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すいません。遅くなりました。
『郊外』エリアをなんとか抜ける。
トンネルを潜ると『飛行場』エリアが見えてくる。
俺の畑の横を通った時、『ガイガイネン』と『ポセイドンギャラクシー』の戦闘でめちゃくちゃにされた俺の畑が見えていた。
ちくしょう、この借りはいつか返すと胸に決め、その場を後にした。
『飛行場』エリアに入る。
ヤバい数だ。
パッと見ただけで野放しの『ガイガイネン』が十数匹、主要道路上に並んでいる。
『飛行場』エリアは建物が少なく、道は広めで見通しが良い。
一部に残る雑木林などからビーム連弩らしき光が放たれ、あちらこちらで爆発の煙が上がっていたり、逃げ回る車輌が見えたりしている。
全体連絡によれば、『飛行場』エリアは『ムーンチャイルド』と『りばりば』の担当で、どちらもそれぞれの文明を代表するプレイヤー数の多いレギオンだが、現状を見る限り、数が足りていない。
一番ヤバいエリアだろ、これ。
『ガイガイネン』たちは大人しく、その場に留まり、まるで警備兵のようだ。
他の追われている車輌を見て分かるが、一定範囲に入ると襲って来るように見える。
戦闘員が頑張れば倒せなくはない程度の敵なので、上手くやれば問題はなさそうだが、下手にリンクさせると簡単に大規模トレインが発生するだろう。
トレインを発生させると、恐怖のあまり運転を誤って前方の『ガイガイネン』がリンクしてしまい、またそれを避けるために、次のリンクが発生するという悪循環が生まれる。
NPCなしの車輌なら、諦めてその場で戦って死ぬという手もありそうだが、俺たちは五十人ものNPCを乗せたバスだ。
まずは範囲を見極めなければ……。
葉っぱ場︰どうします? 軍基地までまだかなりの距離がありますよ。
トーシロ︰地雷原みたいなもんで、まともに行くのは難しいと思うっす。
グレン︰地雷原?
トーシロ︰よく戦争系のVRとか手を出すんですけど、基本、地雷原は避け一択で、入り込むもんじゃないっすよ。
なるほど、他のエリアの無秩序に人間を求めて暴れ回る『ガイガイネン』に比べて、ここの『ガイガイネン』は大人しい。
良く見れば、砂を食らって、その砂を吐き出すというようなことを繰り返していて、まるで地質調査でもしているようにも見える。
攻撃されたり、範囲内に動くものがあれば、それを狙いに行くが、基本的には動いていない。
つまり、地雷のように誰かが踏むのを待っていて、踏んだら動き出すわけだ。
俺は自分のガチャ魂を付け替えて、『ミミック』を入れる。
この『ガイガイネン』が罠だとすれば、『トラップ感知』できないかと思ったからだが、これが当たりだった。
ヤツらの感知範囲が赤く見える。
グレン︰上手く避けて行けそうだ。
トーシロ︰マジすか? どうやって?
グレン︰トラップ感知系スキルをつけたら、分かったよ。
葉っぱ場︰おお、それなら安心ですね。
グレン︰今のところ周囲に動く敵がいないからいいが、どのタイミングで動き出すか分からない。もし、動き出したら……。
トーシロ︰俺と葉っぱ場さんに任せて下さい。
グレン︰分かった。座標爆破能力は見えないから、なるべく『ガイガイネン』の周囲を回りながら攻撃してくれ、動きを止めるとヤバいからな。
そう決めて、俺はバスを進ませる。
葉っぱ場さんがNPCたちを必死に宥めてくれる。
その姿はなかなか堂に入っていて感心していると、リアルでは学校の先生をしているとのことだった。
ゆっくりとバスは進む。
『ガイガイネン』の感知範囲は意外と歪な形をしている。
どうやら、身体のあちこちに目があるようで、また、その目が見える範囲に大きな差があるらしい。
前後は結構見えているが、左右はほんの3m程度しか見えていない。
前後の範囲は少し長めに前が6m、後方10mくらいのようだ。
奴らが調べているのは地質だけではないようで、ある意味、ありとあらゆるものを調べている。
一部、見たくないものも俺たちは目撃している。
もしかすると、その調査に感覚器官のほとんどを傾けているから、感知範囲が狭まっている可能性はあるかもしれない。
感知範囲を避けながら、ゆっくりとバスを進ませる。
道は高架に作られた高速道路と次第に狭まっていく下道がある。
「どっち行くっすか?」
グレン︰賭けだな。こちらは大型バスだ。下道を行くにしても主要道路から外れるのは難しい。しかし、高速道路に乗ったら、見つかった時に逃げ場所がない。
「高架の上なら、奴らもいないのでは?」
グレン︰それは楽観が過ぎると思うぞ。
『ガイガイネン』が空を飛ぶところは見たことがないが、バスが上に上がれる以上、『ガイガイネン』がいないとは思えない。
グレン︰NPCの状況は?
