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俺はおじいちゃん先生の病院に逃げ込むように転がり込んだ。
受付で震えながら、おじいちゃん先生に会いたい旨を告げると、おじいちゃん先生はすぐに時間を取ってくれた。
前に話をした小さな会議室のような部屋で待っていると、おじいちゃん先生がやってくる。
「どうした? 顔色が悪いな」
「先生……」
「はじめてここに来た時みたいな顔してるな。
まあ、あの時はもっと顔がボコボコだったか。
殴った相手の打ちどころが悪くて、頭からビュービュー、血を流していた時だったからな……」
相手を殺してしまったんじゃないかと怖くなって、近場のここに慌てて運び込んだ時だ。
あの時は先生にこっぴどく叱られた。
「すんません……関わるなって言われてたのに……どうしても気になって、壬生狼会の子たちが亡くなった場所に……」
「やっぱりか……止めても無駄だと思っていたが、そういうところは変わらないな……」
俺はそこにまだ『マギシルバー』が居たこと、それから警察と軍の特務部隊というやつらが来ていたこと、『マギシルバー』を助けるどころか、怖くなって逃げ出したことを話した。
「大人になったなあ」
おじいちゃん先生が遠い目をする。
「いや、もう四十越えたオッサンだってば」
前にもこのやりしなかったか? と思いながら、反論すると、おじいちゃん先生は急に俺を見た。
「怖さを知るのが大人だ。だが、その上で踏み出していけるのが肩パッドと呼ばれる闇の堕天使様じゃないのか?」
「え?」
「灰斗……小さくまとまるな。
私が夢を託した闇の堕天使様は、戦場に輝く小さな明けの明星だ。
大人になったというなら、踏み出す勇気を見せてみろ!」
小さくまとまる……。
俺は小さくまとまろうとしているのか。
今まで、無茶は程々にしとけ、とか、いい加減落ち着け、とか言ってきた、おじいちゃん先生の言葉と正反対のように感じる。
だが、苦言を呈するように絞り出されていた今までの言葉と違って、おじいちゃん先生は真っ直ぐに俺を見ていた。
怖さを知って、なお踏み出す勇気、か。
「軍や警察の中で暴挙に出なかったのは正しい。
お前はまだその超能力を持て余しているだろう。
だが、その超能力を十全に使えるなら、軍隊が怖いとは思えん。
『REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPG』の中のお前はもっと自由で、何者にも挑んでいけるだけの力がある。
きっと、捕らわれた超能力者たちを解放できるのは、お前なんじゃないか……私はそういう気がしてならないよ」
白せんべいの言う自分の中に湧き上がる『使命感』は分からないが、このまま『マギシルバー』が捕らわれていることを知りながら、怖い、怖いと逃げ続ける自分を想像すると、どうにも我慢ができなかった。
ふと、父の言葉を思い出す。
普段は顔ひとつ見せず、自由気ままなアイツが目の前に現れた時、この口中に剣がなければ、この身体を縛る鎖がなければ、引き裂き、噛み殺してやれるのにと思うと、なんとも心の奥底が疼く。
そんな父が俺の前に現れた。
キザな帽子に仮面なんか被りやがって……。
匂いで分かるぞ、お前が誰なのかはな。
やあ、息子、元気にしてるかな?
殺す! ぜってー殺す!
俺は瞳に殺意を漲らせ、アイツを睨む。
うんうん、元気そうだね!
何、言ってんだ? お前が俺たちをこんな風に作らなきゃ、こんな目に会うこともなく、お前はどうでもいいが、母さんと兄妹、四人で静かに暮らしていけてたはずなんだ!
魂の奥の焔が熱気を帯びて、どす黒く染まっていく。
おや、その顔はどうやって僕を食い殺そうか、必死に考えている顔だね。
なんで俺たちをこんな風に作ったんだーとか、本当なら家族で慎ましくも優しい世界に生きて行けたはずなのに〜とか考えているんだろう?
だが、残念なのは僕だって同じだ。
僕が持っている『理』を知っているかい?
『終わり』だよ。『終わり』。
僕が望んでこんな『理』を持っていると思うかい?
全ては人が望んだことだ。
人が望むからこそ、僕は『終わり』になって、人が望んだからこそ君たちはそういう風に生まれた。
子が親を選べないように、親もまた子を選べないのさ。
さて、そこで取引だ。
親でもなく、子でもなく、この世界に『理』を持つ者同士としてのね。
僕は君たちを解放する。
君たちはあの神々を好きなだけ殺す。
ただし、僕は最後だ。
君のデザートさ。
それとも、神殺しは怖いかな?
人々の心は離れ、下手したら君は消えてしまうかもしれない。
自分が消えるのは怖い?
消えるわけがない。何故か俺にはその自信があった。
ははは、その顔は了承と取っていいのかな?
まあ、君たちのデザートになるには少々、ボロボロだけど、そこは勘弁してくれよ。
これでも、僕は僕なりに父として最後にできることをしようとしているからね。
そう言って帽子と仮面を脱いだ父は、見るも無惨な姿だった。
頭から被った毒液に髪のほとんどは溶け落ち、顔は判別できないほどに爛れていた。
こんなだから、許してくれなんてことは言わないよ。
君たちが拘束され、追放され、少々ムカついたから、神々に子を失くす恐怖を思い知らせて、事実を突きつけてやった結果だからね。
正論ってのは怖いよね。神々ですら、冷酷で残酷な焔に変えてしまうんだから。
命乞いのつもりか?
俺たちの復讐をしたら、自分も復讐されただけじゃないか。
ちゃんと勝てる戦いをしないのが悪い。
もちろん、命乞いなんかじゃないよ。
ただ、僕をデザートにするなら、早くしないと先に死んじゃうぞって発破かけてるのさ。
さあ、君の『理』を解放しよう!
……………………………………………………………………。
ああ、まただ。
怖いのは何も成し遂げず消えること。
いつも、俺はそれを忘れる。
命の使い道は自分で決めるんだ。
……勝てる戦いか。
俺はおじいちゃん先生に白せんべいから聞いた、ガチャ魂酔いが強く出てしまった、いわゆる超能力者予備軍とでもいう集まりがあることを伝えた。
「近々、その子たちとも会わないといけないね」
色々と調整は必要そうだが、なるべく早めに連れて来ると約束して、俺は帰った。
その日から、幾らか平和な日々が続く。
ことが起きたのはそこから二度目の金曜日だった。




