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会食が始まる。
主品は立食形式のBBQだ。
今回は肉がメインのBBQだ。
まずは鶏、豚、牛と基本の肉。
鶏は鉄板を使って、バターと香味野菜でソテーする。
豚と牛はがっつり串焼きで味わってもらう。
合成人工食料の鶏は脂が強い。
どうしても普段、それを食べ慣れている人にとっては天然食材の鶏だと脂が少なく感じる。
それ故のバターソテーだ。
旨味を感じて欲しい。
逆に豚と牛は塩、胡椒だけの味付けだ。
「そうそう、この味よね〜」
「えっ、うんまっ!」
「わざわざリアル設定にしているんだ。
この程度の味は出るだろ」
一番、感動しているのはドン巽で、ひと口ずつ味わって、皿を置いたのはドルチェだ。
ドルチェは大規模レギオンの幹部らしく、食べ慣れてしまって感動が薄いようだ。
「ゐーんぐ〈素材の味だけじゃ満足できないのか?〉」
「なんでもそうだろう。どれだけ美味くても、食べ飽きれば、いつかは箸を置く」
「ゐーんぐ?〈その割りには、リアじゅーにはまだ飽きてないんだな……?〉」
「ふん……グレイキャンパスの存在がスパイスになると?」
「ゐーんぐ〈さあ、刺激が強過ぎると、それもまた食傷気味になるものだからな〉」
俺はインベントリからレモマーナの作る家庭的お正月スープなるものを取り出した。
金色の透明スープだ。
やべぇ、すげえ気になる。
この香りはコンソメスープか。
クルトン代わりなのか、固めの揚げパンが別添えされている。
椀に盛った透明スープと固めの揚げパンを出してやる。
「これは?」
「ゐーんぐ〈魔法文明世界の家庭的お正月スープだそうだ〉」
「ふん……フィールドにレシピでも落ちていたか……」
スプーンでひと口。ドルチェがスープを啜る。
俺もそれを見ながら、味見をさせてもらう。
ドルチェと俺のため息が同時に零れる。
ふぅ……。
具なしごった煮スープだが、様々な野菜の味と肉の味が合わさって複雑巧妙な味わいを作り出している。
くぅ……優しい塩味が喉を、スルスルと通って胃を温める。
野菜の甘味と香りが肉系の旨味を引き出している。
「がりっ……」
ドルチェが揚げパンを齧る。
ドルチェの口中で揚げパンを噛む、良い音を立てる。
ボリボリとした音にスープを入れて飲み込む。
「ふぅ……この透明なスープは随分と優しいな……まるで母に抱かれている気分になる……」
「なあ、俺も飲んでみたいんだけど……」
霧雨が寄って来たので、スープをよそってやる。
「ふぅ……うめぇ……これ、毎日でも飲めるな……」
優しい気持ちになれる味だよな。しかも、特別感がある。
「なになに、美味しそうね!」「肉より美味いの?」「俺ももらっていいだろうか?」
もちろん、幹部全員に飲んでもらう。
「私も欲しいミザ」「それ、俺らの分はあるてぶ?」「少し味見だけできませんかね?」
「くっ……我慢……我慢だ……」
糸が自分に言い聞かせている。
「ゐーんぐ……〈俺たちは味見だけな……〉」
全員がひと口飲んで、一様に深く息を吐いた。
「そうだな……少しの猶予はあってもいい。
グレイキャンパスを潰すにしても、奴らが技術を溜め込む間くらいは待ってもいい」
ドルチェの気持ちが少し解れた。
はえぇな。
「ゐーんぐ?〈グレイキャンパスがヒーローと俺たちの間に立つなら、どちらが潰れるのも良くは思わないはずだ。
奴らは良いとこ取りがしたいんだろう?
今、全体で言えば、魔法文明世界側はかなりの劣勢にある。
それを考えるなら、今のところはグレイキャンパスはこちら寄りの立ち位置にいると見ることもできるんじゃないか?〉」
「しかし、いつかは潰すなら、下手に大きくなる前にするべきじゃないか?」
はんだごてはあくまでも強硬派の姿勢は崩さないぞという雰囲気だ。
「まあ、面倒ごとを抱え込むのは御免だからな……」
にこパンチは考えるのが嫌だとでも言いたいのか?
お、インベントリにイタマーナの作品が入った。
どれどれ……原種トマト試作53号と金山羊チーズのモツァレラトマト?
試作53号はお蔵入りしてしまった原種トマトじゃないか……交配用に一株だけ残してあるが、肉厚すぎてバランスが悪く、酸味も甘味も弱いやつだ。
イタマーナが出してくるぐらいだから、信じたいところだが、意外と人を選ぶ味だったりしないだろうな……。
まあ、出して見るか……。
「ゐーんぐ……〈これ、試してみるやつはいるか?〉」
オリーブオイルではなく、白いオイルが掛かっていて、トマトは真っ赤だ。
見た目は紅白で縁起が良いけどな。
「おう、俺が試してやるよ!
