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なんだか予約投稿で七時ピッタリだとご新規さんが増えないぞ、というお話を聞いたので、なるべく七時ちょい投稿を目指してみます。


 もう少しで静乃の家か。そう思いながら、ましろを横抱きに飛んでいると、ましろが騒ぎ出す。


「すみません、あそこ、降りられますか?」


 八割瓦解して、ギリギリ壁面の片側だけ残ったビルだ。

 俺は言われた場所に降りる。

 壁面を外から見られる場所。

 そこは俺も知っている場所だ。

 静乃が入院していた病院。


「ああ……やっぱり……」


 どう考えても、ましろはここら辺が地元なのだろう。


「……たぶん、この場所は私の地元と酷似しています。建物の雰囲気などは実際とは少し違いますが、地形から何からそっくりなんです。

 まるで、未来の戦争後の自分の街を見せられているみたいな……」


 俺もそう思う。


「ここ、私がリアルで勤めている病院なんです。ちょっと外観は違いますけど……なんだか、凄く寂しい気持ちになります……」


 たしかにな。


 いや、それはそうだが、そういうリアルバレみたいなこと軽々しく言うなよ。


「ゐーーーんぐっ!〈あー、あー、聞こえなーい!〉」


 俺は必死に聞こえないフリをした。

 それを見て、ましろは少し笑う。


「ああ、すみません。ちょっと軽率でしたね。でも、大丈夫ですよ。グレンさんのことはし、信用してますから……」


 お、おう……ありがたいが、なんとも複雑な気分だ。


「ありがとうございました!

 どうしても確かめて見たかったので……」


 ましろが頭を下げる。

 俺は何とも言いようがなかったので、インベントリから出した携帯カイロをましろに押し付けたら、また笑われてしまった。

 その慈愛に満ちた笑顔が、やけに絵になる感じがして、俺はそっぽを向いた。


「ありがとうございます。やっぱり優しいんですね。

 このイベントが終わったら、郊外エリアの中立地帯化、成功させましょうね!」


 俺が頷きを返すと、ましろからフレンド申請が飛んで来た。


「お互いに敵ではありますけど、それ以外の時は仲良くしましょう。お嫌でなければですけど……」


 まさか、ヒーロー側にフレンドができるとは……。


「あの……ダメです、か?」


 俺はフレンド申請を承認することで答えとした。


 それから、当たり前のように、ましろが抱き着いてきて、俺は飛んだ。

 ありがたいが、あまり密着されると飛びづらい。

 それと、気を赦しすぎだ。

 男ってのはみんなオオカミなんだぞ。

 あ、俺が言うと意味が変わりそうだな……リアル狼人間になれちゃうし……。


 そんなバカなことを考えながら、俺は自分の住んでいるアパート近くに降り立った。

 よし、ここからなら港の方向がはっきりする。

 俺はわざと自分の住むアパートは見ないことにした。

 これだけ近くなら港の方向を間違うことはないし、自分のアパートを見るのが怖かった。

 変に未来アパートになっていても嫌だし、俺のアパートだけそのままだったりしたら、もっと嫌だ。

 意外と今の住処に愛着があるのだと知れただけで充分だった。


 それから、MPポーションを被ったり、生野菜に齧りついたりしながら、諸々を回復させていく。


「あ、体力回復に使ってるんですね。私もパトロールの時はオヤツ代わりに食べたりしてるんですよ!」


 なるほど、ましろはそういう風に使っているのか。


「あ、よければ宇宙産のトマトとか食べてみたくないですか?」


 なにっ!? ぐりん、と俺の顔がそちらを向いた。


「種はダメですけど、その場で食べる分にはいいかなって……」


 激しく頷く俺。

 ルビーのように真っ赤なトマト。

 形もカットされた宝石みたいな形をしている。

 ありがたく、ひと口。

 あむっ……と齧りつけば、爽やかな酸味と濃いめの甘みが拡がる。

 むむむ……これは、なんと豊富な果汁か!

 トマト特有の青臭さは薄めだが、トマトの持つ旨味はしっかり出ている。

 甘いトマトジュースだ。

 塩をちょっと振ったら、止まらなくなりそうだ。

 だが、今はこの宇宙トマトが持つ本来の味を堪能したい!

