256
なんだか予約投稿で七時ピッタリだとご新規さんが増えないぞ、というお話を聞いたので、なるべく七時ちょい投稿を目指してみます。
もう少しで静乃の家か。そう思いながら、ましろを横抱きに飛んでいると、ましろが騒ぎ出す。
「すみません、あそこ、降りられますか?」
八割瓦解して、ギリギリ壁面の片側だけ残ったビルだ。
俺は言われた場所に降りる。
壁面を外から見られる場所。
そこは俺も知っている場所だ。
静乃が入院していた病院。
「ああ……やっぱり……」
どう考えても、ましろはここら辺が地元なのだろう。
「……たぶん、この場所は私の地元と酷似しています。建物の雰囲気などは実際とは少し違いますが、地形から何からそっくりなんです。
まるで、未来の戦争後の自分の街を見せられているみたいな……」
俺もそう思う。
「ここ、私がリアルで勤めている病院なんです。ちょっと外観は違いますけど……なんだか、凄く寂しい気持ちになります……」
たしかにな。
いや、それはそうだが、そういうリアルバレみたいなこと軽々しく言うなよ。
「ゐーーーんぐっ!〈あー、あー、聞こえなーい!〉」
俺は必死に聞こえないフリをした。
それを見て、ましろは少し笑う。
「ああ、すみません。ちょっと軽率でしたね。でも、大丈夫ですよ。グレンさんのことはし、信用してますから……」
お、おう……ありがたいが、なんとも複雑な気分だ。
「ありがとうございました!
どうしても確かめて見たかったので……」
ましろが頭を下げる。
俺は何とも言いようがなかったので、インベントリから出した携帯カイロをましろに押し付けたら、また笑われてしまった。
その慈愛に満ちた笑顔が、やけに絵になる感じがして、俺はそっぽを向いた。
「ありがとうございます。やっぱり優しいんですね。
このイベントが終わったら、郊外エリアの中立地帯化、成功させましょうね!」
俺が頷きを返すと、ましろからフレンド申請が飛んで来た。
「お互いに敵ではありますけど、それ以外の時は仲良くしましょう。お嫌でなければですけど……」
まさか、ヒーロー側にフレンドができるとは……。
「あの……ダメです、か?」
俺はフレンド申請を承認することで答えとした。
それから、当たり前のように、ましろが抱き着いてきて、俺は飛んだ。
ありがたいが、あまり密着されると飛びづらい。
それと、気を赦しすぎだ。
男ってのはみんなオオカミなんだぞ。
あ、俺が言うと意味が変わりそうだな……リアル狼人間になれちゃうし……。
そんなバカなことを考えながら、俺は自分の住んでいるアパート近くに降り立った。
よし、ここからなら港の方向がはっきりする。
俺はわざと自分の住むアパートは見ないことにした。
これだけ近くなら港の方向を間違うことはないし、自分のアパートを見るのが怖かった。
変に未来アパートになっていても嫌だし、俺のアパートだけそのままだったりしたら、もっと嫌だ。
意外と今の住処に愛着があるのだと知れただけで充分だった。
それから、MPポーションを被ったり、生野菜に齧りついたりしながら、諸々を回復させていく。
「あ、体力回復に使ってるんですね。私もパトロールの時はオヤツ代わりに食べたりしてるんですよ!」
なるほど、ましろはそういう風に使っているのか。
「あ、よければ宇宙産のトマトとか食べてみたくないですか?」
なにっ!? ぐりん、と俺の顔がそちらを向いた。
「種はダメですけど、その場で食べる分にはいいかなって……」
激しく頷く俺。
ルビーのように真っ赤なトマト。
形もカットされた宝石みたいな形をしている。
ありがたく、ひと口。
あむっ……と齧りつけば、爽やかな酸味と濃いめの甘みが拡がる。
むむむ……これは、なんと豊富な果汁か!
トマト特有の青臭さは薄めだが、トマトの持つ旨味はしっかり出ている。
甘いトマトジュースだ。
塩をちょっと振ったら、止まらなくなりそうだ。
だが、今はこの宇宙トマトが持つ本来の味を堪能したい!
