237 side︰グレン〈現実のマギシルバー〉
金堂くんから聞いた連絡先に電話をかけてみる。
不通だ。まだ拘留中のようだ。
仕方なく別の情報を探ることにする。
マギシルバーらしきヒーローは、未だ捜索中と配信ニュースにあった。
また、監視カメラの映像が流れている。
道路だ。
壬生狼会の集会場所である郊外のパーキングエリアへと向かう途中のようだ。
標識の並びと背景に見覚えがある。
どうする? 行ってみるか?
ふと、白せんべいとの会話を思い出す。
「……聞きたいんだが、マギシルバーは既に政府の手に落ちているんだろうか?」
そうだ。そういう可能性もある。
個人の力でこんなバイクの突進を受け止められるほどの防護能力を持たせた鎧の開発は可能なんだろうか?
軍の払い下げ品を漁れば、できそうでもあるし、できなさそうでもあるという微妙な所な気がする。
専門家ではないので、詳しい部分は分からないのがなんとも、もどかしい。
ただ、怖い方の想像をすると、結構、悲惨な未来しか見えて来ないんだよな。
例えば、これが、俺の最初の想像に合わせて起きていた場合。
『リアじゅー』内で『マギスター』が崩壊したことによって、『マギシルバー』が現実を見失う。
軍部の払い下げ品を集めて、それをコスプレ化、街のヒーローとして、目に付いた暴走族を殺して回ろうとしている。
だとすれば、精神的にかなりヤバいことになっているかもしれない。
逆に、これが政府に捕まった超能力者の成れの果てだったりすると、強迫観念の末の洗脳で、あの鎧は最新式の防護機構を備えていて、現実とゲームの境目が分からなくなった結果、凶行に及んだ。
どっちにしろ、自我崩壊しているようにしか見えない。
近づくべきじゃない。
結論は一択しかない。
でも、『マギシルバー』は同じ『リアじゅー』仲間であり、やはり、拳を交えた仲なんだよな……。
ダメだ、ダメだと思いながら、俺はロボットタクシーに乗っていた。
自動運転ナビが問題の場所に着く直前、警告を発する。
「コノサキ、ドウロ、フウサチュウ。
ウカイロ、ケンサク、チュウシュツ……ゼロケン。
モクテキチニ、トウタツデキマセン」
そうか、事件現場なのだから当然だ。
車を停車させて、俺は途中から歩くことにする。
周囲五百mほどが封鎖範囲になっているらしい。
ロボパト〈ロボットパトカー〉のウインドウディスプレイには大きく迂回路と書かれていて、封鎖範囲の出入りは制限されている。
ロボパト一台の封鎖範囲は半径五mほどなので、民家の敷地を失礼すれば内側に入れる。
昔、とった杵柄というやつだ。
おそらくこの辺の住人は避難しているかもな。
部屋の生活音が聞こえない。
代わりに聞こえるのは警官たちの叫び声だった。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」「やめろ! 生け捕りにというお達しだ!」「このままじゃ、誰か死にますよ!」
おそらく、『マギシルバー』はまだこの辺りにいる?
状況からして『マギシルバー』だよな?
捜索中とニュースでは言っていたが、どうやら情報が錯綜しているか、制限されているかのどちらかなのだろう。
警官は見えるが、マギシルバーらしき姿は見えない。
場所が悪いな。
俺が移動しようとした時、一般車輌に見えるトラックが封鎖区域に入ってきた。
トラックの助手席からは背広組の男が、後部からは完全武装の男たちが出て来る。
背広組の男と警官隊の責任者らしき男が話している。
何を話してるんだ?
声が聞きたいと思うと、俺の頭頂部にMPが集まっていくのが分かる。
なるほど。
「ゐー!〈【エレキトリックラビット】〉」
俺の頭からふさふさなうさぎ耳が伸びた。
「……あんたら何なんだ!」
「陸軍第二一○特務部隊です。今からここは我々が受け持つことになりました。こちら、総理からの委任状です。お確かめ下さい」
「いや、おい、そんな紙切れ一枚で……」
「警官隊はただちに引いていただいて、余計な邪魔だけ入らないようにしていただければ大丈夫ですので。
ああ、実務部隊は、予定通り、展開しちゃって下さい」
「ふざけんな! もう仲間が何人もやられてんだ。俺らに交通整理だけしてろって言うのか!」
「ああ、手柄はそちらのもので結構です。
我らは現物だけ持ち帰れればオッケーですので……」
「現物……容疑者をかっさらわれて、何が手柄だ!」
「警備部長さん、反論がおありでしたら、然るべき手段で書式にてご提出を。
ここだけの話、ここで引いて、手柄だけもらっておいた方がいいですよ。
二階級特進者を出したいなら別ですが」
「ぐっ……くく、クソっ……」
陸軍の特務部隊とやらは整然と進行を開始する。
SWATチームみたいなものか?
「隊長、感アリ、前方十一時、三百メートルです」
「半包囲、発見次第、パルス弾でスーツの動きを止めろ」
「「「了解!」」」
まるで、弱点は分かっていると言わんばかりの物言いに、色々と疑問が湧く。
最悪の予想のパターンかよ。
なんとか近づけないかと、隠れながら移動を試みる。
機動隊らしき警官たちが引き上げてきて、邪魔だな。
警官をやり過ごし、なんとか近づいてみると、『マギシルバー』に何発もの銃弾が当たっているところだった。
グレネードランチャーの射出機のような銃から出た銃弾は、小さなヨーグルト飲料容器のような形をしていて、『マギシルバー』に当たると弾頭から、バチバチと音を出して、その度に『マギシルバー』が苦しそうに身悶える。
「撃ち方やめ! 急ぎ鎮静アンプルを!」
近づいた特務部隊員が、ヒーローたちが良く使う、腕のアンプルボックスを開いて、そこに濃い緑色のアンプルを差し込む。
「よし、運ぶぞ!」「結構、楽勝でしたね」「十名以上殺して、機動隊相手に大立ち回りした後だからな。エネルギー切れってやつじゃないか?」「そもそもなんでこんな暴走を?」「知らんよ。知る権利もないしな。ただ、研究所の奴らに嫌味のひとつくらいは言いたいところだがな……」
俺一人でなんとかなる状況じゃない。
『マギシルバー』は政府の実験動物か何かのような扱いだ。
おじいちゃん先生の話が、急激に現実味を帯びてきて、背筋に冷たいものが走る。
なんなんだ、この状況。
俺もバレたら、『マギシルバー』と同じ、実験動物行きなのか……。
俺はそっとその場を後にする。
ダメだ。どうしたらいいか分からない。
ロボットタクシーに乗った俺は、行き先をおじいちゃん先生の病院に設定した。