葉っぱ場︰今はどうにかパニックにならずにいますが、そろそろ危ないかもしれません。
グレン︰分かった。スピード重視で高速道路に出よう。ただ、逃げ場はない。いざって時は覚悟しよう。このバスの運転手を起こしてくれ。
最悪は俺も出る。
それと、軍基地に居るレオナに連絡を取る。
状況が許せば援護も期待できるしな。
葉っぱ場︰分かりました。正体を明かすということですね。
トーシロ︰だ、大丈夫っすか?その時点でパニックになるんじゃ……。
葉っぱ場︰僕が今の内に皆さんに説明します。
少し時間を下さい。
グレン︰分かった。頼む。
「すいません、皆さん聞いて下さい!」
葉っぱ場さんの演説が始まる。
「今から重要な決断をしなくてはいけません。
このバスは現在、避難所になっている軍基地に向かっています。
ただ、その避難所は皆さんが知る悪の組織、リヴァース・リバースが守っている場所です」
「な、なんだって!?」「リヴァースってあの!?」「まさか、俺たちを捕まえて実験体にするとか……」
「ご安心ください!
このバスから降りたければ、すぐにも降ろします!」
「こんな怪物だらけの中で降ろされたら、私たちは……」「いやだー! 死にたくないー!」「ふ、ふざけんな! いい人たちだと思ってたのに!」
「どうか、お静かに! 怪物たちに感知されますよ!」
「「「……」」」
「もし、お望みなら、ヒーローレギオン・ムーンチャイルドの避難所になっている空港まで向かうことも考えます。
ですが、それは軍基地に着いた後です。
我々が望むのは、あなた方の安全です。
軍基地に着いた時、あなた方の安全は僕が保証します。
絶対におかしなことは起こりません!
ヒーローと怪人は敵対していますが、今、この時に限り、敵はあの怪物たちです。
我々、悪の組織は人間に居てもらわないと困るのです。
だから、あなた方の安全は我々が守ります!
全ての決断は、軍基地まで着いてからにしましょう!
まずは、ここを切り抜けない限り、あなた方にも、僕たちにも先はありません!」
「お、降りる! 俺はここで降りるぞ!」
「分かりました。本当にそれでいいんですね。
あなた方の誰にも死んで欲しくないというのが、僕たちの望みですが、僕がどうしても信用できないのなら、仕方ありません。
僕たちはこのバスに乗る皆さんを守るために居ます。
このバスから降りてしまえば、あなたを守ることはできない。
それでもいいですか?」
「か、関係あるか! どうせ悪の組織に捕まるくらいならここで降りた方がましに決まってる!」
葉っぱ場︰彼だけ降ろします。トーシロさん、彼が襲われたら守ってあげて下さい。その上で彼にもう一度乗るか決めてもらいます。
グレン︰随分と荒療治だが、この先を考えると、今の内にそうした方がいいか。俺も行こう。
葉っぱ場︰僕は他のNPCを留めるために動けません。お願いします。
トーシロ︰り、了解!
