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静乃にレポートを送って、いつものように多少のやりとりをしてから寝た。
明日は静乃も『作戦行動』があるらしい。
ぶつかりたいような、ぶつかりたくないような、複雑な気持ちにさせられた。
静乃も俺も、『作戦行動』をどこでやるとか、そういう情報は漏らさなかった。
当たった時は当たった時のお楽しみだからな。
日曜の朝になる。
朝からスーツを買い、キャンプ道具を揃え、知り合いの農家さんのところに向かう途中の山でスキルの訓練をする。
持ち主不明で周りに民家もないような山だ。
自然の中で拓けた場所を見つけた。
朽ちた神社だった。
雑草が生え、忘れ去られたような場所。
どこの神様か分からないが、いちおう、場所をお借りしますと拝んだ。
「さて……」
呟くものの、誰もいない。
俺は記憶の中のスキルを使用した感覚を必死に現実へと引っ張ってくる。
「回し蹴り!」
ぶん! と風を切って、俺は身体を捻って蹴りを放つ。
……何か違う。
これはスキルじゃなくて、普通の回し蹴りだ。
スキルの【回し蹴り】は範囲攻撃で、身体の使い方がもっとこう、絞り出すような感じなのだ。
対象がいないからだろうか?
近くの木の枝に落ちている棒をロープで結びつけて、仮想敵を作る。
「回し蹴り!」
こーん! と良い音がするが、やっぱり違う。
まあ、一回で狙ったところを蹴れたのは自画自賛したいところだが、そうじゃない。
こういう普通の動きだと分かりにくいのかもしれない。
MP技なら分かりやすいか。
「エレキトリックラビット!」
ゲーム内で覚えた感覚を頼りに雷撃を放つべく、身体の奥底から湧き出るMPを動かそうとしてみる。
俺の叫びは虚しく木霊した。
少し冷静になる。
俺、何してんだろ……。
例えば、人気のない山に入り込み、キャンプ道具持参で『かめ○め波』と叫ぶ男。
いかんな……だいぶ、ヤバい……。
俺だ。
例えばも何も、それは俺だ。
おじいちゃん先生と約束したから、やるつもりだが、成果が出なかった場合、俺はヤベェやつだ。
頼む……何か、成果出てくれ! と願わずにいられない。
そうだ、せっかく神社があるんだ。
曲がった額を整えて、御神体らしき鏡を服の袖で磨き、外れかけの扉は今度直しますと約束して、お賽銭はデジタルキャッシュじゃダメな気がするので、持ってきたペットボトルの水をお供えして願う。
お願いします。このまま行くと自己嫌悪で俺は潰れてしまうかもしれません。
何か成果を……何卒、成果を下さい……。
懇願する俺の口から、戦闘員語〈古代〉が漏れていた。
「ゐー……〈そうか、これなら……〉」
誰もいない、寂れた神社の境内で俺の発する奇声が木霊する。
頭の頂点からMPが抜ける感覚がある。
それが耳の毛皮の間で増幅され、空へと突き抜ける。
まるで、動線でも引いたかのように不自然に飛んだ雷撃が吊るした枝を消し炭にした。
おお、あぶ、あぶ、あぶねえ!
枝から出た炎がロープを炙り始めて、慌てて俺は予備のペットボトルの水をかけた。
じゅうっ、と火が消える。
俺は誰だか分からない神様に感謝した。
なるほど、普段と違うやり方じゃ、超能力は発現しないわけだ。
理解したので、とりあえず、頭のうさぎ耳を動かしてみる。
ぴる、ぴるる……とうさぎ耳が動いているのが分かる。
おお、自分の耳とうさぎ耳で耳が四つある。
普通の耳で聞こえる音とうさぎ耳で聞こえる音が違う。
普通の耳で聞こえる音の中でうさぎ耳を向けたところの音がより大きく聞こえるという感じだ。
ちょっと面白いが、段々と脳が疲れて来るのが分かる。
慣れてなくて、情報の処理に脳がフル稼働しているような感じがする。
触ると分かるが、うさぎ耳はふかふかで、しかも熱を持っている。
ヤバいな。これは引っ込められないか?
必死にどうやったら引っ込むのか考えてみたが、結論として、流れているMPの感覚を閉じるとうさぎ耳が引っ込むようだ。
はたと気付けば、昼を過ぎている。
ここから帰って、あれして、これしてと考えると、あまり長居はできない。
腹も減ったしな。
俺は待たせていたロボットタクシーに乗って、家に帰った。
昼飯は丼もので簡単に済ませる。
何を食べても必要な栄養素が取れるのはありがたいが、粉から直接、料理を作ると、やはり画一的な味になってしまい、あまり食べた気がしない。
昔はこれで満足だったのにな……。
やはり、ガチャ魂酔いの影響だろうか?
いや、これは天然食材の味を知ってしまったからな気がする。
なんでもかんでも『リアじゅー』のせいとか考えていると、純粋に楽しめなくなりそうだしな。
ちょっと、気持ちを切り替えていこう。
必要なことを終わらせた俺は、それからログインした。




