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土曜日の朝になる。
俺はおじいちゃん先生の病院に電話を入れた。
すると、おじいちゃん先生はなるべく早く来るようにと言ってくれた。
俺は身支度を整えると、おじいちゃん先生の病院へと向かう。
車内のニュースでは人工の浮島『ガイア』計画がいよいよ本格化しそうだという話が流れている。
病院で名前を伝えると、看護師に会議室のようなところに案内される。
しばし、待つ。
おじいちゃん先生がやって来て、折り畳み椅子に、どっかりと座る。
「……それで、相談ってのは?」
「この前言っていた、スキル。使えるかもしれない……」
「ふむ……そうか……」
「昨日、仕事で隣県との境の辺りに行ったんだ……」
俺は説明する。
正直、自発的に使える訳でもなく、ここ数日で必要な時に必要なスキルを使ったように感じるという程度の話だ。
「これって俺の脳がゲームと現実を混同して、錯覚を起こしているだけなのかな?」
「……そりゃ、お前さんの願望だろ?
超能力であって欲しくないというな。
それにしても遺伝子組み換え人間と会ったとはな……」
おじいちゃん先生は腕組みをして唸る。
「具体的にはどんなスキルが発現したと思うんだ?」
「ええと……一番感じるのはロンリーウルフってガチャ魂の【野生の勘】だと思う。危険が迫ると、赤いラインが見えて、その危険がどういう動きをするのか分かるんだ……」
おじいちゃん先生はメモ帳を取り出して、ミミズののたくったようなメモを取り始める。
「それからラビット系のスキルというか……身体が変異するのがあるんだが、錯覚じゃなければ、とあるオフ会に参加した時、頭にうさぎ耳が生えて、聞こえないはずの声が聞こえた気がする……」
「ほう……そんなスキルがあるのか……」
「先生もやってるんだろ?」
「いや、基本的にはエンジョイ勢だからな。
戦いを中心にするガチャ魂は詳しくない」
そうか、お孫さんと遊ぶためのVRゲームだもんな。
「戦うためのガチャ魂は全部、課金ガチャで手に入れたしな。おかげでこの前のラグナロクイベント以来、ようやくレベル上げの楽しみを実感するようになったよ」
「ラグナロクって、りばりばとマギスターの?」
「ああ。孫がな。義憤に駆られて参加するというから、保護者としてほっとく訳にもいかん。
まあ、結果的に私も随分と無茶をしたよ」
「先生がねぇ……」
「ほら、私のことはいいから、続けて……」
「ああ。うさぎ耳はたぶんエレキトリックラビットってガチャ魂のスキルのやつだとは思うけど、本来は耳が良くなるスキルじゃなくて、耳を中心に雷撃を放つスキルなんだ。
だから、もしかしたらこれは錯覚かもしれない」
「まあ、スキル的に肉体変化をもたらすのならば、指向性聴覚のような力があってもおかしくはないだろう」
「それから……蠍の尻尾」
「蠍の尻尾!?」
おじいちゃん先生が驚く。
まあ、そうだよな。蠍の尻尾が生えて無自覚とか、普通に考えたら変だよな。
ただ、それこそラグナロクイベントの後みたいに記憶に靄が掛かって、半ば夢現な状態だから、はっきり使ったとは言えないんだよ。
だが、おじいちゃん先生が引っかかったのはそこじゃなかったらしい。
「まるで肩パッド様みたいな構成だな」
「ああ、知らんやつからはそう呼ばれてる」
「なにっ?」
「いや、だから、先生だから言うけど、肩パッドってのが俺だ」
「お……な……か……」
「おなか?」
「いや、ちょっと待て……」
おじいちゃん先生は立ち上がると、会議室を出ていった。
す、少し落ち着いて来るから、待っててくれと言うので、素直に待つ。
おじいちゃん先生は話からするに『りばりば』所属みたいだしな。
『りばりば』内じゃ、俺もそれなりに有名人だから、色々と思うところがあるのかもな……。
派手にやってるってことは、それなりに敵も味方もいるってことだ。
まあ、おじいちゃん先生は医師として、そういうところに私情を挟むタイプじゃないはずだ。
これも俺がそう思いたいだけか?
少しして、おじいちゃん先生がマグカップをふたつ手にして、戻って来た。
お茶を入れて来たらしい。
「とりあえず今は、昔から知ってる灰斗として扱うからな」
「あ、ああ……その方がありがたい。
それで、さっきの続きなんだけど……たぶん、壬生狼会とやりあった時、途中で蠍の尻尾が生えた……んだと思う。それで誰かをぶん殴ったような気がする……」
「そのスキルなんかは、自分で使おうと思って出せるのか?」
「やったことねえから分からねえ……」
「一度、やってみろ」
「どうやって?」
「そんなもん、ゲームと一緒だろ、ほれ!」
言っておじいちゃん先生はポケットの中から何かを取り出して、俺に向かって投げた。
「ゐーっ!〈【緊急回避】!〉」
俺は部屋の隅で椅子に座った態勢で瞬間移動して、すっ転んだ。
ガタガタンッ! と大きな音が出る。
「……今、跳んだのか?」
会議室の扉がいきなり開いて、看護師が顔を覗かせる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、気にしないでいい。仕事に戻って」
「はあ……。他の患者さんもいますから、あまり騒がないで下さいね」
「ゐー……あ、はい……すみません……」
地面には、おじいちゃん先生が投げた指人形が転がっている。
なんで、そんな物を……と思ったが、子供の診察時に必要になるんだそうだ。
看護師さんが出ていって、俺は椅子を引いて、座り直す。
「瞬間跳躍したな……」
「……」
俺は何も言えなかった。
おじいちゃん先生は、体を前のめりにして、声を細める。
「いいか。なるべく超能力は使うな。
詳しく説明するのは不可能だが、今、超能力者は狙われている。
政府による超能力者狩りだ」
「は?」
おじいちゃん先生はあくまでも真面目な顔で言う。
「突拍子もない話に聞こえるかもしれんが、事実だ。
一週間前くらいに超能力者のニュースがあっただろう?
