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その日の朝は沢山のニュースで溢れ返っていた。
例えば、日本初の国家プロジェクト、人工の浮島を新たな領土として作り上げる『ガイア計画』の落成式が行われること。
さらには『遺伝子組み換え人間』の認可が降り、その第一号として犬を人にした『ワードッグ』がお披露目されること。
『ワータイガー』じゃないのかと思ったが、あちらは実験体第一号ということだろう。
それから、またオカルトが流行り出した。
誰かが超能力に目覚めたとかいう話ではなく、未来予言やら絶滅したはずの恐竜が生きていたやら、幻の大陸に地底世界なんて話が勢いを増してきたということだ。
眉唾ものの話を面白可笑しく皆が話題に上げる。
ふと、つい先日、『リアじゅー』内で中規模レギオン同士のラグナロクイベントがあって、魔法文明側が勝利したという話を聞いたなと思い出した。
これに多大な貢献をしたのが『グレイキャンパス』だが、その『グレイキャンパス』のラグナロクイベントは未だに終わっていない。
このことは『グレイキャンパス』の名を広めるだけでなく、野良ならばラグナロクイベントにも介入できると知らしめたことにある。
これにより『リアじゅー』内では野良レギオンの結成が相次いだ。
だが、『グレイキャンパス』のように二大文明のどちらにも介入できるレギオンは現れていない。
また、野良レギオンは運営が難しいらしく、『グレイキャンパス』以外の野良レギオンは淘汰されつつある。
白せんべいから連絡が来て、おかしなサイトを紹介された。
サードアイという管理人がやっているそのサイトでは『リアじゅー』と現実が密接に結びついているという説を提唱していた。
超能力としてスキルが使えるようになった身としては、無視もできない話な気がした。
ただ、未だに白せんべいの言う『使命』とやらは、俺には理解できなかった。
これもオカルト流行りの影響かとも思ったが、どうも何かが違う気がして、俺は首を捻った。
漁に出ていた漁船の乗組員が怪物を確保した。
網に引っかかったらしい。
三百キロくらいあるカニの化け物のような姿をしていて、どこかの研究所に送られるらしい。
そんなニュースもある。
誰かの撮影したカニの化け物の動画が上がっていたが、カニというより虫よりな気がする。
『ガイガイネン』を簡素化したらあんな感じじゃないのか、と思ってしまう。
『遺伝子組み換えの実験体』とか『隕石の仕業』とか憶測が飛び交ってはいたが、その配信番組では海の汚染物質の大量摂取による変質という方向性でまとめられていた。
魚が食えないとか言われたら、結構、困る。
海の汚染は世界全体で都心部に近い場所を中心に全体の一割ほどと言われていて、除染作業は常に続けられているので、これ以上の汚染が広がることはないと一般的には言われている。
世界は不安ばかりだと思いつつ仕事に向かう。
最近、俺は名刺をもらった情報一等士官の尾上さんと仕事をしている。
『遺伝子組み換え人間』関連でなくとも良いとのお話だったので、思いきって営業を掛けてみた。
軍では特殊作業車を扱うことも多いので、ウチの製品はバッチリ嵌る。
いまだ成果は上がっていないが、興味は示してもらっている。
上手くいけば陸軍関連に食い込めそうなので、部長からは最優先との指示をもらっている。
主に災害時の支援用車輌を見せてもらう。
隣県とほど近い辺りの基地にお邪魔している。
「実際には競合他社とプレゼンで争っていただくことになりますが、スペックを見せていただいた限りは、充分に実用レベルだと思います」
演習風景を眺めつつ、支援用車輌の使われ方などを頭に叩き込んでいく。
メモは広報を通さないとダメらしい。
「海外派遣となったら、これを戦地でやったりもしますから、荒っぽい動きも必要ですし、パワーも欲しいですね」
「装甲も違ったりしますか?」
「そりゃ、あれば嬉しいですが、突発的な自然災害の中に入れたりしても、動くことの方が重要視されがちですね」
「人命救助なんかだと、パワーというよりも繊細さが大事かと思いますが?」
「そうですね。御社の新型マニピュレーターだとそういうことも可能そうですね。
問題は耐久性でしょうか?」
軍人の思考操作は、良く訓練されているのだろう。正確で素早い。
直線的で無駄がない動きではあるが、滑らかさに欠ける。
そのことを指摘すると、今までのマニピュレーターが旧型で、そう入力するしかないらしい。
