228〈アップデート〉
その後、シシャモとSIZUと青海と連絡を取り合い、俺はリアルで飯を食わないといけないので、先にログアウトした。
今日は帰ってすぐにログインしたせいで、スーツすら脱いでないからな。
あのワータイガーと取っ組み合いをしたせいで、スーツが一着、ダメになった。
とても悲しい。
『リアじゅー』での空腹感は死ねば解消されるが、リアルでの空腹感は食わねば解消されない。
飯を食い、風呂に入り、携帯用リンクボードでレポートを書く。
ええと、ワータイガーとの戦闘になって……ん?
違う、違う……これ、リアルの話じゃねえか。
それまで自分の中で騙し誤魔化して来た、白昼夢のような体験。
レポートに半分くらい書いたことで、記憶が一気にフラッシュバックしてくる。
何故か現実に見える【野生の勘】の赤いライン。
頭に生えたうさぎの耳。
腕のように扱える蠍の尻尾。
命を救う獣の牙。
おじいちゃん先生の言葉が甦る。
「もし、次にそういう感覚があったら、もう一度来なさい。
まだ、詳しくは言えんが、超能力は浮かれていい話じゃない。
いいか。脳の混同は起こりうるが、人様に話すとバカにされる。
ましてや超能力が使えるなどと言ったら、大バカ者だ。
くれぐれも他人様に超能力が使えますなどと言わんようにな。
いいな」
超能力……いや、スキルが現実になってる?
───名前︰■■■───
記憶に靄がかかる。
名前? なんの?
何故、名前を聞かれているんだ?
訳が分からない。
ふと、分からないなりに頭に浮かぶ単語がある。
「ディーシー……たしかアイツの後ろについてたよな……」
───名前︰ディーシー───
は……。今、何を?
いや、なんだか怖くなってきた。
明日、おじいちゃん先生に相談に行こう。
きっと笑わないで話を聞いてくれるはずだ。
レポートをさっさと書き上げて、静乃に送る。
追記として、疑問を書いた。
───俺とシシャモと静乃のガチャ魂が兄妹なのは分かるが、今日の頭痛の理由は分かるか?───
なんとなく、『リアじゅー』情報を求めて、ネットサーフィンしながら暫く待つ。
お、ついに『シティエリア』に新区画が実装らしい。
ちょうど、今日の深夜帯からだ。
今まで『シティエリア』の区画は八つ。
『住宅街』『繁華街』『行政区』『港湾区』『経済区』『遊興区』『郊外』『鉱山』とあったが、追加されたのは四つ、『飛行場』『観光区』『工業区』『ガレキ場』だ。
『飛行場』は空港や軍施設、シャトル発着場などが集まっている場所で、特定の人員が集まりやすい。
ここを狙った『作戦行動』は今後増えそうだな。
『観光区』は温泉、美術館、寺社仏閣、海岸などの複合した区域で、様々なシチュエーションがあるのは魅力だ。
プレイヤーが集まりそうな場所だな。
『工業区』は様々な分野の工場や配送集積場があるらしい。
ここも『作戦行動』で狙われそうな気がする。
もっとも工場なんかはオートメーション化が著しい現在、NPCは少ないだろうから、『作戦行動』の仕込みなんかで使われるパターンの可能性が高い。
最後は『ガレキ場』。ガレージキットを作る場所ではなく、ゴミ捨て場。
正直、何故、ここを追加したのか分からない。
しかも、『飛行場』を経由しないとアクセスできないらしい。
ゲーム的に必要か?
もしかしたら、戦争イベントなんかの、イベント用の場所としてあるのかもしれない……。
そんな情報を漁っていると、静乃から返信が来る。
───グレちゃん、ガチャ魂酔いしてる?───
───ガチャ魂酔いって精神がガチャ魂に引っ張られて、ゲーム中の言動なんかに影響するって都市伝説だろ?
酔っているかは分からないが、どうしたって多少の影響は出るよな───
───自覚はないのね?───
───どういう意味だ?───
───例えば、昔はグレちゃんって食べ物に興味無かったでしょ───
───いや、まあ、それはそうだが、天然物の旨さを知ったら、興味が出るのは普通だろ?───
───じゃあ、シャーク団とのレギオンイベントの時、怪人の味をレポートしてきたのも?───
静乃にそれを指摘された瞬間、俺の全身から汗が噴き出る。
……そうだ。怪人の味。
いや、それがヒーローでも同じことだ。
食への興味が出るのは、普通かもしれないが、怪人やヒーローをうまい、まずいと判断するなんて、ある種狂気じみている。
……え? なんで今まで普通に?