くっ……残念ながら、ウチのトマトはまだこの域まで来ていない。
やるな、宇宙トマト。
悔しいので、俺もレッドマンいちごを食べさせてやる。
「ん〜、最高です! なんですかこのイチゴ! しかも見た目もマジパン人形みたいで可愛いですし、凄いですね!」
お互いに深々と頭を下げ合う。
「はじめての衝撃でした。ありがとうございます。怪人世界というのも、侮れませんね」
「ゐーんぐ!〈いや、それを言うなら宇宙トマトの深い味わいこそだ! 感動した。ありがとう!〉」
俺たちは微笑みを交わした。
それから、ゆっくりと人差し指を口元に寄せて、このことはお互いの内緒だと示した。
他のやつらに教えるのは少しもったいない。
ただ、今は内緒だが、中立地帯化が成立すれば、工夫次第で自由にこれらを食せる日が来るかもしれない。
その時を夢見るのもいいなと思える瞬間だった。
だが、無粋な輩というのはどこにでもいるものだ。
地を這う音が聞こえて、俺とましろはそいつを見た。
大型『ガイガイネン』。通称『ケージ』だ。
背中が半透明になっていて、動物や人を丸呑みして、その中にコレクションするらしい。
俺の全身が赤い光に包み込まれる。
【野生の勘】による危険表示だ。
【正拳頭突き】で座標爆破から逃れつつ、『ケージ』に吶喊する。
正面からぶつかって、すぐ様【ウサギ跳び】で背後に回る。
うっ……『ケージ』の半透明な背中の中に、人影が見えた。
まさか、NPCか?
「グレンさん、背中に人が!?」
『ケージ』越しにましろに頷きを返す。
これ、中のやつは生きてるんだろうか?
もし、助けられるなら助けるべきだよな。
ましろが攻撃を仕掛け、俺は状態異常でヘイトを取り返す。
また、ましろが変身して攻撃を仕掛け、『ケージ』の攻撃を避けてから【神喰らい】で脚の一本を噛み砕く。
地道な作業が続く。
大技が中の人影に当たらないようにしつつ、ヘイトとダメージを稼ぐ。
小型より大型の方が状態異常の効きはいいものの、今のレベルじゃそれほど違いはない。
だからこそ、部位破損狙いに変えたが、『ガイガイネン』は味がない。
硬い石の方がまだ味がある。
それでも、甲殻を噛み砕けば、動きは少しだけ鈍る。
そんなことを何度も続けた。
『ケージ』が動きを鈍らせて、そして、止まる。
途中で小型の『ランナー』や『ウィザード』まで邪魔しに来たので時間が掛かってしまった。
『ケージ』の背中、半透明な甲殻部分を『ホワイトセレネー』と覗き込む。
やはり人型の影だ。
「どいてください!」
『ホワイトセレネー』が甲殻の隙間に指を突っ込んで、甲殻を剥がしに掛かる。
ミシッ、メリメリメリッ……と何かの繊維がちぎれる音がして、透明な液体が、ジャバジャバと零れた。
『ケージ』の背中の中身は液体らしい。
その液体と一緒に人影が零れる。
獣の毛皮を纏った人型。
「デ、デザイナーズチャイルド!」
「ゐーんぐ!?〈は!? こいつは……〉」
その顔は虎だ。体格といい、着せられている服といい、俺はコイツを知っている。
ガフッ……ガフッ……ゴポッ……。
虎人間は透明な液体を吐き出して覚醒する。
身体を、ぶるぶると震わせて液体を弾く。
おう、めちゃくちゃ俺に掛かってるぞ。
「さ、下がって!」
『ホワイトセレネー』が手を伸ばして、俺を守ろうとする。
だが、虎人間は地面に降り立ち、俺を見ると、俺に向けて座ってから鳴いた。
「ぐわあぅ……」
「な、なに……?」
「ゐーんぐ?〈ディーシー?〉」
「がる!」
俺は混乱していた。これはリアルなのか、リアじゅーなのか……。
何がどうなっているのか、わけが分からなくなってくる。
「襲って来ない? そもそも、なんでここにデザイナーズチャイルドが?」
『シティエリア』に遺伝子組み換え人間はいない。
ワータイガーと呼ばれるモンスターなら魔法文明世界のフィールドで会えるが、ここは『シティエリア』だ。
腕や足に計測機器をつけたワータイガーはいない。呪いの石腕輪ならついてるかもしれないが、コイツがつけているのはどう考えても現代産だ。
「デザイナーズチャイルドは科学文明世界のフィールドにしかいないはずなのに……」
『ホワイトセレネー』の呟きが聞こえた。
俺はますます混乱する。
コイツは俺の呼び掛けに答えたように感じるが、実は科学文明世界のフィールドモンスターなのか?
