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255〈はじめての二人旅〉


「降ろしてください……」


 『ホワイトセレネー』がもう一度、言った。

 俺はなるべく壊れていないビルの屋上に降りた。

 周辺は見る限り安全そうだ。ここなら『ガイガイネン』も登って来られないと思う。


 『ホワイトセレネー』は肩口にざっくり爪が入った痕が見える。

 これは痛いやつだ。

 俺はポーションを取り出して、傷口に掛けようとすると、やんわりと止められた。


「持ってますから……」


 『ホワイトセレネー』がヒーロー側で使われるアンプルを取り出して、それをベルトのバックルについた差し込み口に入れる。

 カシュン……プシーッ! と機械的な音がして鎧の肩口の破損部分から液体が漏れ出す。

 傷に掛かってないんだが……。


「あ……」


 鎧が優秀なんだろう。鎧が大きく裂けているのに比べて傷口は深そうではあるが小さい。

 だが、それが災いしてか、傷口の周りを濡らすばかりだ。

 俺は直接、HPポーションを上から掛けた。


「ぐっ……ありがとう……ございます……」


 顔を伏せてお礼を言われた。

 嫌なら別に言わなくていいんだが……。


 立ち上がった『ホワイトセレネー』が俺から離れる。

 どうしたのかと見ていると、『ホワイトセレネー』が振り向く。


「すみませんが変身を解除して、身だしなみを整えますので、あっちを向いててもらえますか?」


「ゐーんぐ……〈お、おう、すまん……〉」


 俺は後ろを向いた。背後から光が差して、どうやら変身を解除したらしいことが分かる。

 そういえば、『ホワイトセレネー』の鎧は密閉型で時間制限があるんだったか。

 それから少しして、こほん、と咳払いが聞こえる。


「もういいですよ……」


 そこには畑のお隣さん。ブラウスにパンツルックのましろが立っていた。

 ましろは、顔を赤くして恥ずかしいのか怒っているのか分からない表情で言う。


「な、なんですか! 変だとでも思ってますか?」


 俺は慌てて否定のために首を振る。


「しょうがないじゃないですか!

 鎧と一緒に制服も破れちゃったんですから!」


 いや、そんなことは思っていないが伝える術がジェスチャーくらいしかない。

 結果、俺は何も言わずに、ひとつ頷いて、行きたい方向を指さし、首を傾げるくらいしかできない。


「あの……グレンさんなんですか?」


 俺は固まった。首をグギギギ……と動かしてなんとか、ましろを見ようとする。


「先ほど、レオナさんが肩パ……貴方のことをグレンさんと……」


 バレた。変な汗が大量に噴き出す。


「確かに考えてみれば、レオナさんの貴方とのコミュニケーションのとり方は、最初に畑で会った時の女性とそっくりでした。

 お互いの信頼しきった目とか、女性のちょっと熱っぽい眼差しをたまに向ける仕草とか……」


 熱っぽい? そんな眼差しを向けられた記憶がない。


「いかにも朴念仁で、そのくせ妙に優しい貴方の態度とか……」


 それは、あまり褒めてる感じじゃないよな。


「符号する点はたくさんあったのに、私は憎き肩パッドだからと、自分の中で色眼鏡を掛けていたんです……私の汚点を作る原因になった目立ちたがり屋でこすっからいスキル持ちの肩パッドとは違うって……」


 目立ちたがりでこすっからい……そんな風に見られていたのか。

 恨まれているのは分かっていたが、評価低すぎないか?


「グレンさんですか?」


 俺は頷いた。


「そうですか……肩パッドは憎いですけど、グレンさんは好きです、あ、す、す、好きってそういう好きじゃなくて……隣人として、そう、隣人として尊敬できるとか、そういうことです!」


 慌てなくても、それで勘違いするほど若くない。

 分かっているという風に、俺は納得顔で頷く。


「あの……せめて人間アバターにしてくれませんか?