相手はキュウリでもナスでもなく、プレイヤーだぞ。
普通は嫌悪感で苛まされるものだよな……だが、今まで何の痛痒も感じぬままに食って来た。
いや、今だって、今までの怪人やヒーローの味を考えながら、人を食うことに抵抗はない。
それを普通に考えた時に、自分のおかしさに汗が出る。
昔、人は人を食う文化があったとは聞くが、長い歴史の中で、それは禁忌として教育されるようになった。
俺にもそれは根付いているはずだ。
それなのに、ゲームだからと、リアル設定の俺がなんの嫌悪もなく、むしろ、舌なめずりしつつプレイヤーを喰らう。
はたから見たら、完全にサイコパスじゃねえか……。
え? 俺ってヤバいのか?
正直、客観的に見たらヤバいだろう程度にしか感じてないぞ。
───ガチャ魂酔いは良くも悪くも、リアじゅーにのめり込んでる証拠、くらいに考えてたから、グレちゃんから多少、変な感覚のレポートが来ても、笑ってスルーしてたけど、自覚ないのはちょっと笑えないかも……───
───そうか。いや、そうだよな。
リアじゅーに毒され過ぎてたな───
───まあ、ゲームだからって言っちゃえばそれまでだけどね。
ガチャ魂酔いは自覚してた方が立ち直りとか早いと思うから……───
───なんか詳しいな。もしかして、静乃も?───
───うん。ガチャ魂酔いはあると思う。
たぶん、今日の共鳴現象みたいなのってガチャ魂酔いが関係してるのかなって、思う。
自覚してる私が、明らかに症状軽かったし……。
シシャモくんも自覚ないタイプだと思うから、今度少し話しておいた方がいい気がする───
───シシャモも? あまりそういう感じはしなかったが?───
───グレちゃんがあの蛇神さんにMP吸われて死んだあと、少しだけシシャモくんと話したけど、あの子、家族との関係が冷えきってたんだって。
最近は『リアじゅー』って逃げ場ができてから、関係修復できたとか言ってたけど、グレちゃんのこと、それこそお兄ちゃん代わりくらいに思ってるみたい───
───シシャモが?───
───うん。グレちゃんへの信頼感を見てると、そう思う。
あんな蛇神みたいなテイムモンスターを預けられて、平然としてるのは、家族だからって意識が働いてると思う───
……確かに、それはあるかもしれない。
それで言うなら、俺も平然と預けている。
クルトンがあんなデカくなるのは初めて知ったが、元々、第四フィールドのダンジョンボスだ。
そんな特記戦力みたいなのを、クルトンが望むからとシシャモに預けて平気な顔をしているのは家族的に考えているからだろう。
シシャモは、根拠は無いが俺を裏切らないという風に確信している。
なるほど、これもガチャ魂酔いによる影響が無いとは言いきれないか。
───そうか……シシャモとは今度、少しその辺りのことを話すとして、静乃はガチャ魂酔いでどういう影響が出てるんだ?───
───簡単に言えば、他人の死の同調かな。
他人が死ぬのを見てる時、その感覚が私にも流れ込んで来るの───
───はっ? ヘヴィ過ぎないか?───
───最初はね。もう慣れたよ。ちなみにグレちゃんがMP吸われて死んだって分かるのも、そのガチャ魂酔いのおかげだから───
───は!? そうか! じゃあ、俺がお前らに連絡した時にはもう、分かっていたってことか?───
───うん。そうだよ───
───慣れた、で片付けていい問題か?───
───だって、慣れたもん。それよりも、あの共鳴現象の方が大事じゃない?───
───ああ、アレはそうなると、ガチャ魂酔いが深くなるとかそういうものなのかもな……───
───うん。だから、自覚しておいた方がいいかなって。
たぶん、自覚があれば影響に惑わされることもないと思うよ───
そうか。静乃はそれを実感したからこそ、俺に自覚を促したって訳か。
───これ、実生活に影響しないよな?───
───グレちゃん、食人意識に目覚めたりしてる?───
───バカ言うな!───
───なら、平気じゃないかな?───
それもそうか。ちょっと部長を喰らう自分を想像してみる。
ぞわわ、と忌避感と嫌悪感が背中を伝う。
おーけー、俺は正常だ。
それから静乃との話は新しく実装される『シティエリア』の新区画へと移行していった。
なんとなく静乃に、「俺、超能力が使えるかもしれない」とは言えなかった。
まずは、おじいちゃん先生に相談してからという意識が働いていた。
そして、翌日。