……ダメだ。どういうことか、全く分からない。
「ゐーんぐ?〈ディーシーなのか?〉」
「がる!」
ほら、答えるじゃないか。つまり、どういうことなんだ?
「コイツはたぶん、科学文明世界のフィールドに登場する敵性モンスターです!
詮索はあと、とりあえず倒しましょう!」
「ゐーんぐ!〈いや、待て待て、早まるな!〉」
『ホワイトセレネー』が変身時の専用装備である弓を構えようとするのを、必死に止める。
「な、なんですか? なんで止めようと……」
俺は『ホワイトセレネー』の前に立ちはだかる。
「え? どういうことですか?」
『ホワイトセレネー』は今のところ俺を攻撃する気がないのか、いちおう、弓を収めてくれる。
しばらく考えて、フレンドチャットを使えばいいことに思い当たる。
グレン︰すまないが、攻撃は待って欲しい。
「あ……ええと……どういうことでしょうか?」
グレン︰コイツが俺の知り合いの可能性がある。
「は? 事情が飲み込めません」
グレン︰話すと長くなるが、もしかするとリアルの知り合いかもしれない。
「え? リアル? 特殊なアバターを着たプレイヤーさんですか?」
コスプレ的なネコ耳アクセサリーなら聞いたことがあるが、こんなリアルな生皮アバターは聞いたことがない。
もしかして、ヒーロー世界にはあるんだろうか?
グレン︰と、とりあえず、一旦、コイツとコンタクトしてみる。ちょっと待ってくれ。
「……いいですが、何かあるといけないので、用心してくださいね」
俺は頷いて、虎人間へと向き直る。
もう一度。
「ゐーんぐ?〈ディーシー?〉」
「がる!」
俺は近づいていく。虎人間は余裕で毛繕いを始める。
「ゐーんぐ?〈なんでここにいる?〉」
「がる、がるぐるがる!」
全然分からん。
おそらく、コイツが『ディーシー』なのだとしたら、俺はコイツをテイムしているはずだ。
当時はスキルが現実化しているなんて考えてもいなかったから、何かの夢くらいにしか思っていなかったが、咄嗟に記憶の中から名前が出てきたように、確かにあれは現実にあったことだ。
だが、何故『リアじゅー』世界でディーシーに会うんだ?
嫌な想像が脳裏を駆け巡る。
ちょっと奇天烈な思考の持ち主である中裃氏。
ディーシーは元々、実験体だ。
今も実験が続いていたらどうだろう。
『リアじゅー』は政府と繋がりがあるとも噂されるゲームだし、実験の一環としてディーシーをVRゲームの中に入れたとか?
なんだそれは……レベル上げも遺伝子組み換え人間にお任せ、みたいなことをするつもりか?
くそ……サードアイのホームページにこんなこと書いてなかったぞ。
さっきから、ぺろぺろとディーシーが俺の手を舐める。
「やはり、お知り合いで? その……なりきり系の方なんですか?」
おう……どう説明したらいいんだ。
なんとなく、中裃氏の実験のような気がするが、それを説明するには余計なことを説明しなくてはならなくなる。
ましろを現実の危険に巻き込む訳にもいかないしな。
多少、ぼやかして伝えられるだろうか。
グレン︰ええと、ガチャ魂酔いって分かるか?