悪いが料理で心を動かされるほど、バカじゃないんでな!」
はんだごてが宣言すると、ドルチェが鼻白んだ顔を向ける。
そうか。今回の会議において、ドルチェが一番の肝かと思っていたが、実はこの陽気なコメディ俳優が一番の毒なのかもしれないな。
半ば祈るような気持ちで、モツァレラトマトをはんだごての前へ。
はんだごてはチーズとトマトを箸で器用に掴むと、ひと口でそれを放り込んだ。
「ビールに合えばいいけどな!
……はぐ……むぐむぐ……んんっ!?」
思わず全員の視線がはんだごてに向かう。
はんだごては慌ててビールを口に運んだかと思うと、一息にそれを飲み干した。
「……ぷはっ! しょっぺえ!」
そうか、やはり、人を選ぶ系の味か。
そう思ったが、はんだごてはもうひと口、モツァレラトマトを放り込む。
「こりゃ……ビールが進む……もぐもぐ……」
はんだごては手酌でビールを注ぐと、それをまた一息に飲み干す。
「かぁーっ! なんだこりゃ!?
しょっぱ辛いけど、めちゃくちゃビールに合うぞ!」
「ゐーんぐ……〈失礼……〉」
大皿にどっさり盛られたモツァレラトマトをひとつ貰う。
「ゐんぐっ!〈むっ……むぐむぐ……んんっ!?
なるほど、そうか!〉」
「やばい、おっさんたちの感想から何も伝わって来ないミザ……」
「ゐーんぐ!〈いや、違うんだ! これは食ったら分かる。しょっぱ辛くて、その奥の甘味を味わう、ビールに合うやつだ!〉」
どれどれ、とみんなが手を出し始める。
おそらく白いオイルは、どうやったか知らないが魔力くるみから絞ったくるみ油だ。
魔力くるみは唐辛子的な辛みを持っている。
それに金山羊チーズのクドくはないがコクと優しい甘み、それらを繋げるトマトの果肉の舌触りとほんの少しの酸味。さらに金山羊チーズの中には川魚のアンチョビが仕込まれている。
魔力くるみと金山羊チーズの香ばしい甘みと優しい甘みを感じたかと思えば、魔力くるみの辛さが舌を刺激し、それが金山羊チーズのコクを引き出す。
噛んだ瞬間に溢れるトマトの瑞々しさがアンチョビのしょっぱさを少しだけ緩和してくれる。
あま辛しょっぱー、となったところへ、ビールを流し込めたら、最高に幸せだろう。
また食感が良い。
もきゅもきゅしたチーズとトマト果肉の少しサラリとした肉感が、噛んだ瞬間に水分を溢れさせる感覚は、なんとも言えない。
じゅわ〜っとした中に一気に塩分が襲って来る。
しょっぱい。しょっぱい刺激がビールを煽らせる。
くあーっ! ビール飲みてぇ!
「おおっ……癖になる味と食感だネ!」
「ライブ後にこれで打ち上げしたら、最高だろうな……」
にこパンチも気に入ったようだ。
「この刺激はたしかにお酒を飲みたくなりますね。
なんだか、大学生時代に戻るような感じですね!」
レオナは懐かしさを感じるらしい。
「いかにもパーティーっぽいですね!」
糸はハイボールを作りながら言った。
それ、お客さんに出すやつだよな?
誰も頼んでねぇけど!?
「もう少し、優しい料理はないのか?」
ドルチェは、このノリじゃダメみたいだな。
「ゐーんぐ……〈お、来たきた……こいつはなんだ?〉」
洋風おでんだ。レモマーナ作。
これならドルチェに合いそうだな。
インベントリからデカい鍋ごと引っ張り出す。
しかも、これ幻想種と普通の天然もの、両方が入っている。
「出汁の良い香りがしているな……」
ドルチェは既にスタンバっている。
すっかりレモマーナの虜か?
「アタシらとしては、傭兵が使えるならその方が良いんだよ」
「りばりばから貸すこともできますよ?」
「楽しくやれるならシメシメだって手を貸すわよ」
「中規模ってのは難しいんだよ」
「マンジの技術供与を受ける気があるなら、やぶさかではないが?」
「技術は欲しいが、大規模の傘下に入るのは勘弁だな」
「別に志を同じくしろとは言わんよ。
他の部分で協力すれば良いだけだろうに……」
美味い飯を食うことで、だんだんとそれぞれに議論が活発化していく。
「ウチは新しい技術の研究段階ですからね。貸与って形で新しい武器を中規模、小規模レギオンで試してもらって、その成果なりを吸い上げさせてもらえるなら、多少は融通しますよ」
「そういうことなら、ガイアの装備部でも打診してやってもいい」
はんだごても何だかんだで細かい話を始めた。
良い傾向だ。
「グレンさんは飲まないの?」
リージュがカクテル片手に聞いて来る。
「ゐーんぐ〈俺はおもてなし役だよ。それに普通の酒じゃ酔えないんでな〉」
残念ながら、フェンリルが弾いてしまうからな。
「おもてなしなら、一緒に飲んでよ!」
「ゐーんぐっ!〈まあ、付き合ってやるか!〉」
おもてなしの一貫なら仕方ないよな。
俺はインベントリから『魔女レモン』を取り出す。
「なにそれ?」
「ゐーんぐ!〈魔女レモン。スキルを封じて酔わせてくれる秘薬だよ〉」
「あら、なんだかエロくて、素敵!」
「ゐーんぐ……〈おかまに言われてもなぁ……〉」
「あら、おかまじゃダメだった?」
「ゐーんぐ〈リージュの人間性は評価してるぞ。粉掛けられても応えられないのは申し訳ないが……〉」
「いいのよ。グレンさんは私の憧れなんだから!