 その『リヴァース・リバース』姿だと結構、複雑なもので……」


 うむ……俺としてはこっちが素なんだが、まあ、減るもんじゃないし、いいか。

 言われた通り、人間アバターを着ることにする。

 降りてからスキル解除したし、もうウエイトタイムは明けた。

 そろそろ行こうと、指さしで促す。

 もし、ここが俺の住む地域をモデルに創られているなら、俺のアパート近くに行けば港の位置が分かる。

 『ガレキ場』ツアーで降り立った場所は港っぽかった。

 そうなれば、『トンネル』の位置関係も掴めるはずだ。


「あ、はい。あっちに行くんですね。

 分かりました」


 ましろが辺りを見回す。


「ど、どうやって? ビルの屋上ですが?」


 俺は身体のMPを循環させて翼を出した。


「ああ、飛んで……飛んでっ!?」


 いや、歩きは無理だろ。下に降りたら方向すら分からなくなる自信がある。

 この辺りはそんなに詳しくないしな。

 道路と街並みが完璧ならウチの会社までの道のりは分かるが、方向を決めて飛んだ方が速いし、安全だ。


「あ、下に敵が……そ、そうですよね……飛べるんですもんね……」


 また、ましろが複雑そうな顔をしている。


「そうよ。変な意識する必要ない……グレンさん、あの親切なグレンさんなんだから、グレンさん!? あわわ……グレンさんなんだ……」


 すげえ名前連呼してくるな。

 まあ、肩パッドだからな、俺は。無理もないか。

 俺は肩パッドでいいぞという意味で、自分の肩を指さして、こんもり肩パッド型を示して見せる。

 それを見た、ましろは急に顔を赤くして俯いた。


「じ、じゃあ、その失礼します……」


 近づいて来たましろが、俺の肩に腕を回して来る。

 ん? すげえ近い。というか密着している。

 あ、何か勘違いさせたか。

 いや、だが先ほどの緊急時とは違って、【飛行】するなら腕を掴んで、ぶらぶらさせながら飛ぶより、断然、安定感が違う。

 それに、ここでそういう意味じゃないと否定したら、彼女を傷つけることになりそうだ。

 恐らく、ましろは相当な勇気を振り絞って、俺のアクションを待っている。

 もちろん、俺にだって勇気が必要なんだが、仕方がない。

 俺は、ましろを横抱きに持ち上げた。

 一般的にはお姫様抱っこというやつだ。


「わ、わ……あ、あの、お願いします……」


 恥ずかしそうに言わないでくれ。

 俺は努めて平静を装って、ひとつ頷くと、【飛行】を開始した。


「わ、わあ……凄い……凄いですね!

 まるで……あ、いえ、その……なんでもないです……」


 ましろが黙る。

 まるで、なんだよ。黙るってことは、恐らく不本意なんだろう。

 頼むから、何かのアトラクションのマシンだ、くらいに思って欲しい。

 大人になると、女性から言われたくない言葉が増える。

 それくらいには、自分がおっさんだって意識はあるんだ。


 変に意識してしまうと、そのことばかりが頭をチラつきそうなので、俺は目的地を目指すことに集中する。


 ウチの会社近くの駅前まで来て、確信を強める。やはり、かなり正確に再現されている。

 ただ、街並みは少し近未来的だった風だ。

 潰れた電車の車両の色が違うし、あちこちのビルも近未来っぽく建て直したものをガレキに変えましたという感じだ。


「あら……なんだか見覚えがあるような……でも、まさか……」


 俺はスキルが終わりそうなので、なるべく見晴らしの良さそうな場所を見つけて降りる。


 ましろを降ろしてやると、ましろは頻りに辺りを窺っている。

 もしかして、ましろと地元が近かったり?

 いや、詮索するべきじゃないな。それは、マナー違反だ。


 ガラッ……。とガレキが崩れる音がして『ガイガイネン』が現れた。小型の『リサーチャー』だ。


「ゐーんぐ!〈危ない! 【回し蹴り(ベスト・キッド)】〉」


 一撃いれて、俺は距離を取る。周辺に素早く視線を走らせて、リンクする敵がいないかチェックする。


「あ、ちょ……」


 ましろが弓を取り出す。変身していなくても、NPC用で威力のない弓でも、ましろのスキル付きで放たれる矢は強力だ。

 パッシブで威力を上げるスキルでもつけているのかもしれない。


 俺がヘイトを取りながら逃げ回れば、ましろがきっちり始末をつけてくれる。


 ふう、一匹だけで助かった。

 ダメージディーラーがましろだけなので、積極的に俺も殴った。

 経験値が稼げてるな。


 ウエイトタイム明け。

 俺が翼を広げると、ましろが言ってくる。


「あの、この方向に飛んでもらえますか?」


 頭の中の地図と照らし合わせる。

 静乃の住んでいる地域の方向か。

 俺は頷く。

 ましろが、躊躇なく俺の首に腕を絡めてくる。

 おーけー、俺はマシンだ。気にしてくれるな。

 俺は飛び立った。

 ましろは頑なにこちらを向かないようにしている。

 いや、ただ単に景色をチェックしているだけかもしれない。

 寒いのか、耳が真っ赤だ。

 後でインベントリの中の携帯カイロを渡してやろう。

 多少は防寒になるはずだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく拝見しています! 更新ありがとうございます。 [一言] バレ来ましたね! きっと勘違いだと自分を騙すおっさん尊い。畑のへん読み返して来ます〜
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