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高速道路をひた走る。
潰れた車に乗っかって、色々なものを口に入れては、吐き出す『ガイガイネン』を横目に俺は感知範囲に掛からないようにバスを動かしていく。
「いいっすか、前が6m、後ろが10m、左右が3mです。
今のバスの動きを見ながらしっかり覚えてくださいよ」
「ひ、ひええ……そんなこと言われても……」
HPポーションで起こした本来のバス運転手にトーシロが何度も『ガイガイネン』の感知範囲を教えている。
「もし、俺らが死んだりしたら、アンタがみんなを連れて行くしか無いんすよ。
無理でも頭に叩き込んでください!」
こればかりはキツくても覚えてもらうしかない。
「トイレ行きたい方は早めにお願いしますね。気分が悪いとかもお早めに申し出てください。
基本、休憩無しでこのまま向かいます。
すでに軍基地から救援が向かっていますが、状況は俄然、悪いままです。
下手に緊張する必要はありませんが、気を抜く訳には行かないですから」
葉っぱ場さんが、乗客に語りかける。
トイレ付きのバスなのが幸いだ。
今のところ、順調だな。そう思うと、すぐに状況は悪化する。
そういうもんだ。
俺はバスを止めた。
『ガイガイネン』の感知範囲が道路いっぱいに広がっている。
避けようがない。
俺たちはバスを置いて、戦いに出る。
これで、三度目くらいか。
「もしかして、これ二匹倒さないとダメっすか?」
「ゐーんぐ!〈ああ、そうなる〉」
俺は大きく頷く。
「やり方は同じで?」
グレン︰ああ、俺がスキルで敵を引きつける。たぶん、二匹はリンクするから、一匹に拘らずに殴るようにしてくれ。
これでも、戦闘経験は俺が一番上だ。
レベル1でも避けるだけなら、スキルの数から言っても、俺が適任だろう。
俺は『ガイガイネン』Aに近づいて、【トラップ設置】でジャンプ台を設置、同時に『ガイガイネン』Aが俺を認識、襲い掛かるのを【野生の勘】に従って避ける。
ただ、やはり『ガイガイネン』Bがリンクした。
二匹の間を【正拳頭突き】で抜けて、Bのつま先にスキルを当てる。
Aの背後を回って、ジャンプ台を使ってBの側面に跳ぶ。
常に『ガイガイネン』の感知範囲内で動き回るのはなかなか背筋が冷たくなるが、一発掠ればアウトな状況はいつものことだ。
【ウサギ跳び】でAの正面に立って、Aが爪を振りかぶると同時に【緊急回避】でBの側面に戻る。
Bが身体の向きを変える間に【トラップ設置】して【飛行】で逃げる。
空中から【雷瞬】でBの背面に降り立ち、飛び降りて、『移動床』を踏む。
「ラストっす!」「こちらも!」
俺が逃げ回る間に、葉っぱ場さんとトーシロがしっかりダメージを稼いでくれた。
俺たちはバスへと戻る。
NPCのバス運転手は緊張から解放されて、へなへなと座席に戻り、乗客からは子供が拍手して、それを親が窘めていた。
まあ、今のところNPCのために戦っていても、俺たちは悪の組織だ。
ただ、なんとなく乗客たちの弛緩した雰囲気が伝わってくるだけで、賞賛されている気分になる。
しっかりと回復をして、バスを動かす。
しばらくそうして、進み、止まりを繰り返して先へと向かうと、前方で大規模な戦闘が起きていた。
軍が使う兵員輸送車が道のかなり先に止まっていて、『りばりば』戦闘員たちが少しずつ『ガイガイネン』を釣り出しては倒している姿だった。
乗客たちがザワつく。
やはり目出し帽と黒タイツ姿を見てしまうと、緊張せざるを得ないのだろう。
俺は見える場所でバスを止めた。
よくよく確認すると、軍人らしき一行が『ガイガイネン』の釣り出しに一役かっている。
おそらくレオナなりにNPCを立てた結果だろう。
迎えに来たのが『りばりば』戦闘員だけだと、NPCたちからしたら、たまったものじゃないだろうからな。
やがて、高速道路上のバスまでの『ガイガイネン』が一掃されて、真っ先にNPC軍人たちが駆け寄ってくる。
俺と葉っぱ場さんがバスを降りて軍人たちを迎える。
「ここまで民間人の護衛、ご苦労様でした!」
「ゐーんぐ!?〈はっ? 尾上さん? 尾上さんじゃないか!?〉」
敬礼した軍人はリアルで面識のある情報一等士官の尾上さんだった。
「自分は○○基地所属、尾上曹長であります!
