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四話目です。
『毒素弾』と『超徹甲弾』、正直このボス戦に於いてはどちらも誂えたような弾だ。
ただ、周りのスキル攻撃を見る限り、状態異常には掛かりにくそうだ。
ボスの名前は『森の主・狂えるエント』だったよな。
エントと言えば木の精霊。
植物系モンスターなら、火は弱点のはずだが、誰かが放った炎の槍のようなスキルは大したダメージになっていない上、『延焼』の状態異常も起こっていない。
ただ単に状態異常の数値が足りてないだけって可能性もあるが、どうなんだ?
俺の場合、スキルセットしてある『フェンリル』と『グレイプニル』のおかげで、状態異常の数値はかなり高いから通る可能性はある気がする。
よし、『毒素弾』から行くか!
マガジンに『毒素弾』をセットする。
「ムサシさん、危ない! 」
俺がどちらの弾から使うか考えている間に、エントは『りばりば』ライフル使いに向けて『枝の槍』を伸ばした。
そして、その『枝の槍』は一人の『りばりば』戦闘員を貫く。
「クロムっ! 」
「ぐふっ……痛てぇ……30%増えただけでこんなに痛てぇのかよ…… 」
『りばりば』ライフル使いを庇ったのは、初心者講習を受けてた奴なのか、同じ『りばりば』戦闘員でクロムって奴らしい。
「クロム! なんで庇った! 死ぬなっ! 」
「ムサシさん……あんたの初心者講習……楽しかった……俺の分まで、あのボスやろーにぶち込んで……やっ…… 」
クロムの身体からは粒子が零れ出していて、もう助からないのは確実だった。
「クローーームっ!!! 」
何やら感動的なドラマが起きていたようだが、俺が思ったのは、クロムって奴も初心者講習受ける初心者なのに、【言語】スキル持ってるのかよ……けっ! 羨ましい……というものだった。
まあ、今なら正面の『枝の槍』も狙えそうだ。
ヘイトが他に移る前に削ってやる!
俺はスコープで狙いを定めて、『毒素弾』を撃ち込む。
3発、2発、あ、1発外れた、冷静に狙って、3発、1発、むう……武器命中が足りてねぇ……3発、お、『枝の槍』落ちたな。
このまま、左側も落とせるか?
俺が狙いを変えようとした時、エントが禍々しく『絶叫』した。
ぎぎぎぎょえーっ!
───状態異常『聴覚障害』にかかりました───
思ったよりも、エントの接近を許していたらしい。
キーーーン……と耳の奥が鳴って、瞬間、混乱する。
───【全状態異常耐性】成功───
おお、やっぱり『フェンリル』は強いぜ!
だが、このまま攻撃するとさらに距離が近くなって『松ぼっくり爆弾』の範囲に入るかもしれない。
一度、距離を取ろう。
今、エントの正面と右側の『枝の槍』は落としたから、安全を考えるならエントの右側に回り込めるのが最高なんだが、その為にはエントのヘイトを未だに取っているムサシだったか、そいつの後ろを通らなければならない。
それでは『松ぼっくり爆弾』の餌食になるだけだ。
エントの左側で距離を取るしかない。
「くそ! こっち来いよ! この化け物が! 」
『マンジ・クロイツェル』の機関銃使いがヘイトを取り返そうと躍起になっているが、一度崩れたバランスは簡単に取り戻せるものでもないらしい。
さっきの手榴弾はもうないのだろうか。
俺はエントを中心に反時計回りで走っているんだが、ムサシも同じ方向に走っていた。
いや、なんでだよ!
同じ方向に走ってたら、エントとの相対距離は結果的に変わらない。
改めて、言おう。
いや、なんでだよ!
