23〈はじめての夜フィールド〉
二話目です。
昼までに溜まった洗濯や家事を片付けて、人工合成食料を料理機でラーメンにする。
腹拵えをして、俺は『リアじゅー』世界へとログインした。
ログインすればいつものポータル前。
ふと見上げれば巨大モニターには明日、昼状況の時に『作戦行動』があるというインフォメーションがある。
基本的に土日は昼の晴天状況が多いらしいが一日に一度、時間は不定期で別の状況に切り替わるらしい。ただ、それ以外は終日昼の晴天状況だ。
今はシティエリア、『遺跡発掘調査』共に夜の晴天らしい。
このゲームを始めてから、初めての夜状況だな。
『りばりば』の秘密基地内は昼だろうが夜だろうが、雨でも雪でも関係ないんだが、出来れば『遺跡発掘調査』に行きたいと思っていたから微妙だな。
そういえば、暗視ゴーグルとか買えるんだろうか。
一度、『ロッカールーム』でアイテム整理をしてから『装備部』へと足を運ぶ。
二階のNPCショップで買えるかと思ったが、売っていなかったので三階へ。
「あら、グレンさん! こんな時間に珍しいですね! 」
レオナがいた。
「イーッ! 〈ああ、土曜日で予定もなかったからな〉」
「そうなんですね! あ、でも、煮込みさんが今日は夕方からログイン予定なんですよ……私も今日は店番がありますし……ええと、ムックさんに予定確かめますから、ちょっと待って下さいね…… 」
「イーッ! 〈いや、初心者講習は無理しなくていいぞ! 〉」
「いえ、ですが…… 」
「イーッ! 〈そんな急いでレベル上げがしたい訳でもないしな。それより、今日は暗視ゴーグルが欲しくて来たんだ〉」
レオナは少し逡巡していたが、どうにか呑み込んだらしい。
「そうですね……自分のペースで遊ぶのが一番ですし……あ、暗視ゴーグルですね」
そう言ってレオナが出してくれたのは幾つかある。
赤外線照射装置付きの物が一番安くて、100マジカ。
ほんの少しの明かりを増幅してくれる物が200マジカ。
熱源感知式の物が500マジカ。
超音波の反射を利用した物が1000マジカなど古い形式の物から新しい形式のものまで様々だ。
だが、俺が買ったのは魔法文明ならではの『闇を見通すモノ』という魔物がドロップする素材を使った暗視ゴーグルで、1万マジカする最新式のものだった。
この暗視ゴーグルは夜でも曇り空の昼くらいまで見通すことができ、真っ暗闇だとしても使えるという優れものだ。
ただし、とレオナが言う。
「シティエリアでの使用は禁止です。もしヒーローレギオンの手に渡った場合、技術流出になります。なので、誓約書への署名が必要になります」
俺は素直に署名する。
書面には、もし技術流出した場合、レギオンからの放逐も有り得ると書かれていた。
まあ、『遺跡発掘調査』でしか使う気はないので問題ない。
「イーッ? 〈他に夜間の『遺跡発掘調査』に必要なものってあるか? 〉」
「そうですね……夜間はモンスターも強力な相手が出たりするので、ポーション類は少し多めに持った方がいいかもしれませんね。
それと装備重量に10余裕があれば防具を着けるといいと思いますよ」
今の俺の装備重量は12で、『ベータスター』が重量1。
暗視ゴーグルは重量1となっている。
「イーッ! 〈ぎりぎり10あるな〉」
「でしたら、部分鎧はいかがですか?
全体で1~10点ほどのダメージを軽減する効果がありますよ。
お値段は1000マジカほどですが」
「イーッ! 〈おお、それを頼む〉」
どうやらこのゲーム、防具は重い上に値段も高くなってしまうらしい。
まあ、まだ23万マジカ近く持っているから値段はいいんだが、重さが厳しいな。
次の段階の防具であるモンスター素材を使った革鎧で重量が20、防御効果は5~15点しかないらしい。
しかし、防具は大事だ。
ただでさえHPは少な目だからな。
ありがたく装備させてもらう。
「防具類は見た目変更で効果だけ載せることもできますからね」
レオナに言われて、画面を思念操作してみる。
そういえば、シティエリア用の人間アバターのままだったな。
これも全身黒タイツに戻しておこう。
見た目をただの戦闘員にしておく。
これは自分の戦力を隠すってことなんだろう。
だんだん思考が『リアじゅー』に対応してきているのを感じる。
「あ、それとコレ、どうぞ! 」
「イーッ? 〈なんだ? 〉」
レオナから渡されたのは『ベータスター』に使えるだろうマガジンが二本だった。
「一応、お守りだと思って下さい。使い切りの特殊弾というやつです。
昨日、試作してみたんで、良ければ感想をお願いしますね! 」
レオナはともすれば妖艶にも見える笑みを浮かべて、説明してくれる。
一本は『毒素弾』で、状態異常〈痛毒〉で継続ダメージが望める。強敵に使ってみて欲しいということだった。
もう一本は、『超徹甲弾』で相手の防御を15点無視してダメージを与える。硬い装甲を持つ敵に効果が望めるということだった。
ありがたく使わせてもらう。
まだ試作段階の品ということで、お代はタダでいいと言われてしまった。
礼を言って、レオナと別れる。
二階に戻って、NPCドールのアカマルからHPとMPのポーションを補充する。
さらに方位磁石、マッピング用方眼紙、ロープなどの登山セットというのも買った。
おお、アカマルで思い出した!
