必要がなくなったとか言われているらしい。
静乃とは仲が良いというほどではないが、学校で浮いている者同士、シンパシーを感じている。
学校に行けなくなったのは、軍に捕まったから。
軍では実験体二十号と呼ばれていたらしい。
軍が彼女たちに最初に行ったのが、人権剥奪と書類上の死だったらしい。
国は超能力者を現生人類として認めず、従って人権も存在しないと伝えられたそうだ。
それからは名前ではなく番号で呼ばれ、検査と実験の日々が続いたらしい。
最低限の生活保証はされていたが、実験はかなり非人道的なことも行われていたらしい。
精神や肉体をぎりぎりまで追い詰めることで、超能力が伸びる実験結果があるとかで、ちゃんと協力的にしていれば、現生人類として偽装させてやると言われていたらしい。
なんだその狂った世界は。
おじいちゃん先生と根気強く聞き出したのは、そんな話だった。
「まさか後輩がここまで腐っていたとは……」
超能力者の開発に呼ばれたおじいちゃん先生は、自分は歳だからと後輩にその席を譲ったんだったか。
おじいちゃん先生は憤慨していた。
だが、分からなくもないとも呟いた。
世界情勢はかなり不安定で、少ない土地を奪い合うように日々、あちらこちらで戦争が起きている。
日本はその科学力によって少数ながら軍事力を誇示、戦火に晒されずに来ているが、他国の追随も激しく、このままだとあと十数年後には戦争状態になると言われている。
その状態を抜け出すためには、他国にない新たな戦闘力が必要になると言われていて、国と軍が目をつけているのが『遺伝子組み換え人間』だったが、こちらの目処が立ったところで、次に『超能力者』に白羽の矢が立ったということなのだろう。
日本は平和の国ということになっている。
それは科学立国としての軍事力に裏打ちされた上の平和だ。
昔のくびきから解放され、攻撃が可能になった軍は各地の紛争鎮圧の名の元に派遣され、夥しい戦果をあげた。
その戦果ありきの平和だ。
これをこの先数十年、数百年と維持するためには、そろそろ国の強さを明示しなければならない時期に来ているというのが、識者の共通見解だった。
「だとしても許されねえだろ!」
「もちろんだ。私の知る昔の後輩なら、こんな馬鹿なことをするはずは……何か理由があるのかもしれない……」
おじいちゃん先生はその辺りを探ってみると約束して、国枝涼子ちゃんはおじいちゃん先生が匿うことになった。
俺は白せんべいに連絡を入れて、今の状況を説明することにする。
白せんべいは隠れている超能力者ネットワークの中心人物の一人だ。
彼からネットワーク内に、より一層の注意喚起を促してもらうためだ。
白せんべいとは、チャット内でおじいちゃん先生を紹介してある。
実際に顔を会わせたりはしていないが、徐々に情報共有の場が増えて来ている。
そんな中、尾上さんから俺に連絡が入った。
「もしもし、尾上さん。連絡ありがとうございます。もう大丈夫なんですか?」
「ええ、電話するくらいはなんてことありません。
今日は変なことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。
その後、お変わりありませんか?」
ふと、この電話は大丈夫なんだろうかと心配になる。
尾上さんはどっちだ?
今日のことに関係あるのか、ないのか?
俺は腹の辺りに、ぐっと力を入れた。
「ええ、指先を少し切った程度で、守っていただいたおかげです」
「いえ、それは当然のことですから」
「それより、今日のことですが……」
「神馬さん。それはすみませんが勘弁してください。
自分には何もお答えすることはできないんです。
詳しいことはそもそも自分も知らないことですから……」
知らない……知らないのか。
くそ、どこまで信じていいのか分からない。
「そうですか……失礼しました……」
「いえ、こちらこそすみませんでした」
それから、明日からしばらく怪我の療養で会えない旨を伝えられて、電話をきった。
国枝涼子ちゃんは寝ている。おじいちゃん先生が鎮静剤で眠らせた。
俺はここにいても仕方がないので、帰ることにした。
「ああ、リアじゅーは続けておきなさい」
「は? こんな状態でですか?」
「肩パッドは有名人だ。軍の人間がリアじゅーをやっている可能性がある以上、下手に普段の生活を変えると怪しまれる。
まあ、気が気じゃないのは分かるが、涼子さんを探して軍も躍起になっているはず。
疑われるような行動は慎んでおきなさい」
なるほど、涼子ちゃんを保護したことを疑われないようにするためにか。
さすがに軍の実験体を保護して、呑気にゲームをしているとは思わないだろう。
「分かりました」
俺は帰って、すぐにログインすることにした。
いつもより、少しだけ遅れている。
まあ、会社で残業したら、こんなもんか。
問題はなさそうだ。
はぁ……腹が減ってきたな。
夕飯は食べ損ねていた。




