234〈はじめての野良フィールド〉
野良フィールドはどうやって行くんだろう?
分からないので、レオナに聞いてみる。
レオナにメッセージを送って合流する。
「野良フィールドですか……」
「ゐー!〈ああ、どう行くんだ?〉」
「ええと、グレイキャンパスのことは……?」
「ゐー!〈ラグナロクイベントに入ったとだけ聞いている〉」
「なるほど……行き方としてはふたつありまして。
ひとつは幕間の扉から、第零フィールドをオプションで選ぶことですね。
こちらは誰が通ったか各レギオンで確認できます。
野良への装備供給や宣伝なんかで使うのが基本です。
もうひとつは『シティエリア』で誰にも見られずに外から扉を潜る時に不可視化された自分の画面オプションから第零フィールドを選択して、扉を潜ると行けます」
「ゐー!〈なんだその都市伝説みたいな行き方!〉」
「今はどこでも監視の目がありますから、なかなか難しいんですよ。
主に秘密裏に今のレギオンを抜けたい時なんかに使われます。
いわゆる、脱走というやつですね」
これは怪人レギオンからヒーローレギオンに所属を変えたいプレイヤーが使う方法なんだそうだ。
一番、チャンスがあると言われているのが、ビルの屋上らしい。
ビルの屋上にも監視カメラがあるのが普通だが、肝心なのはプレイヤー、NPC、双方の目が無いことで、監視カメラに撮られていてもそれを見ているキャラクターがいなければ、第零フィールド、通称、野良フィールドに繋がるという仕組みらしい。
「見るだけというなら幕間の扉を使いますか?
ただアイテム制限があるので、そこだけ少し面倒ですけど……」
脱走防止策があるらしい。
まあ、脱走したい訳ではなく、状況が知りたくて、他の野良プレイヤーなら少しでも知っていることがあるかもしれないとの考えから、野良フィールドに行ってみようと思っただけだ。
聞けば野良フィールドは性質的には『シティエリア』に近い。
使える通貨はゴールドだけで、持ち込めるのは素材と基本的なポーション、後は『シティエリア』で流通する程度の武器だけだ。
死亡時のアイテムドロップ率は『シティエリア』準拠で、野良フィールドで死ぬと持っていたアイテムは高確率でロストする。
これらのアイテム制限も脱走防止と技術流出を防ぐ意味合いが強いらしい。
レオナが案内を買って出てくれたので、改めてアイテム整理をしてから、レオナと『幕間の扉』を潜る。
霧深い場所だ。
「そこまで広いフィールドではないんですが、とりあえず小川を探しましょう」
前方5メートルほどしか見えない。
レオナによれば、水の流れを遡れば『野良の街』に着く。
『野良の街』には、野良プレイヤーたちが使う『幕間の扉』があるんだそうだ。
そこを中心に野良プレイヤーたちは集まる。
実はこのフィールドは魔法文明側のフィールドと科学文明側のフィールドで二分されていて、フィールド中央には扉が並んでいるらしい。
同じ扉を三日間、現実世界の同じ時間に開けると隣のフィールドに繋がる。
つまり、普通に脱走しようと思ったら、最低三日はこの野良フィールドに留まらないといけない。
中央扉を開け閉めするプレイヤーを見かけたら、まずは殺すのが基本ということになっているらしい。
敵側に行く意志を見せるのなら、斬り捨て御免となるというのが、なんとも言えない。
殺伐としているなあ、と思ったが、『野良の街』のプレイヤーの顔は明るい。
負け犬プレイというのは俯瞰で観ると面白い。
普段は吐けない弱音を思う存分吐けたりする。
話しかけてみる。
「ゐー!〈すまないが、グレイキャンパスについて何か知らないか?〉」
「ん? アンタりばりばか?
おいおい、言語スキルくらいつけて来いよ」
「すみません。彼は持ってないんですよ」
「うお、才女様!
え? 言語スキルを持ってない?
くそ、おいしいなソレ!」
俺もやろうかな、言語なしプレイ、などと呟く男は自分の落ちぶれ具合を気にしていた。
レオナに相変わらずの通訳を頼んで、もう一度、同じ質問をしてみる。
「ああ、グレイキャンパスね。今、ヒーロー側でイベントやってるって聞いたな。
でも、こっちは関係ないし、何人かはこっちにいるぞ。
ほら、あのモヒカン筋肉だるま、アイツはグレイキャンパスだぞ」
男は西部劇に出てくるような飲み屋でウイスキーを煽っていた。
俺はそいつに近づく。
「ゐー!〈なあ、あんたグレイキャンパスなんだって?〉」
「ああん? あ、グレ……か、肩パッド!」
どうやら俺のことを知っているらしい。
ついでに言語スキルも伸ばしている、と。
「ゐー!〈俺のことは知っているみたいだな。SIZUか?〉」
「ちっ! 厄介なのに見つかったぜ……」
男の視線が泳ぐ。
「ゐー?〈厄介? そりゃどういう意味だ?〉」
「あー、いや、なんでもねえ。気にすんな」
また男の視線が泳ぐ。
「ゐー?〈それで、なんで俺の名前を知っている? SIZUか?〉」
「ああ、そうだよ……」
「ゐー?〈あんたの名前は?〉」
「白せんべいだ」
「ゐー?〈あんたが白せんべい? いや、本当に!?〉」
「あんだよ……俺が白せんべいじゃ悪いか?」
「ゐー!〈いや、でも、そうか、すまない。リアルでのあんたを見たことがあってな〉」
「うっ……そうか……こっちが俺の真の姿だ。
覚えときな!」
急に強気になる白せんべいは必死に取り繕っているように見える。
「ゐー……〈お、おう……そうか……〉」
「それでなんだって?」
そうか、こいつが白せんべいか。
こいつが白せんべいなら聞きたいことが増えるな。
しかも、レオナには聞かせたくないリアルでの話だ。
とりあえずは当初の目的を聞いておこう。
「ゐー?〈イベントの方はどうなんだ?〉」
俺が聞くと、また白せんべいの視線が泳ぐ。
いや、泳ぐというより、何かを目で追っている?