「ええ、ガチャ魂に意識を引かれ過ぎて、ゲーム内人格に影響を及ぼすとか言われている……はっ! もしかして、アレってただの噂じゃないんですか?」
軽いジャブのつもりだったんだが、変な方向に話が転がったな。
グレン︰いや、コイツがそうってわけじゃなくて……。
ましろはガチャ魂酔いはしないタイプか。
なら、超能力とは無縁かもな。
グレン︰ええと、コイツの説明だよな。なんと言えばいいか……とある経緯があって、俺は現実の遺伝子組み換え人間と知り合うことになったんだ。
「現実ですか」
グレン︰ああ。それでコイツの飼い主というか、面倒を見ている人が変な人で、もしかしたらの話なんだが、VRでレベル上げとかさせてる可能性があるかもしれない……。
「は? VRでレベル上げ?」
グレン︰ああ、金持ちの道楽的な……?
「それは随分と、その……変わったご趣味ですね……」
グレン︰ああ。めちゃくちゃ変な人なんだ。
それで、コイツに俺は妙に懐かれてて、できれば無事に連れ帰りたいなと……。
「はあ……大丈夫なんでしょうか?」
グレン︰た、たぶん? あ、いや、大丈夫、大丈夫。俺たちに危険はないから。
それで、連れて行っていいかな?
「ええ、グレンさんのおかげで拾った命ですから、私は大丈夫ですよ」
グレン︰すまない。ここからは陸路だな。
「あ、そ、そうですね……」
グレン︰いちおう、港の方まで行こうと思っているんだが?
「港……え、もしかしてグレンさん、この辺りに土地勘が?」
あ! やらかした。だが、後の祭りだ。
仕方ない。
グレン︰ああ、まあ、地元民だからな……。
ああ、ましろが勤めている病院がなんて話は吹聴する気もないし、その辺りは安心してくれ。俺も現実でどうこうなんて考えはない。まあ、ネット内で口が滑ってしまうことはある。
俺もやっちまったしな。全ては運営がウチの地域を題材に選んだのが悪い。
「地元民……そ、そうだったんですね……運命……?」
グレン︰そうだ。運営だ。運営が悪い。お互い、このことは忘れておこう。
「え? あ、そ、そうですね……」
うん? 今、少し残念そうな顔しなかったか?
まあ、ここまで二人旅みたいなもんで、色々と衝撃もあったしな。
多少の情が湧いても……なんてのは俺の妄想か。独身男的には少しくらい夢を見たいところだが、良くてお父さん的安心感とか、そんなもんだ。
自分の女性観に少し悲しくなるが、若い女性からしたら、おっさんなんてそんなもんだ。
仲良くなったところで、お父さんみたいで安心できますとか言われて、俺にもついに運命の人が……なんて思う妄想は消し飛ばされる。
危ない、危ない、散々、危ないところを助けられて『つり橋効果』が発動しているのかもな、俺に。
さて、ダメなおっさんの妄想は切り捨てて、移動だ。
多少、距離はあるが、遠間からでも港が『ガレキ場』の入口だと確認できればいいんだ。
後は、最悪ログアウトでもいい。
今、迎えを寄越してくれる保証はないからな。
ただ、チャットが通じることが分かったんだ。いちおう、連絡だけは入れておこう。
俺たちは、港に向けて歩き出した。
運営≠運命。
肝心な言葉を聞き逃すグレンくん痛恨のミス。
以下↓NGテイク
ただ、いい勘違いかもしれない。
グレン︰ああ、彼はたぶん、ガチャ魂酔いだと思う。
「ええっ!? こんなに変わってしまうなんて、ちょっと問題じゃないんですか!?」
グレン︰いや、普段はここまでじゃないんだが、『ケージ』に閉じ込められて内なる野性が解放されちゃったのかもしれない……。
「そ、そんな……ダメ元ですけど、運営に問い合わせします!」
グレン︰ああ、ま、待ってくれ。彼は常々、俺は虎になりたい。とか叫んでしまう奇行の持ち主で、もしかしたら、なりきりなのかもしれない。
「え、解放って、そういう……」
うん、NGでーす!