 くっ……残念ながら、ウチのトマトはまだこの域まで来ていない。

 やるな、宇宙トマト。


 悔しいので、俺もレッドマンいちごを食べさせてやる。


「ん〜、最高です! なんですかこのイチゴ! しかも見た目もマジパン人形みたいで可愛いですし、凄いですね!」


 お互いに深々と頭を下げ合う。


「はじめての衝撃でした。ありがとうございます。怪人世界というのも、侮れませんね」


「ゐーんぐ!〈いや、それを言うなら宇宙トマトの深い味わいこそだ! 感動した。ありがとう!〉」


 俺たちは微笑みを交わした。

 それから、ゆっくりと人差し指を口元に寄せて、このことはお互いの内緒だと示した。

 他のやつらに教えるのは少しもったいない。

 ただ、今は内緒だが、中立地帯化が成立すれば、工夫次第で自由にこれらを食せる日が来るかもしれない。

 その時を夢見るのもいいなと思える瞬間だった。


 だが、無粋な輩というのはどこにでもいるものだ。


 地を這う音が聞こえて、俺とましろはそいつを見た。

 大型『ガイガイネン』。通称『ケージ』だ。

 背中が半透明になっていて、動物や人を丸呑みして、その中にコレクションするらしい。


 俺の全身が赤い光に包み込まれる。

 【野生の勘(ウルフセンス)】による危険表示だ。

 【正拳頭突き(ラビロケット)】で座標爆破から逃れつつ、『ケージ』に吶喊する。

 正面からぶつかって、すぐ様【ウサギ跳び(ラビジャンプ)】で背後に回る。


 うっ……『ケージ』の半透明な背中の中に、人影が見えた。

 まさか、NPCか?


「グレンさん、背中に人が!?」


 『ケージ』越しにましろに頷きを返す。

 これ、中のやつは生きてるんだろうか?