疲労回復ドリンクを買って行こう!
───ミドリカさんによろしくお伝え下さい! ───
そう顔に文字を浮かべたアカマルの動きがやけにわちゃわちゃしていて、俺の中でピン! と来た。
「イーッ! 〈ああ、アカマルに教えてもらったと伝えておくよ〉」
───あ、いや、そういう意味で言った訳では…… ───
まあ、大丈夫だよ。と伝えて俺は『食堂部』へと向かう。
ミドリカというのは緑の花が肩に描いてあるNPCドールだ。
そのミドリカの屋台で疲労回復ドリンクを買う。
ドリンク一本で疲労が1~4ほど回復する。
一本2マジカで、がっつり20本ほど買っておく。
ちゃんとアカマルに教えてもらって買いに来たと宣伝しておく。
───まあ、アカマルさんが!? ───
「イーッ! 〈ああ、自分のところの睡眠ポッドより、ここのエナドリαの方が便利だろうってな〉」
ミドリカが照れたようなモジモジした態度を取っていた。
おや、コレって脈アリなんじゃないかアカマル? と内心ニヤニヤしつつ、俺はまた寄らせてもらうと言って、その場を後にした。
アカマルとミドリカの間で小さな恋の花が咲きそうな予感がするものの、しょせん俺は傍観者だ。
二人には二人のペースがあるだろうから、ゆっくりと見守らせてもらうとしよう。
さて、腹拵えしてから行くか、と屋台を見回す。
現実でラーメンを食べてきたのには理由がある。
簡単に言えば、食べ比べだ。
感覚設定『リアル』で飲ませてもらったレオナの紅茶に俺はいたく感動した。
ならば、他の食事の再現度はどうだろうと考えたのだ。
屋台でラーメンを買う。
食す。
……同じだ。いや、厳密に言えばこちらの方が少し美味い。
現代人の主食は人工合成食料(白い粉)だ。
それを調理機へと突っ込めば、昔から人が受け継いできた様々な食べ物が出来上がる。
味は天然物の材料と同じで、栄養価はバランス的にもバッチリという天然物より優れもの、ということになっている。
正直、天然物の食材なんて高くて買えないので味は分からないが、レオナの紅茶を飲んだ時、もしかしたら天然物ってこういう味なんじゃないかと思ったのは確かだ。
いや、分かっている。
今、俺たちが口にする人工合成食料は天然物よりも不味い。
じゃなきゃ天然物の食料ってやつが高価な値段で売られている訳がない。
感覚設定『デフォルト』で食べたモツ煮込みより、感覚設定『リアル』で食べたラーメンの方が美味い。
現実の人工合成食料製ラーメンより、『リアじゅー』内のラーメンの方が美味い。
だが、どうも違う気がする。
レオナの紅茶のような感動がない。
NPCドールの屋台だからなのだろうか?
だが、作る姿を見る限り、料理機ではなく、実際に料理しているんだよな。
しょせんは『ゲーム』だからか。
紅茶は天然物と錯覚するほどの再現度だが、工程が増えると現実より少し上ぐらいがせいぜいということか。
悩むことしばし、考えていても分からんという結論に至る。
後でレオナにそこら辺のことを聞いてみるか。
あわよくば、またあの紅茶が飲めないものかと考えながら、俺は『幕間の扉』を通って『破滅の森の砦』へと向かうのだった。
『破滅の森の砦』だ。
灰色の空に黒い星が浮かぶ。
薄らと世界は色づいていて、モノクロな世界に迷い込んだような気分になる。
これが『見通す瞳』で見る世界か。
道に飛び出した兎は薄茶色に見える。
「お、獲物発見! 」
シメシメ団員が先にターゲットしたようなので、俺は他に行こう。
ふと、背後を振り返る。
『幕間の扉』とそれに続く石壁。
この中には入れないんだったか。
まあ、時間はある。
壁沿いに行けるところまで行ってみようか。
壁を右手に眺めながら進んでいく。
森は壁までは来ておらず、拓けた野原が続いている。
野原といっても壁沿い10メートル幅くらいのもので、壁の角の少し奥からは森になっている。
これは反対側も見える限りは同じ状況だ。
とりあえず、角まで行って、奥を覗く。
同じだな。壁が続き、草の生えた空間があって森だ。
違いと言えば、『幕間の扉』含め、扉がないことだろうか。
一応、脇からモンスターや動物が飛び出して来ないか、気を張りながら進む。
真ん中くらいまで進んだ時、急に空気が重くなるような感覚がある。
重力が何十倍にもなったかのように、身体が重く、進めない。
「イーッ! 〈なんだこりゃ、重ぇっ! 〉」
四つん這いの格好になる。ならざるを得ない。
無言の拒絶をされているようで、非常にイラつく。
「イーッ! 〈負けるかぁっ! 〉」
ずりずりと手を伸ばし、無理やり身体を前へ。
ジッ……ジジッ……。
目に映るのは虚無。暗黒。
真っ暗闇さえ見通すはずの『見通す瞳』に暗闇が映る。
そこは境界線なんだと理解する。
世界の終わり。ここから先に世界は無い。
直感と言えばいいか。
俺は後退りする。
退る分には楽に身体が動く。反動で尻餅をついた。
荒く息を吐く。
なんだあれは。暗くて黒い、いや、何も無い場所。
何か分かりかけた気がしたが、錯覚か。
だが、今は何も考えたいとは思わない
ピコンッ! ヤバい、体力をかなり消耗した気がする。
ステータスを確認する。
えっ……HP、MP、体力、疲労、全てが半分以下になっていた。
慌ててポーション、食事、ドリンクであれこれを回復させる。
ぬおっ! 疲労回復ドリンク、美味い!