「では、まずは彼だけ降りてもらいます。他の人はすみませんが、暫くお待ち下さい」
葉っぱ場さんと同年齢くらいのNPC男性が立ち上がる。
「な、何もするなよ! お前らが降りていいって言ったんだからな……」
NPC男性は俺たちを警戒しながら手荷物片手に通路を進む。
俺はバス前部の扉を開けた。
「荷物を出してあげる余裕はないですよ」
葉っぱ場さんが声を掛ける。
「い、いらねーよ! それよりそこどいてくれ!」
葉っぱ場さんが座席側に下がり、NPC男性は俺たちに目をやりながら、恐る恐る扉へのタラップを降りていく。
「お、お前ら、降りるなら今の内だぞ!」
捨て台詞のように、言い残してNPC男性が走り出す。
「ゐーんぐ!〈ヤバい、感知範囲だ、トーシロくん、行くぞ!〉」
「は、はい!」
NPC男性は近場にうずくまる小型『ガイガイネン』の感知範囲に入る。
小型『ガイガイネン』がいきなり動き出した。
「うわあっ!」
俺とトーシロがバスから飛び出す。
「ゐーんぐ!〈変身!〉」
叫ぶが、俺の身体が光らない。
そうだ、今の俺はレベル1じゃないか。
トーシロが俺を追い越して走る。
「【護りの意志】!
ぬわああああっ!」
ダメージへの割り込みスキルのようなものを使って、トーシロが瞬間移動する。
NPC男性の前にトーシロが立って、無我夢中で取り出した『ショックバトン』を振るう。
みごと小型『ガイガイネン』の爪を防いだ。
「ひぃっ!」
NPC男性が腰を抜かした。
「ゐーんぐ!〈【飛行】〉」
小型『ガイガイネン』の座標爆破の予兆を見て、俺はトーシロに横からタックルをかます。
「うげっ!」
同時にトーシロがいた場所に、ミュインと音がして、そこが爆発した。
「た、助かりました……」
トーシロの礼を無視して、NPC男性を指さす。そして、空いた手で俺も『ショックバトン』を抜いた。
「ゐーんぐ!〈食らえ!〉」
小型『ガイガイネン』を殴ると同時に、『ショックバトン』を発動。
バチンッ! とショック状態が発動する。
小型『ガイガイネン』は状態異常が効きにくい。
しかも、1レベルの今の俺が止められるのは本当に一瞬だけだ。
だが、その一瞬を利用して、俺は時計回りに小型『ガイガイネン』の回りを走る。
俺の背後に小型『ガイガイネン』の爪が落ちる。
「ゐーんぐ!〈もう一発!〉」
殴ると同時に【ウサギ跳び】で跳躍。俺の居た場所が、ミョインと拗れて爆発した。
頭上から落ちながら、もう一発『ショックバトン』をお見舞いして、下に降りると同時にまた走り出す。
ヤバい、そろそろ体力が尽きる。
「うおおっ! この! このっ!」
トーシロががむしゃらに三発ほど殴って、小型『ガイガイネン』は息絶えた。
あ、あぶねえ……。
減り始めたHPを確認しながら、慌てて俺はおにぎりを食べる。
グレン︰すまない、助かった。
「いえ、自分の方こそ助かったっす」
俺がポーションで色々回復している間、トーシロがNPC男性を説得していた。
「あんた死ぬとこだったっすよ!
バス降りて、五秒も保たないじゃないっすか!
お願いだから、戻ってくださいよ!」
「あ……う、わ、分かった……戻る……」
NPC男性をバスに戻して、どうにか騒動を収めた。
「さて、ここからが決断です。
このまま、我々は高速道路に上がって、少しでも早く軍基地に向かいたいと思います。
ただ、高速道路では逃げ道がありません。
また、今のように戦う場面も出てくるかもしれません。
どうか皆さん冷静に。
取り乱さないでください。お願いします」
葉っぱ場はしっかりと全体の冷静さを保ってくれた。
俺たちは、高速道路へと上がって行くのだった。