そう思ったが答えは簡単で、ムサシと機関銃使い、『ガイア帝国』の弓使いは3人で反時計回りにヘイトを取り合っていたのだ。
しかも、俺がエントの右側と正面の『枝の槍』を破壊したことが伝わってない。
更に悪いことは重なるもので、俺の体力がピコンッピコンッと減っていて、ヤバい。
おにぎりを取り出して、走りながら齧る。
走っている間に、どうにか機関銃使いがヘイトを取ったらしくエントの向かう方向が変わる。
「よんじゅっパー! 」
向きを変えた途端、ムサシが叫ぶ。
途端、エントの動きが止まる。
今だ!
俺は残りの『毒素弾』をエントの背後にある『枝の槍』に撃ち込んで、素早く装弾。
『超徹甲弾』も試してやる!
俺がスコープを覗くと同時、エントが大きく身体を曲げる。
バサリッ!
元の態勢に戻る勢いで、エントの前方に『松ぼっくり爆弾』が飛んだ。
「ぬおおおおー! 」
機関銃使いが叫んで、前方、エントの方向へと転がる。
パパパパパパンッ!!
阿鼻叫喚の地獄絵図というやつだった。
『松ぼっくり爆弾』が纏めて爆発して、機関銃使いの後方から攻撃を加えていた連中が纏めて薙ぎ払われる。
「前だ! 近接戦に切り替えるんだ! 」
エントは、ヘイトなんぞ関係ないとばかりに、様々な方向へ身体を傾けては『松ぼっくり爆弾』を飛ばしていく。
慌てて戦闘員たちはエントへと集る。
「イーッ! 〈バカ! まだ後ろと左側の『枝の槍』は潰してねぇぞ! 〉」
俺が叫んだところで、誰も聞く耳を持たない。
いや、通じないだけなんだが。
俺はエントが背後を向けているので、危険を感じて右側の内側へと走る。
エントの背後と左側にある『枝の槍』がびゅるびゅると伸びて、射程内に入った戦闘員を刺し貫いていく。
剣や斧、グレイブや槍といった長物武器を得意としている戦闘員は、それでも自分は狙われないと信じているのか、走る。
エントはゆっくりと後退りしている。
ヘイトを取っているのが、機関銃使いだからだろう。
なるほど、基本はあくまでもヘイト持ちを狙うように動くらしい。
「近接ならぁ! 【強撃】! 」「任せろ【唐竹割り】! 」「こいつでどうだ! 【魔剣グラム】」
おお! 近接戦だと強いやつらがゴロゴロいる。
魔剣グラムなんて一撃で800点くらいダメージ出てるぞ。
「ろくじゅっパー!! 」
ムサシが叫ぶ。
今まで、2割ごとに動きが変わって来たからな。
俺は緊張しつつ見守る。
エントは目を閉じる。その瞼の隙間から赤い光が漏れる。
次第に瞼は開かれていき、全開になった瞬間、目からビームが放たれた。
しかも、根がうぞうぞと動き、90度横に向く。
半径5メートルから10メートルの間、90度の範囲に居た戦闘員たちが蒸発していく。
その時に狙われたのは【魔剣グラム】のスキルを使った戦闘員だ。ヘイトを取ってしまったのだろう。
これでエントの攻撃方法は左側と背後の『枝の槍』、遠距離に投げつける『松ぼっくり爆弾』、半径30メートル範囲の『絶叫』、目を閉じてからの『目からビーム』と四つになってしまった。
「無理ゲーだろこれ! 」
誰かが叫ぶ。
「ボス戦は逃げられないんだ! やるしかねーんだ! 」
ムサシがそう全員にハッパをかけながら、ライフルを撃った。
「やっぱりだ! おい、槍化する枝の根元だ! それで、槍は無効化できるぞ! 」
ムサシのライフル弾が俺が傷付けた背後の『枝の槍』を撃ち折った。今更かよ!
