223〈はじめての会議〉
あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします!
木曜日。
朝のニュースで遺伝子組み換え人間が研究所から逃げ出したと言っていた。
隣県の大学の話だが、隣県では一時的に外出禁止令が出ていた。
未だ研究中のネコ科のデザイナーズチャイルドだとかで、情動制御されていないので見つけても近づかないようにとか、そういう話だった。
たしかに部長の言う通り、世の中が変な方向に向かっている感じはする。
こういう事件が起きると、遺伝子組み換え人間の認可は遅れるだろうな。
顔の腫れはまだ引かないので内勤仕事を黙々と片付けて帰宅。
今日は接待BBQだ。
正直、仕事より『リアじゅー』の接待の方が客層が多岐に渡るため、気を使うことが多い。
まあ、同じプレイヤーという共通言語があるので、打ち解けやすくはある。
ログイン後、最初に行ったのは『プライベート空間』で料理人であるイタマーナとレモマーナのところだ。
食材は何を使ってもいいという条件で、パーティー料理を発注する。
『プライベート空間』のインベントリと『シティエリア』の俺の畑にあるインベントリは繋がっているので、できた料理はそのままインベントリに入れてもらえば、向こうで取り出せるという寸法だ。
───本当に何を使ってもいいんだな!───
イタマーナが強く確認を取ってくる。
「ゐーんぐ〈ああ、美味けりゃそれでいい!〉」
───あらあら、それは腕の振るいがいがあるわねえ。特別な日のお正月料理でもやろうかしら……───
レモマーナもやる気な発言をしてくる。
「ゐーんぐ〈それは楽しみだな!〉」
二人に頼んで、俺は他の接待役たちと『シティエリア』へと向かう。
「ゐーんぐ?〈そういえば、なんで煮込みやサクヤが接待役なんだ?〉」
「分かんないけど、レオナっちに頼まれたからやってるミザ」
「私は相談役みたいですねー。そのついでに接待役もってことみたいですよー」
「ゐーんぐ!〈そうか。ゆくゆくはやっぱり幹部なのか?〉」
「私はお手伝いくらいがちょうど良いミザ」
「私も今の立ち位置くらいが良いですねー」
二人とも充分に幹部としてやっていけそうだが、幹部になる気はないのか。
まあ、サクヤは遠慮している部分もあるのかもな。
足りない器具や食器、会議後の会食用の酒や飲み物なんかを『シティエリア』で買い揃えて、『郊外』エリアへ向かう。
レオナ、糸、名古屋は先に会場設営をしている。
普通に見れば、こんなところで魔法文明側の全体会議が行われるとは思わないだろう。
マンジのにこパンチ、ガイアの霧雨、シメシメ団のリージュは既に集まっている。
俺たちは俺たちで、準備を進めていく。
「なあ、会食は先にやるのか?」
「ゐーんぐ〈いや、会議の後だそうだ〉」
「そうか……」
にこパンチがあからさまに残念そうにする。
「あら、残念。もうあたしなんて、リアル設定にしちゃってるのに!」
リージュが呟く。
「ふん、今日はお互いの方向性を決める大事な会議だぞ……これだからお祭り男は……」
「まあっ! 男なんて言わないで! いけずね!」
霧雨の悪態にリージュがわざとらしく反応する。
この三人は前にも会ってるからな。
比較的、気安く会話をしている。ありがたい。
「ここがグレン農場?」
「ええ、あなたはドン巽さん?」
「うん、小規模レギオンの代表……」
ガムを噛みながら龍の絵柄が入ったスカジャンにTシャツ、ジーパン姿の前時代的ヤンキーギャルみたいなのがやってきた。
小規模レギオン代表ってことは『邪龍族』の幹部か。
「気軽にドンでいいよ」
金髪をソバージュにしていて、エイティーズって感じだ。
「やぁやぁ! はじめまして。ルート666幹部、はんだごてだ! よろしく! よろしく! よろしく!」
陽気な大人の遊び人が来た。
アシンメトリーなジャケット、ハーフパンツで柄物のインナーには大きく『六六六』と書かれている。
