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『オメガラボ』はゆっくりと停車する。
表面装甲はボロボロで、血塗れだ。
まあ、その血のほとんどは俺の血だし、ボロボロの装甲は内部に仕込まれたスライムのせいだったりする。
現在地は『飛行場』エリア内の周囲に建物などが見えないどこかだ。
つまり、ここがどこか理解しているやつがいない。迷子だった。
三号車の加速力は装備部の想定以上で、さらにそれを予定以上のパワーを引き出して走行した段階で一号車の運転手が慌てた。
運転手は別にプロドライバーでもなんでもないので、そのあまりのスピードに振り回され、事故を防ぐので精一杯になり、右にカーブ、左にカーブと、とにかく、ぶつけないことだけを優先させた。
三号車のエンジンが過負荷に悲鳴を上げて、ギアがぶっ飛んだ時には、すでに現在地は見失っていたという訳だ。
アレだ。宇宙船の映画なんかでありがちな、敵に追われて、座標も決めずにワープしたら、そこがどこだか分からなくなったみたいなもんだ。
ここがやけに広大な『飛行場』エリアだったのもまずい。
『飛行場』エリアは実装されてから日が浅く、まともな地図が完成されていなかった。
周囲を見渡すと、どこかの山の麓の雑木林の中らしく、三号車のエンジンを修理するため、停車せざるを得なかった。
護衛として呼ばれた俺たちは周囲を見張る。
片側が山なので、山から遠ざかる方向に進めば、どこかしらの道には出ると思うが、俺は【飛行】を使って空に上がると、方向だけは確認することにした。
「どうてぶー?」
ムサシの声に、俺は下に降りる。
「ゐーんぐ!〈右に進むと崖上に道があるが、木々が邪魔をして建物は見えない。左側はすぐ川になっていて、建物らしき影は見えた。
後ろに戻るのが正解だと思うが、道までかなり距離がありそうだな〉」
「最悪、この車を爆破して技術流出を起こさせないようにして、死にワープも考えるべきてぶ」
「ゐーんぐ!〈それから、正面の山の中に電波塔らしきものがあった。そちらの方が直線距離では近いと思う〉」
「問題は登れるかどうかてぶ……」
「あと一時間くらいもらえれば問題ない」「ああ、三号車のパワーなら最大斜度60°まで行ける」「完全に直ればな……」
装備部の面々が鼻息荒く答える。
壊させないぞ、という意気込みが見えるようだ。
「グレン、悪いけど一緒に電波塔までの道探しに着いてきてくれてぶ」
「ゐーんぐ!〈ああ、問題ない!〉」
俺はムサシと山登りをはじめる。
人と会えるとは思えないので、人間アバターを脱いで、うさぎ耳、牙、爪、蠍尻尾と完全武装していく。
山登りにはこちらの方が都合がいい。
安全なルートを探す。
普通に歩いていても、なだらかな傾斜などない。
「最悪、数人がかりでロープつけて引き上げるてぶ」
電波塔まで行ければ、整備用の道があるはずで、それを見つけられれば、もう少し楽なルートが探せるはずだった。
とりあえず、ふたりで電波塔まで登る。
穴だ。
俺たちは電波塔のすぐ近くに『穴』を見つける。
『穴』の左右には大型『ガイガイネン』が二匹、まるで門番のように佇んでいた。
俺とムサシは大型『ガイガイネン』の感知範囲に入らないように観察をする。
『穴』から小型『ガイガイネン』が出てくる。
「ランナーてぶ」
『ランナー』はそのままどこかへと行ってしまった。
次に『リサーチャー』が出てくる。
『リサーチャー』もまたどこかへと行ってしまう。
「す、巣穴を見つけたてぶ……」
「ゐーんぐ……〈戻る姿がないのが気になるが、何かヤバい場所なのは分かるな……〉」
俺たちはこっそりと『オメガラボ』の方に戻って報告した。
「はわわわわ……糸くんに連絡しとかんと……」「ただ場所が分からん」「最低限、近くのランドマークだけでもチェックしないとな」
そういうことで、俺だけ別行動になった。
【飛行】を使って左の建物を確認、情報を全体チャットに送る役目だ。
「気をつけてくださいね」
シシャモの頭に手を置いて、安心させる。
「ゐーんぐ!〈問題ない。逃げるのは得意だしな〉」
俺は【飛行】した。
ムサシたちは『巣穴』を調べる予定になっている。
無理はしないとは言っていたが、少々不安だ。
俺の【飛行】は十秒しか保たない。
それでも、敵の感知範囲を避けて進むには充分だ。
飛んで、降りてを繰り返し、建物の影へと向かう。
見えた。
建物に見えていたのはスペースシャトルだ。
方角を確認しつつ『シャトル発着場』へと降り立つ。
すでにここはもぬけの殻だ。
俺は糸に連絡を入れた。
糸からの返信では、俺以外の生態調査班が音信不通になったことを伝えられた。
チャットが通じなくなった?
もしかして『巣穴』はそういう効果があるんだろうか?
音信不通ならば生きているということなので、それだけが救いだが、どうなっているのか分からないという不安は募るばかりだった。
一度、戻るように言われて、俺は『軍基地』へと戻るのだった。