民間人護衛任務のため参上しました!
リヴァース・リバースの方だけでは民間人に不安が残るとのことで、慰安役として同乗をお許し願いたく思います!」
曹長? 曹長って士官なのか?
よく分からん。
ただ、俺の知る尾上さんよりお堅い印象で、年齢も若い気がする。
どうなってるんだ?
NPCに実際の人間をモデリングでもしているのか?
実は余暇の手慰みに『リアじゅー』でNPC役のバイトがあったり?
いや、ないだろ。俺は自分の思考を打ち消す。
俺の視線に気づいた尾上曹長が顔に疑問を浮かべる。
「あの、失礼ながら、面識等ありましたでしょうか?」
つまり、俺のことは知らないわけか。
まあ、NPCで面識があるとしたら、不動産屋のおっさんか、酒屋の兄ちゃんくらいだ。
俺は困惑したまま、首を横に振った。
それから、バスの中へと誘導する。
「ありがとうございます!
では、失礼します!」
そう言ってバスに乗り込んだ尾上曹長が乗客に心配する必要はないと言って聞かせることで、ようやく乗客たちはリラックスできたようだ。
バスは軍基地へと到着する。
そういえば、尾上曹長が名乗った時、どこどこの基地と言っていたはずだが、聞き取れなかったな。
俺は軍基地に入る時、看板を確認したが、不自然な空白の後に『軍基地』とだけあった。
なんだ、この違和感。
今まで当たり前に『軍基地』というのを受け入れて来たが、所属も地名もない『軍基地』という言い方に、何故かひっかかりを覚えた。
いや、ゲームだから、そこが何を意味する場所か分かればいいと言えば、それまでだが、それなら架空の名称をつけてもバチは当たらない。
いや、NPC一人、一人に名前と人格と生活まで与えておきながら、地名はないというのが、そんな手抜きをする運営だと思えないのだ。
あれ、そういえば、『住宅街』なんかも何丁目という言い方はしても、地名がないよな。
なんだこの違和感は。
だが、それを深く考察している間はなかった。
レオナに呼ばれたからだ。
レオナ︰現在、この軍基地まで辿り着いた黒部隊隊員に緊急ミッションです。
『飛行場』エリアは現状、『ムーンチャイルド』との共闘を以てしても排除しきれないほどの『ガイガイネン』で溢れています。
そこで軍の特殊部隊と共同で、輸送用ドローン基地の制圧を行うこととします。
無人ドローンが大量に設置されている、輸送用ドローン基地を『ガイガイネン』より奪還、ここのドローンを使用して主要道路上の『ガイガイネン』を釣り出し、避難路として確保することを目指します。
ミッションだ。
しかも、黒部隊限定。
これでも黒部隊は『りばりば』内で精鋭だとされている。
レベルリセットしてなきゃ、もう少し自信満々に精鋭だと断言できるが、今はレベル5、バスの護衛で『ガイガイネン』半匹分だけ稼いだ。他は引きつけて逃げるだけだったから、経験値が足りない。
まあ、精鋭たちのお零れを貰えるように頑張ろう。
俺は呼び出しに従って、急いで集合場所に向かうのだった。