「ゐー!〈そうか、不可視化してSIZUとチャットか!〉」
イベント中なのに余裕だな。
「……」
白せんべいが黙る。視線だけは動いているから、チャットに集中したのだろう。
「あー、負けてる……」
視線を上げて、白せんべいが答えた。
「え、負けてる?」
そのひと言にレオナが反応する。
「問題ないな。俺たちは元から底辺だ。それに一回や二回負けても、負けにならないシステムがあるからな。
戦争もラグナロクも、仕掛けて来る方がバカを見ることになってんのさ」
「それはどういう意味ですか?」
「さすがにそれは教えられんよ。それくらい才女様なら分かるだろうが」
負けても問題ない?
仕掛けた方が損をする?
そもそも戦争イベントをすっ飛ばして、いきなりラグナロクイベントに入ったり、夜通し戦う状況ってなんだ?
「ゐー?〈何かのチートか?〉」
「おい、言いがかりはやめてもらおう。
言っとくがウチはホワイトなレギオンだ。
全部、システムに則ってやってる!」
「ゐー?〈もしかして、ラグナロクイベント自体に何か抜け道があるのか?〉」
「ありますよ」
レオナが答える。
「ゐー?〈あるのかよ。どんな?〉」
「簡単に言えば、基地に直接攻め込まれたら、ラグナロクイベントが発動します」
「なんで知ってんだ?」
今度は白せんべいが驚いた。
「あるところで経験しましたから」
レオナが無機質に答えた。
だが、これで夜通し戦ったことと、いきなりラグナロクイベントに突入したことの答えは分かった。
『グレイキャンパス』は基地に攻め込まれたのだ。
ただ、そうなると白せんべいがここでリラックスしている意味が分からない。
負けても問題なくて、仕掛けた方がバカを見ることの意味が分からない。
いや、待てよ……そもそも、『グレイキャンパス』の基地はヒーロー側の第零フィールドにあったのか?
確か、野良レギオンは全て手作りだったはずだよな?
「ゐー?〈もしかして、基地ってひとつじゃないのか?〉」
「ほう……そうなるか……何故、そう思う?」
「ゐー!〈ここが一番底辺なんだよな? そして、グレイキャンパスは底辺のレギオンなんだろ。
だとすれば、自分たち専用の世界ってのは、ないんじゃないのかと思ったんだ。
全て手作りで基地を作るなら第零フィールドしかなく、しかも科学文明と魔法文明に傭兵をするのなら、どちらかに基地があるんじゃダメだ。なにしろ、所属を変えるのに三日掛かるんだろ。
それなら、基地がふたつあればいい。いや、もっとあってもいい。
グレイキャンパスにボスNPCはいない。
それを持ち回りしているんだったよな?
つまり、ボスの地位は受け渡しが可能だ。
ラグナロクイベントの勝利条件はボスを倒すこと。
そのボスが自分たちが行けない場所に居たら?
簡単には負けないし、負けても問題ない。
失うモノがない。
ラグナロクイベントは、勝つために全員が全勢力を傾けるため、まともにレギオンとして動けなくなる。
つまり、仕掛けた方は、決着するまで動けないから、結果的に損をする。
そういうことじゃないか?〉」
「ぬあっはっはっ!
さすがの洞察力。SIZUみたいだな」
まあ、当面の心配はなくなったからヨシとしよう。
「ゐー!〈まあ、アイツに鍛えられているからな〉」
言いながらフレンド申請を投げておく。
「おや、これは……ふん、良かろう。白せんべいだ」
お、承認されたか。
「ゐー!〈グレンだ! よろしく!〉」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼もう!」
『グレイキャンパス』は実体のない粘菌みたいなレギオンか。
根こそぎ焼かないと、すぐに復活する。
魔法文明側は手を出さなくて正解だ。
俺はすぐにも白せんべいのリアルに言及したかったが、なんとか堪えてその場を後にする。
レオナに余計な心配をさせたくないからな。
静乃もツラい思いをしているようではなくて安心だ。
たぶん、無駄に攻撃してくる奴らを見て、ほくそ笑んでいるんじゃないか?
俺はレオナと『りばりば』に帰る。
「問題なさそうでしたね」
「ゐー!〈潰される覚悟はしているとか聞いていたから、心配だったが、杞憂だったな〉」
「ふふ……従妹さん、大切なんですね」
「ゐー……〈いや、いちおう、血の繋がりがあるしな……〉」
「たぶん、従妹さんも喜んでらっしゃいますよ」
「ゐー?〈どうだろうな? また馬鹿な心配をしてって笑われてるかもしれんが?〉」
「だとしても、喜んでますよ」
そうかな? そんな他愛もない話をして、レオナに礼を言ってから俺はログアウトするのだった。