「ウチの製品だと関節が多くなるんで思考操作にちょっと癖が出るかもしれないですね……」
VR慣れしている人だと、関節が多いだとか、腕が六本だとかにスムーズに対応する人もいるが、普段からコレだと難しいような気がした。
「問題ないと思いますよ。隊員も余暇にVRゲームで遊ぶやつも多いですし、対応できなければ、できるまでやるだけですから」
「ああ、なるほど……」
そんな感じで、演習見学はわりかしスムーズに終わった。
尾上さんは軍人とは思えないほど砕けたタイプで話しやすい。
もちろん、仕事中はしっかりしているが、硬軟併せ持つ雰囲気だ。
こちらの砕けた雰囲気にも合わせてもらえるのはありがたい。
「その後、腕に発疹が出たとか、赤く腫れたなんてことはないですか?」
俺は腕を『ワータイガー』に食われそうになったと思われているからな。
「デザイナーズチャイルドってそういうことも有り得るんでしょうか?」
「いや、ないですよ。ただ、中裃さんは多少、変わり者ですから、実験体であれこれやったという話は聞きますからね」
「え?」
「はは、冗談ですよ。やったのは再生細胞の投入と延命措置くらいで、別に毒を仕込むみたいなことは許してませんから」
「延命措置ですか……」
「動物の遺伝子を素にしていると、どうしても短命になりますから、ナノマシン細胞でメトセラにアクセスして、三百年は生きられるらしいですよ。
まあ、それが証明される頃には、私はいないでしょうがね」
笑いながら言われても、それが人体にどういう影響を及ぼすのかは分からないという。
俺の場合、『ワータイガー』に傷つけられたりはしていないので、問題ないはずらしい。
俺は会社に帰ってから報告書を仕上げて、部長に提出する。
それを一読した部長は、電子署名を入れて、開発部に回した。
「会社内でも、今回の企画には前のめりだ。
開発部も専用のチームを作って人員を投入する予定だしな。
橋渡し役はお前なんだ。しっかり頼むぞ」
部長に励まされた。
柄にもないことをすると、また雪でも降りそうで怖いなと思いながら、俺は家に帰った。
最近は『リアじゅー』にログインした時に、スキルを丁寧に使うようになった。
意識すればうさぎの聴覚や熊の嗅覚も使えるようになってきた。
スキルを使う度に代価の流れや力の発現を意識することで、分かることが少しずつ増えていく。
例えば体力が代価となるスキル。
スキルのためのエネルギーは感覚的に言うと、銃弾のようなものだ。エネルギーを弾丸として放つと、空薬莢が身体の内に落ちる。もう一度撃つためにはその空薬莢に弾丸を込めなくてはならない。
イメージでしかないが、食事の時にそのことを意識すると少しだけ回復が早くなる。
イメージを持つか持たないかで、気持ち程度かもしれないが、回復に差が出る。
実生活においても、筋肉を鍛える時に、どの部分を鍛えるのか意識することで、効き目が変わるというが、回復なども全く同じことのようだ。
こういったことの積み重ねが、現実の超能力でも生きていく。
たまに朽ちた神社で練習をする時に、効率が変わるのだ。
おじいちゃん先生から言われて、現実と『リアじゅー』でスキルを入れ替えると、使えるスキルが変わるのかを試している。
変わるのだ。
確かに変わる。
今は現実でガチャ魂を入れ替える感覚を再現できないかと色々やっているが、成功率は一割に満たない。
さて、そこで今日の命題に移るとしよう。
今日は課金ガチャをしようと思う。
課金ガチャをやったのはキャラクタークリエイト時の一回だけだ。
コツコツ貯めて来た中の一部を課金に回す。
具体的には十連ガチャ、十回分。
ブランド時計がギリギリ買えるくらいの金額だ。
これを以て、俺はレベルをリセットするつもりだ。
狙いは回復系ガチャ魂。
おじいちゃん先生から、狙うならこれ一択と言われている。
静乃に相談したら、科学文明側に移籍する気はあるかと聞かれた。
科学文明側の方が回復系が出やすいという統計があるらしい。
残念ながら、所属を変える気はない。
所属を変えると一部のガチャ魂が封印されたりするらしいしな。
俺は、「ゐー……〈ふぅー……〉」と深く息を吐く。
さらば、ブランド時計!
「なにしてるピロ?」「グレン、暇ミザ?」「グレンさん、こんにちは!」「なんだか深刻そうですねー」
……なんで、こう間が悪いのか。
「ゐー……〈よ、よう、みんな……〉」
俺は仲間たちの顔を見回した。