手に入らないから、安心して惚れていられるっていうのもあるのよ! きゃっ! 言っちゃった……」
「ゐーんぐ……〈本気で照れるなよ……どうしたらいいか、困るだろ……〉」
「もう……いけずね。肩抱き寄せて、額にキスくらいしてくれもいいのに……」
「ゐーんぐっ!〈手に入れようとしてくるんじゃねぇよ!〉」
「うふふ……冗談よ、冗談……。
今回の会議はなんとなく纏まりそうね……」
「ゐーんぐ……〈ああ、だといいな……さすがにグレイキャンパスと潰し合いは楽しくなさそうだからな。仲良くケンカするのが一番だ……〉」
「うん。そうよねぇ……」
リージュと二人、なんとなくみんなを眺めながら会話する。
「ゐーんぐっ〈ああ、そういえば、この前の日曜にリージュ主催のオフ会に参加させてもらったんだよ〉」
「えっ! まあ、やぁね。声くらい掛けてくれればいいのに……」
「ゐーんぐ?〈ちょっと急用があってな。早々に抜けさせてもらったんだが、白せんべいってアイツ、リージュはどう思った?〉」
「ああ、白せんべいね。あれ、見た目はグレイキャンパスの要望で私が見栄え良くプロデュースしたけど、相当なくせ者よ。
たぶん、家に帰ったら一人で○○○○写真見て、○○かきながら、ニヤニヤするようなやつよ」
「ゐーんぐ……〈いや、見た目的な話じゃなくてな……〉」
「やっぱりくせ者ね。実業家みたいな話しぶりは見た?」
俺は頷く。
「裏で○○かきながら、ああいう顔ができるタイプよ」
あくまでもその手のネタをぶっ込んで来るのか……。
「ゐーんぐ?〈つまり、裏表がある……?〉」
「そうね。でも、それよりヤバいのはグレイキャンパスのSIZUって女幹部よ」
ん? 静乃と会ったこともあるのか。
「最っ高に諦め悪くて、自分の信念のために死ねる狂信者みたいな目をしてたわ。
まだ、高校生ぐらいなのに、なんであんな目付きに……。
あっ、普段は普通の可愛い女の子って感じなんだけど、もし会うことがあったら騙されちゃダメよ。
あの娘、自分の命すら駒のひとつって感じだから、取り込まれたら酷い目に会うわよ……」
ひでぇ言われようだな、おい。
静乃って裏で殺し屋でもしてんのか?
まあ、やりたいことに真っ直ぐで絶対に折れなさそうという意味では、リージュの評価も間違いではない。
いちおう、可愛い従妹なんだけどな。
俺は苦笑いしながら、分かったと答えておく。
お、インベントリにまた料理が追加されているな。
イタマーナ作のドクターピザだそうだ。
俺は新しい料理が来たと言って、みんなの前にそれを出した。
黒い……イカスミピザ?
上に載せられている薬草の緑が映える、見た目が面白いピザだ。
わっ、と人が集まって、全員が美味い、美味いと食べる。
メモが添えてある。
───バジリスク・コカトリス・毒蛙・アシッドスライムなどから抽出した毒を薬草・各種スパイスなどと組み合わせて、毒性を極限まで減らした毒ったピザだ。食後に特製毒消しポーションを飲むこと───
俺が読み上げると、全員が一斉に「ぶっ!」と口の中のものを吹いた。
ああ、見慣れぬポーションが入ってるわ、確かに……。
とりあえず、俺も食ったが、めちゃくちゃ美味かった。
結局、全員が吹き出した後に、「ああ、もったいない……」と言うくらいだから、美味いのは確かなんだよな。
まあ、毒は薄めたら薬になったりもする。
特に症状が出たやつもいない。
今回の会議の思い出としては良かったんじゃないか。
なんだか料理漫画のような展開になってしまった……。
「うーまーいーぞー! うむ、お前の言うことにも一理あるかもな……」
これでまとまる優しい世界ってことで。
異論は……認める。