短髪のホームベース顔で彫りが深く、チョビ髭がアメリカ映画のコメディ俳優みたいに見える。
「じゃあ、集まったようだし、始めていいんじゃないかな、才女くん」
いつのまにか椅子に座っている痩身の男がいる。
ちょっと病的に青白い顔色をしているが、三つ揃いのカーキのスーツに中折れ帽を被った紳士だ。
「ゐーんぐ?〈うおっ! いつのまに?〉」
驚くと、紳士は椅子に足組をしたまま中折れ帽を取って、胸元に添え、流麗に頭だけ下げた。
「ドルチェだ。お見知り置きを頼む……」
最後の一人ってことは『世界征服委員会』の幹部か。
ドルオタマッチョのにこパンチ、厨二病発症中の霧雨、オカマのリージュ、エイティーズヤンキー女のドン巽、アメリカンコメディなはんだごて、病的紳士のドルチェ……なんか、胸焼けしそうに濃いな。
ここに才女と呼ばれるレオナが入って、会議するのか。
おや? 前に居たリワードはてっきり世界征服委員会かと思っていたが、違うのか。
「まずは何か飲みませんか?
今日は長丁場になりそうですから……」
「俺はビールで!」
「私はなにか甘いのがいいわ」
「炭酸入りのやつ、ある?」
はんだごて、リージュ、ドン巽が反応する。
レオナは紅茶で、ドルチェはコーヒー、霧雨とにこパンチは水でいいそうだ。
全員に席に着いてもらい、接待組でそれぞれに飲み物を用意する。
会議が始まった。
俺の仕事は特にない。飲み物がなくなったら新しいものを出すくらいで、後はBBQの用意くらいか。
「最初に言わせてもらうが、ウチはグレイキャンパスを潰すことにしたよ」
ドルチェが言う。
「……世界征服委員会は宥和派じゃなかったてぶ?」
俺と一緒に、包丁をつかっているムサシがボソボソと喋る。
「世界征服のために利用する手も考えたが、傭兵として使うより、技術の流入元として使おうと言う話になってね。
そのことを打診したら、キッパリ断られた。
障壁になるなら、潰すしかない」
「俺のトコも潰すに一票だな。
物事は白か黒で充分だ。
灰色が入る余地はない!」
と、にこパンチ。
「これだから脳筋は、嫌なんだ……」
「ふん、小規模なところは傭兵でも使わんと勝ち目がないだろうからな」
ドン巽が嫌な顔をすれば、にこパンチも毒舌で応酬する。
「俺らも概ね潰すってやつらが多いな。
ヒーロー側の技術があるのは確定なんだ。
奪わない手はないってね!」
中規模レギオンはそういう方向に傾いているのか。
「わざわざ、両文明に傭兵やりますなんて言うレギオンが、戦う準備が無いと?
幹部の一人と会いましたが、それはないでしょうね……」
「それがレオナさんの印象なのね。
まあ、私も白せんべいって子と話したけど、アレは敵に回すと厄介なタイプね」
レオナに同調するリージュ。
シメシメ団はウチとほぼ同じか。
「ウチは使う。むしろ、全面協力してもいいという結論だな。なるべく長く生き残ってもらって、俺たちに協力させる。
野良レギオンは所詮、野良だ。
システム的な恩恵を受けられない以上、レギオンレベルは簡単には上がらない。
つまり、グレイキャンパスは脅威足り得ないという結論だ」
霧雨も本質的にりばりばと同じ考え方だが、どちらかと言えば、より強く存続を願うようだ。
ガイア帝国は内部の締め付けが強い分、外部には柔らかい当たり方するよな。
「それはウチとグレイキャンパスが戦争になった時、ガイア帝国はグレイキャンパスにつくという話か?」
「そうなる。別に他のレギオンと揉めたいわけじゃない。技術協力程度になるだろうがな」
ドルチェが鋭く切り込めば、霧雨は柔らかく受け流す。
「あのさぁ! 大手さんは自分のとこだけでどうとでもするだろうからいいけどサ。
ウチらはそんなこと言ってられないからね!」
話に割り込んでいくドン巽は、いまにも噛みつきそうな顔をしている。
「小規模レギオンが作戦行動起こす時ってどうするか知ってる?