 もし、助けられるなら助けるべきだよな。


 ましろが攻撃を仕掛け、俺は状態異常でヘイトを取り返す。

 また、ましろが変身して攻撃を仕掛け、『ケージ』の攻撃を避けてから【神喰らい(オオカミ)】で脚の一本を噛み砕く。

 地道な作業が続く。

 大技が中の人影に当たらないようにしつつ、ヘイトとダメージを稼ぐ。


 小型より大型の方が状態異常の効きはいいものの、今のレベルじゃそれほど違いはない。

 だからこそ、部位破損狙いに変えたが、『ガイガイネン』は味がない。

 硬い石の方がまだ味がある。

 それでも、甲殻を噛み砕けば、動きは少しだけ鈍る。


 そんなことを何度も続けた。


 『ケージ』が動きを鈍らせて、そして、止まる。

 途中で小型の『ランナー』や『ウィザード』まで邪魔しに来たので時間が掛かってしまった。


 『ケージ』の背中、半透明な甲殻部分を『ホワイトセレネー』と覗き込む。

 やはり人型の影だ。


「どいてください!」


 『ホワイトセレネー』が甲殻の隙間に指を突っ込んで、甲殻を剥がしに掛かる。


 ミシッ、メリメリメリッ……と何かの繊維がちぎれる音がして、透明な液体が、ジャバジャバと零れた。

 『ケージ』の背中の中身は液体らしい。

 その液体と一緒に人影が零れる。


 獣の毛皮を纏った人型。


「デ、デザイナーズチャイルド!」


「ゐーんぐ!?〈は!? こいつは……〉」


 その顔は虎だ。体格といい、着せられている服といい、俺はコイツを知っている。


 ガフッ……ガフッ……ゴポッ……。


 虎人間デザイナーズチャイルドは透明な液体を吐き出して覚醒する。

 身体を、ぶるぶると震わせて液体を弾く。

 おう、めちゃくちゃ俺に掛かってるぞ。


「さ、下がって!」


 『ホワイトセレネー』が手を伸ばして、俺を守ろうとする。

 だが、虎人間は地面に降り立ち、俺を見ると、俺に向けて座ってから鳴いた。


「ぐわあぅ……」


「な、なに……?」


「ゐーんぐ?〈ディーシー?〉」


「がる!」


 俺は混乱していた。これはリアルなのか、リアじゅーなのか……。

 何がどうなっているのか、わけが分からなくなってくる。


「襲って来ない? そもそも、なんでここにデザイナーズチャイルドが?」


 『シティエリア』に遺伝子組み換え人間デザイナーズチャイルドはいない。

 ワータイガーと呼ばれるモンスターなら魔法文明世界のフィールドで会えるが、ここは『シティエリア』だ。

 腕や足に計測機器をつけたワータイガーはいない。呪いの石腕輪ならついてるかもしれないが、コイツがつけているのはどう考えても現代産だ。


「デザイナーズチャイルドは科学文明世界のフィールドにしかいないはずなのに……」


 『ホワイトセレネー』の呟きが聞こえた。

 俺はますます混乱する。

 コイツは俺の呼び掛けに答えたように感じるが、実は科学文明世界のフィールドモンスターなのか?

 ……ダメだ。どういうことか、全く分からない。


「ゐーんぐ?〈ディーシーなのか?〉」


「がる!」


 ほら、答えるじゃないか。つまり、どういうことなんだ?


「コイツはたぶん、科学文明世界のフィールドに登場する敵性モンスターです!

 詮索はあと、とりあえず倒しましょう!」


「ゐーんぐ!〈いや、待て待て、早まるな!〉」


 『ホワイトセレネー』が変身時の専用装備である弓を構えようとするのを、必死に止める。


「な、なんですか? なんで止めようと……」


 俺は『ホワイトセレネー』の前に立ちはだかる。


「え? どういうことですか?」


 『ホワイトセレネー』は今のところ俺を攻撃する気がないのか、いちおう、弓を収めてくれる。

 しばらく考えて、フレンドチャットを使えばいいことに思い当たる。


グレン︰すまないが、攻撃は待って欲しい。


「あ……ええと……どういうことでしょうか?」


グレン︰コイツが俺の知り合いの可能性がある。


「は? 事情が飲み込めません」


グレン︰話すと長くなるが、もしかするとリアルの知り合いかもしれない。


「え? リアル? 特殊なアバターを着たプレイヤーさんですか?」


 コスプレ的なネコ耳アクセサリーなら聞いたことがあるが、こんなリアルな生皮アバターは聞いたことがない。

 もしかして、ヒーロー世界にはあるんだろうか?


グレン︰と、とりあえず、一旦、コイツとコンタクトしてみる。ちょっと待ってくれ。


「……いいですが、何かあるといけないので、用心してくださいね」


 俺は頷いて、虎人間へと向き直る。

 もう一度。


「ゐーんぐ?〈ディーシー?〉」


「がる!」


 俺は近づいていく。虎人間は余裕で毛繕いを始める。


「ゐーんぐ?〈なんでここにいる?〉」


「がる、がるぐるがる!」


 全然分からん。


 おそらく、コイツが『ディーシー』なのだとしたら、俺はコイツをテイムしているはずだ。

 当時はスキルが現実化しているなんて考えてもいなかったから、何かの夢くらいにしか思っていなかったが、咄嗟に記憶の中から名前が出てきたように、確かにあれは現実にあったことだ。

 だが、何故『リアじゅー』世界でディーシーに会うんだ?

 嫌な想像が脳裏を駆け巡る。

 ちょっと奇天烈な思考の持ち主である中裃氏。

 ディーシーは元々、実験体だ。

 今も実験が続いていたらどうだろう。

 『リアじゅー』は政府と繋がりがあるとも噂されるゲームだし、実験の一環としてディーシーをVRゲームの中に入れたとか?

 なんだそれは……レベル上げも遺伝子組み換え人間デザイナーズチャイルドにお任せ、みたいなことをするつもりか?


 くそ……サードアイのホームページにこんなこと書いてなかったぞ。


 さっきから、ぺろぺろとディーシーが俺の手を舐める。


「やはり、お知り合いで? その……なりきり系の方なんですか?」


 おう……どう説明したらいいんだ。

 なんとなく、中裃氏の実験のような気がするが、それを説明するには余計なことを説明しなくてはならなくなる。

 ましろを現実の危険に巻き込む訳にもいかないしな。

 多少、ぼやかして伝えられるだろうか。


グレン︰ええと、ガチャ魂酔いって分かるか?