若干、薬臭かったり、苦味も感じるが、旨味と甘味と酸味のバランスが絶妙だ。
やはり飲み物は再現度高いのかもしれん。
おにぎりは、普通だ。
ポーション……いや、これは傷口にかける物で、飲み物じゃないからな。
少し、興味はあるが止めておこう……。
それよりも疲労回復ドリンクだ。『エナドリα』。
NPCドールの作った物なのに、レオナの紅茶くらい感動がある……。
いや、今は考えることではないな。
今、考えるべきは、これより先には進めないということだ。
それは身体が、いや、本能が理解した。
見た目的には、フィールドが続いているが、目の前1メートルも進めば、そこは境界線。
その1メートルは果てしなく遠い1メートルだ。
視線を横に転じる。
壁だ。とても高い壁だ。それはある意味、見える境界線だ。
森の木々より余程高い。
登る方法も思いつかないし、なんとか中を見てみたいとは思ったが、あの壁が本当に境界線だった場合、命懸けの無駄足だ。
素直に森でレベル上げをしよう。
壁の反対側にある森へと入る。
ここからはなるべくマッピングしつつ進もう。
それから、俺が気をつけるべきは、狼系の魔物だな。
奴らは群れで狩りをする。こちらは一人だ。
『ベータスター』なら銃弾1発でここらの狼系魔物は倒せるが、俺の武器命中は高くない。
なので、一匹で動いているような魔物を探す。
幸い、境界線近くで狩りをするやつは居ないようだ。
夜フィールドで視界も悪いからな。
まあ、『見通す瞳』装備の俺にとってはあまり関係ない。
さすが1万マジカの超高額装備だ。
デカい蛇、ドリルみたいな角を持つ猪、鉈剣みたいな爪の豹、人間の倍くらいあるナマケモノ……視界が確保できるって素晴らしい。
見えるのが凶悪度がん上げみたいなモンスターばかりでなければ、だけどな。
デカい系モンスターはこちらが先に発見できれば、いい的だ。
一度、ドリル猪の突進が掠っただけで、HPの九割持っていかれた時は、痛みでのたうち回ったが、狙いは俺ではなかったのか、そのままどこかへ行ってしまった。
おかげでHPポーションを使う余裕ができたので、不幸中の幸いだった。
なので、そこからは慎重に狩りを進めている。
上下左右前後、視力だけに頼らず、音や匂いにまで意識を配る。
たまにある特徴的な地形や目印になりそうなものを見つけては、大雑把に地図に書き込んでいく。
そして、また狩りを継続する。
モンスターを倒せば経験値が入るが、ドロップ品は拾う必要がある。
どこで倒すかも重要になってくるということだな。
他のモンスターが近い場所で倒した蛇など、魔石をドロップしたのに近づけなかった。
おのれ、群れた狼どもめ……。
約3時間ほど、夜の森で狩りを続ける。
途中、危ない場面もあったが、少しは慣れてきた気がする。
レベルもだが、肌感覚というのか、そういうものが多少は感じられた。
他のプレイヤーとかち合わないように動いていたので、かなり森の深いところまで来た気がする。
方向的には、ひたすら西進すれば黄色い道に出るはずだ。
帰りも慎重に進もう。
いっそ行きと同じ時間掛けるつもりで、マッピングしつつ進む。
突然、拓けた場所に出た。
森の中、なんだか既視感のある場所だ。
最初は『見通す瞳』のモノクロ分が強くて、よく分からなかったが、ここは薬草を取りまくったあの広場じゃないか……。