だが、ムサシの言葉で全員に希望が見えたのも事実だった。
「よく気づいたな…… 」
「ああ、皆の攻撃で前と右側の槍化する枝がへし折れてたらしくてな。
そちらに枝が飛んでなかったから、気付けたんだ! 」
機関銃使いとムサシの会話が聞こえてくる。
ぐぬぬ、俺に【言語】スキルがあれば……まあ、仕方ない。
ん? エントを見ていると、エントの顔の上、『枝の槍』があったところに紫の文字で5点と表示されている。
誰の攻撃も当たっていないのに、ダメージが出てるってことは『毒素弾』の効果か。
じわじわ効くといいんだがな。と希望的観測をしてしまう。
おっと、前にいると『目からビーム』の範囲に入ってしまう。
背後に回り込もう。
と、俺の斜め前方から、「わっ! 」と鬨の声が上がる。
「大丈夫かー! 」「TRICK、助けに来たぞー! 」「久しぶりのボス戦だぜ! 」「汚物は消毒だー! 」
「助かる! 援軍が来たぞー! 」
『マンジ・クロイツェル』の機関銃使いが、仲間に手を挙げて、それから俺たちに大声で戦力増加を告げる。
ふむ、機関銃使いはTRICKって名前なのか。
まあ、それよりも気になるのは、援軍が三色で構成されていることだな。
『マンジ・クロイツェル』の軍服赤タイツ、『ガイア帝国』の法衣白タイツ、『りばりば』の黒タイツの三色だ。
最初から指揮を取っていた3人が呼んでいたのだろう。もっとも『ガイア帝国』の弓使いは先にリタイアしてしまったようだが。
援軍は思い思いに攻撃を開始する。
やめろ! 俺が逃げ込もうとしている方向でヘイトを取るな!
慌てて、転身。元の方向へと戻る。
『マンジ・クロイツェル』の一団が統率の取れた動きを見せる。
手に消防ホース、背中にタンクといったお揃い装備の10人が一斉に筒先をエントへ向ける。
「一斉掃射! 」
誰かの声と同時に、筒先から火炎放射が生まれた。
「頭上、確認! 効果は!? 」
「『痛毒』『延焼』確認! 」
後方から双眼鏡持ちの戦闘員が確認しているらしい。
たしかに、近くだと枝葉に覆われてエントの頭上のマークは見られないからな。
それにしても、結構状態異常攻撃が効いているっぽいな。
それなら、やってみるか。
「イーッ! 〈【夜の帳】〉」
俺が飛ばした黒い球がエントへと近づいていく。
分かってる。状態異常ならもっと強力なのがあるのは分かってるんだ。
だが、アレはあまりにも代償がキツい。
感覚設定『リアル』でやってる身としては、使わずに済むなら使いたくない。
【夜の帳】効いてくれ!
俺が放った黒い球がエントの、巨木の真ん中辺りに浮かぶ禍々しい顔に当たった瞬間、巨木をぐるりと包むように闇が覆った。
それは誰が見ても分かる程に大きな闇で、エントの目を覆い隠す真っ黒なドーナツみたいにも見える。
「なんだ!? まだ、ななじゅっパー行ってないぞ! 」
敵のHPを読み上げているムサシが、驚いたように声を出す。
「『痛毒』『延焼』、続いて『暗闇』確認! 」
双眼鏡持ち戦闘員が説明してくれる。
おお!! と他の戦闘員たちが感嘆の声を漏らす。
「✩4スキルか、やるな! 俺たちも負けてられんぞ! 」
『マンジ・クロイツェル』の火炎放射器部隊が気勢を上げる。
いや、✩1スキルなんだが、言っても通じないか。
俺は疲労回復薬『エナドリα』を飲みながら、『超徹甲弾』で背後からの攻撃を開始する。
エントの『枝の槍』は他のやつらが重点的に狙ったことで、全て落ちていた。
今のところエントの背後が一番安全度が高いな。
『松ぼっくり爆弾』は大きく幹をしならせるから、動きを見て大きく避ければいいし、ある程度の距離を取っていれば降らせるタイプの『松ぼっくり爆弾』にも対応できる。
その思考の合間に、エントが大きく幹をしならせる。
方向からして、火炎放射器部隊の方向か。
「遠距離広範囲爆撃だ! 近接距離へ退避! 」
機関銃使いが火炎放射器部隊に指示を出す。
ただ、火炎放射器部隊のいる方向は援軍に来た奴らがまとまっているから、あまり逃げ場がない。
バサリッ! パパパパパパンッ!!