「ええ、ガチャ魂に意識を引かれ過ぎて、ゲーム内人格に影響を及ぼすとか言われている……はっ! もしかして、アレってただの噂じゃないんですか?」


 軽いジャブのつもりだったんだが、変な方向に話が転がったな。


グレン︰いや、コイツがそうってわけじゃなくて……。


 ましろはガチャ魂酔いはしないタイプか。

 なら、超能力とは無縁かもな。


グレン︰ええと、コイツの説明だよな。なんと言えばいいか……とある経緯があって、俺は現実の遺伝子組み換え人間デザイナーズチャイルドと知り合うことになったんだ。


「現実ですか」


グレン︰ああ。それでコイツの飼い主というか、面倒を見ている人が変な人で、もしかしたらの話なんだが、VRでレベル上げとかさせてる可能性があるかもしれない……。


「は? VRでレベル上げ?」


グレン︰ああ、金持ちの道楽的な……?


「それは随分と、その……変わったご趣味ですね……」


グレン︰ああ。めちゃくちゃ変な人なんだ。

 それで、コイツに俺は妙に懐かれてて、できれば無事に連れ帰りたいなと……。


「はあ……大丈夫なんでしょうか?」


グレン︰た、たぶん? あ、いや、大丈夫、大丈夫。俺たちに危険はないから。

 それで、連れて行っていいかな?


「ええ、グレンさんのおかげで拾った命ですから、私は大丈夫ですよ」


グレン︰すまない。ここからは陸路だな。


「あ、そ、そうですね……」


グレン︰いちおう、港の方まで行こうと思っているんだが?


「港……え、もしかしてグレンさん、この辺りに土地勘が?」


 あ! やらかした。だが、後の祭りだ。

 仕方ない。


グレン︰ああ、まあ、地元民だからな……。

 ああ、ましろが勤めている病院がなんて話は吹聴する気もないし、その辺りは安心してくれ。俺も現実でどうこうなんて考えはない。まあ、ネット内で口が滑ってしまうことはある。

 俺もやっちまったしな。全ては運営がウチの地域を題材に選んだのが悪い。


「地元民……そ、そうだったんですね……運命……?」


グレン︰そうだ。運営だ。運営が悪い。お互い、このことは忘れておこう。


「え? あ、そ、そうですね……」


 うん? 今、少し残念そうな顔しなかったか?

 まあ、ここまで二人旅みたいなもんで、色々と衝撃もあったしな。

 多少の情が湧いても……なんてのは俺の妄想か。独身男的には少しくらい夢を見たいところだが、良くてお父さん的安心感とか、そんなもんだ。

 自分の女性観に少し悲しくなるが、若い女性からしたら、おっさんなんてそんなもんだ。

 仲良くなったところで、お父さんみたいで安心できますとか言われて、俺にもついに運命の人が……なんて思う妄想は消し飛ばされる。

 危ない、危ない、散々、危ないところを助けられて『つり橋効果』が発動しているのかもな、俺に。


 さて、ダメなおっさんの妄想は切り捨てて、移動だ。

 多少、距離はあるが、遠間からでも港が『ガレキ場』の入口だと確認できればいいんだ。

 後は、最悪ログアウトでもいい。

 今、迎えを寄越してくれる保証はないからな。

 ただ、チャットが通じることが分かったんだ。いちおう、連絡だけは入れておこう。


 俺たちは、港に向けて歩き出した。



運営≠運命。

肝心な言葉を聞き逃すグレンくん痛恨のミス。


以下↓NGテイク


 ただ、いい勘違いかもしれない。


グレン︰ああ、彼はたぶん、ガチャ魂酔いだと思う。


「ええっ!? こんなに変わってしまうなんて、ちょっと問題じゃないんですか!?」


グレン︰いや、普段はここまでじゃないんだが、『ケージ』に閉じ込められて内なる野性が解放されちゃったのかもしれない……。


「そ、そんな……ダメ元ですけど、運営に問い合わせします!」


グレン︰ああ、ま、待ってくれ。彼は常々、俺は虎になりたい。とか叫んでしまう奇行の持ち主で、もしかしたら、なりきりなのかもしれない。


「え、解放って、そういう……」


うん、NGでーす!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです 楽しく読ませてもらってます。 [一言] これ現実からゲームに逆侵攻しようとしてる?
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