アレに出てきた人は、今、全員が政府の研究機関に収容されている。
政府が何をしているのかは知らんが、まともな生活は送れていないだろうな……」
「いや、なんでそんなこと……」
「これでも、脳の研究では第一人者だからな。
政府から超能力研究に協力して欲しいと打診があった。
孫の方が大事だから、政府には後輩を勧めておいたから、具体的なことは後輩に聞かにゃならんが……捕まって実験台になりたくはないだろう?」
「じゃあ、ネットで囁かれている陰謀論は……」
「八割嘘だ。だが、残りの二割には……」
「そ、それで先生……俺はどうしたら?」
「何もするな。超能力は使わず、普通に生活しろ」
「もしかして、AグループとかBグループってやつか?」
「なんだそれは?」
「昨日、ワータイガーに会った話はしたろ。
その時会った研究者ってのが、愚痴を零してたんだ……ええと……」
俺は持ち歩いている名刺入れから、その名刺を取り出す。
「こいつ。中裃ってやつ」
「中裃……遺伝子工学が専門か……」
「そいつが話してたんだけど……」
俺はその辺りを覚えてる限りで説明する。
「ふん……こりゃ兵器運用を考えてるな……」
「へ、兵器?」
「国が考えることなど、昔も今も大して変わらんよ。
新技術はまず兵器運用。一般化はその先だ。
となると、遺伝子組み換え人間の兵器運用はほぼ終了しているか……」
犬人間でも虎人間でも、目立つのは間違いない。だが、そんな話は聞いたことがない。
考えられるのは、まともに兵器運用するための一般化だろうか?
隠して運用できないから、隠さずに運用できるようにするとか?
そういう話を先生にぶつけてみた。
「ふむ、隠し通せなくなりそうだから、法整備を急いだか?
有り得るな。
そうなると、他国への技術流出も早くなる。
だからこそ、超能力者か……。
あながち推測だからとバカにできんな……。
とりあえず、後輩から話を聞いておく。
お前はなるべく目立たないようにな。
うまく超能力を抑制できる薬なりを作れればいいが、こればかりは約束できんからな」
おじいちゃん先生はそんなことを言う。
ありがたい話だ。
「なんか、きな臭い話になりそうだから、先生も充分に気をつけてくれよ。
俺はなるべく超能力が出ないように生活するからさ……」
「ああ、それなんだが……よくよく考えてみれば、お前の場合、どこかで隠れて練習した方がいいかもな」
「へ? さっきと逆になったぞ?」
「ああ、お前の話を聞くに、お前の超能力は無自覚に発現している。
つまり、必要になると出ちまうわけだ。
それなら、必要になっても抑えられる、自分で制御できるようにしておく方がいいかもしれん。
抑制剤ができるよう努力はするが、お前みたいなタイプに普通の生活は難しいかもしれんしな……」
「いや、これでもまともに生きてきたつもりだが?」
「過去が追いかけて来たり、駅前で派手にやったのは、指で数えられるくらい最近の話だぞ」
俺は言葉に詰まる。
「……分かった。努力はしてみる」
「ああ、場所はありそうか?」
「なんとかなると思う」
「うん。話は終わりだ。なるべく目立たないように、普段通りの生活は続けろよ」
「分かってるよ、先生」
「何か分かったら、連絡してやる」
「ああ、頼む」
俺は病院を出て、家に帰る。
道すがら、目をつけている人目につかない場所に寄って、なんとなく安全かどうか目星をつける。
意外と探してみると無いもんだな。
ビルの屋上なんかも、ドローン宅配なんかの目があるし、路地を一本入ったところなどはアホが湧いてたりする。
ああ、知り合いの農家さんに向かう途中の山なんかどうだろう?
明日、確かめてみようと思いつつ、家に帰った。
〈お前……なんだって……肩パッド様がお前……〉
おなかの真相。
おじいちゃん先生ことじいじは悩みます。
自分は肩パッド教信者だと告白して、孫のためにサインでももらおうか……それとも、医師として、今までこのヤンチャ者を見てきた人生の先輩として、今まで通りの対応をしようか……。
おじいちゃん先生は真っ当な人だったようです。
リアルバレはよろしくない。
自分を信じて、肩パッドが自分だと告白した者を裏切れようか。
孫、ごめん。
震える手でお茶を運び、部屋に入る直前、祈ります。
「ありがたやー、ありがたやー」
キリッと顔に緊張感をつけて、扉を開けるのでしたw