「「「ぎゃーっ! 痛てぇっ!!! 」」」
火炎放射器部隊は指示通り、近接距離へ逃れられたようだが、その後ろに詰まっていた連中は酷いことになっている。
それでも、援軍連中は基本的に高Lvだからなのか、死んだのは三割というところだ。
「くそっ! 消し炭にしてやる! 」
火炎放射器部隊から、火炎放射が放たれる。
ごう、ごうと轟音を立てながらエントは燃えていく。
「ななじゅっ……いや、はちじゅっパーだ! 」
ムサシが注意を促す。
エントに被さっている黒いドーナツ、その隙間から赤い光が漏れる。
「目からビームだ! 近接距離は危ない! 」
機関銃使いがまた指示を出す。
エントの根が、今までにない高速でエントの身体をギュルギュルと回転させる。
「なっ!? 全方位だと! 」
それを言ったのが誰だったかは、俺には分からなかった。
慌てて更に距離を取ろうと逃げ出したからな。
だが、それで終わりだった。
エントは回転して、終わり。
どうやらエントの『全方位、目からビーム』は俺の【夜の帳】を霧散させただけで終わりだった。
思うに、『暗闇』を貫く程の光ではなかったのかもしれん。
ただ、黒いドーナツは完全に消え失せてしまっていた。
「イーッ! 〈【夜の帳】〉」
もう1発撃っておこう。どうせ疲労が3点蓄積するだけだ。
『エナドリα』もまだあるし、全然撃てる。
ぎぎぎぎょえーっ!
エントの『絶叫』。からの、身体を震わせて『松ぼっくり爆弾』降らし。
パパパパパパンッ!!
数人が犠牲になった。
エントはまた黒いドーナツ状態へ。
俺は『超徹甲弾』を撃ち尽くし、通常弾でひたすら攻撃。
エントが回転、【夜の帳】追加。
また、通常弾で遠距離から攻撃。
ぐるりとエントが俺の方を向く。
慌てて、逃げる。
エントが俺の方へと軌道修正。
あれ? これ、俺がヘイト取ってるのか?
何故だ? 俺よりダメージ稼いでいるやついるだろ?
とりあえず、どれだけ俺の【回避】が仕事をしても、広範囲爆撃を避けられそうにないので、なりふり構わず森の中へ。
「なんで、ヘイトが移った? 」
「いいから、取り返せ! 森の中に行かれるぞ! 」
「違う! 槍化する枝が無いなら、森の木を盾にした方がいい! 」
エントの『松ぼっくり爆弾』が飛んでくるが、森の木々に阻まれて俺まで届かない。
だが、エントの『全方位、目からビーム』、別名、ただ回転するだけは、今回はその性能を遺憾無く発揮した。
森の木々がなぎ倒されて、俺からほんの10センチほどのところに木が倒れて来る。
少し焦るが【夜の帳】追加。
「何故、あの✩4スキル、連打とかできるんだ!? 」
「普通ならMP切れか、疲労困憊でぶっ倒れてるとこだろ? 」
そりゃ✩1スキルだからだよ! と反論したいが、むむぅ……【言語】スキルの壁ががが……。
どうでもいいが、こっちは逃げるので精一杯だ。
早く何とかしてくれ!
「おい! 今じゃないか? 」
「おお、そうだな! 」
「追撃じゃー! 」
ドカン! ザシュッ! ダダダッ! と多種多様な攻撃音が鳴り響き、俺が森の中を逃げ回っている間に、決着がついたようだった。