他の小規模レギオンから兵隊借りてやるんだよ。
つまり、ウチらは横に繋がってんのサ。
グレイキャンパスは小規模レギオンに特約を寄越した。
大手よりもウチら寄りで戦うってネ!
世界征服委員会がグレイキャンパスを襲うってんなら、ウチらは一丸になって戦うヨ?
例えそれが、マンジだったとしてもネ……」
「それで、功績立てて、中規模への格上げを狙うって?
うはははは! 功績はグレイキャンパスに取られて終わりだよ!
だから、小規模レギオンはいつまでも小規模なんだ」
はんだごてはバカみたいに笑う。もう酔っているか、挑発しているかのどっちかなんだろう。
「それで言ったら、グレイキャンパスの台頭が怖いから潰すってことなんだロ?
中規模レギオンはサ!」
「いやいや、野良の集団なんてものが信用できないだけだよ!
報酬次第でどっちにもつくんだろ。
敵対した時にこちらの内部事情を取られたりしていたらと思うと、潰してしまうのが一番って結論だね!」
「やあね、取られて困る内部事情なんかあるの?
レギオン運営は清く正しく美しくやらなきゃダメよ〜!
内部に敵を作るようじゃ、組織としてはちょっとねぇ……」
「そりゃバカ騒ぎしたいだけのレギオンならそれでいいんじゃないか?
ウチは勝てるならなんだってやるけどな……」
「あら、別にガイア帝国を揶揄するつもりはないのよ……」
なんだか全体的に重苦しくなってきたな。
これじゃ、所信表明した上で足並みを揃えられるところは揃えるどころか、亀裂が入ってしまいそうだ。
「皆さん、科学文明にグレイキャンパスが参戦することはどう思ってますか?」
レオナが話の矛先を変えた。
「それを防ぐためにも潰すべきだろうね」
「仕方ないことかもしれないけど、正直、苦々しくは思ってるヨ!」
ドルチェとドン巽が素早く反応した。
「ウチと敵対しないなら問題ない」
「傭兵とはそういうものだろう」
霧雨とにこパンチだ。
「ドルチェさんとことは協力できそうだぜ!」
「まあ、多少複雑になったところで、頭を使えば達成感は倍ってとこかしら?」
はんだごてとドルチェはそういう部分でも、グレイキャンパス否定派か。
リージュは俺と近い考え方をしている。
「ウチとしても、グレイキャンパスが傭兵である以上、敵対はありえるというか、前回、敵対して負けましたからね。
まあ、ゲームが複雑化するのは確かですが、どうしたら取り込めるかを考えたいところですね」
レオナの言う政治的操作というやつか。
飴と鞭を使い分けようってことか。
「さて、お互いの主義主張は出たようですから、もう少し細かい取り決めをしたいところですが、お互いの仲を深めるためにも、とりあえず会食でもしましょうか。
これを目当てにいらした人もいるでしょうし……」
言って、レオナは席を立つ。
「いやーん、レオナってば話が分かる〜!」
「そうだな、煮詰まる前に舌を滑らかにした方が良いだろう……リアル設定でいいんだよな?」
霧雨……お前は酒飲まないだろうに……期待してるのバレバレだぞ。
「おお、もう少し滑らかにしたいとこだった!」
嬉しそうにはんだごてが言うと、にこパンチは無言で感覚設定を弄りはじめる。
「ああ、個別でも話をした方が良さそうだしな。天然食材なら文句はない」
ドルチェも立ち上がる。
「グレン農場ね……アタシに味が分かりゃいいケド……」
一番、懐疑的な顔でドン巽が立った。
ふむ、間に会食を挟むのか。
良い手かもしれないな。
俺はインベントリを確認するのだった。




