218〈はじめての過去との決着〉
ログアウト後、俺はカッチリとしたスーツ姿で、ロボットタクシーで移動する。
スーツを選んだのは、わざと社会人としての印象を強めるためだ。
郊外のほとんど使われていないパーキングエリアに向かう。そこが集会場所だからだ。
「なんでお前らが無事で局長だけ捕まってんだ、オラァ!
お前らの頭だろうが!
死んでも守らんかゴラァ!」
「はい、すいませんっしたー!」
タクシーを降りた瞬間から聞こえて来る怒鳴り声。
OB、現役、併せて百人くらいに膨れ上がっている。
暇人が多いというより、集合を断りきれなかったのだろう。
いかにもな格好が六割、特攻服が二割、普通が二割という感じだが、俺のようなサラリーマン姿はさすがにいない。
「お前ら壬生狼会、舐めてんのか!
俺が現役の頃はな……」
うわぁ……ちょっと痛々しい話が始まったが、さりげなくポケットに手を入れて、携帯機器で録音を開始しておく。
「おっさん、誰だよ。
今、集会中だ。関係ないやつは入れねえぞ!」
「神馬だ。勇真くんに話があって来た……」
十代の少年に前を塞がれたので、素直に答える。
「はあ? 誰だそいつ?」
「初代局長だよ。分からないなら分かるやつに聞いて来い」
わざと上から目線で声を低く出す。
こういう子たちは、同類以外は認めなくていいと思っている。
格好が格好だから、舐められたら追い返されてしまう。
「ち、ちょっと待ってろ……」
「ああ、あまり待たせるなよ」
少年は格上だと認めてくれたようだ。
先輩らしきやつに話をしている。
話を聞いた先輩は、突然こちらを向いて大声を出した。
「神馬先輩、ご苦労さまです!」
「ご、ご苦労さまです!」
先輩に合わせて、少年が頭を下げる。
「おい、俺がまだ話して……か、神馬……伝説の……ご、ご苦労さまです!」
「「「ご苦労さまです!!」」」
ほぼ全員がこちらに最敬礼で挨拶を寄越す。
「おお、灰斗、来てくれたか!」
ピカピカ光るスウェットに竹刀を持って座っている勇真くんが手を上げる。
筋者にしか見えねえ……。
俺は勇真くんの前に立つ。
勇真くんも立ち上がって、全員の方に視線を向ける。
「おう、こいつが伝説の灰斗だ。知らねえやつは覚えとけよ!」
「チーム怒烈弩の車を盗んで発展した抗争で二十人、ぶちのめした……」
違う、近所の角田さんの車が盗まれたから取り返してケンカになっただけだ。
「カラーギャングの歪度廃汰亜、黒沼事件の主犯……」
知り合いが絡まれていたから、近場にあった黒ペンキぶん回して追っ払ったやつな。
「最近でも、五人組の武闘派ヤンキー駅前、ボコボコ事件とか起こした……」
あれは正当防衛でカタがついたから、俺は悪くない。ナイフとか持ち出したアイツらが悪い。
「まあ、みんな、噂だけは知っているようだな。
気合いの足りねえお前らのために、わざわざ来てもらったんだ。
礼を言え!」
「「「あざまーすっ!!」」」
「すげぇ、伝説の人だぜ……」「シビれるよな……」「わざと一般人みたいな格好にしてるんだろ……」
違う、違う。俺は一般人だから、一般人の格好してんだよ。
俺は横にいる勇真くんに話し掛ける。
「勇真くん。前に言ったよな?
俺を呼び出すのはこれっきりにするって……」
「まあ、そう言うなよ。
今回は俺たちの壬生狼会の現局長が捕まったんだぞ。
OBとしてはさすがに捨て置けねえだろ。なっ!」
「関係ないって言ったよな?
最初の壬生狼会はただのツーリング仲間の集まりだ。
それを暴走族みたいにしちまったのはお前だろ?
いつまでも俺を利用するな!」
「ああ? 手前は俺たちの壬生狼会がどうなってもいいって言うのか?」
「俺たちの?
お前のだろ?
俺はとっくに抜けてんだぞ。
そうだ、伝説ならあの話してやれよ!
俺が抜ける時に起きた……」
唯一、俺がやってやると思って起きたケンカの話だが、慌てたように勇真くんが話に割って入る。
「うるせえよ!
俺がどんだけお前に気を使ってやってると思ってんだ!
ただの三下風情がよ! OBだから大事にしてやってんだろうが!」
だんだんとヒートアップしてきた、その時、横合いから三十代くらいの、先程、気持ち良く先輩風を吹かせようとしていた男が割り込んでくる。
「おい! お前、初代局長にきいていい口じゃねえぞ! 伝説だかなんだか知らねえけど、過去だろ! 昔のやつがナマ言ってんなよ!」
それ、なんてブーメラン?
過去話で先輩風吹かせようとしてたの、お前じゃね?
一瞬、面食らってしまったが、ここで黙る訳にはいかない。
「今、その初代局長と約束について話してるんだよ。
黙っててくれ!」
ぴしゃりと言い放って、勇真くんに向き直る。
「大事にしてやってるとは、随分と上から目線だな、おい。
初っぱなに一発食らってのびてたやつが何言ってんだ。
約束ひとつ守れねえやつが、チームの頭面すんな!」
「てっめ……」
勇真くんが怒り心頭に達する前に、俺はひと睨みする。
いざとなったら、こいつをぶん殴ってやると腹を括ったような目で見つめる。
すると、勇真くんはさすがに四十代でケンカは不味いと思ったのか、怒りながらも黙った。
俺は続ける。
「いいか、もう一度約束しろ。今後、俺に連絡してくるな。
俺は壬生狼会とは関係ない。分かったか!」
「ちっ……誰が呼ぶか……くそが……」
「聞いたからな」
俺は念押しして、集会から離れる。
さすがに懲りただろう。
辺りも静かになったしな。
ロボットタクシーに待っててもらって正解だ。
言質を取った証拠もあるしな。
俺はロボットタクシーに手を上げる。
「おっらあぁぁっ!」
バキッと角材が割れる音がして、ついでに俺の頭も割れた。
「ナメてんじゃねぇぞ、クソがっ!」
額を、たらりと流れていくものがある。
がっつり、やってくれたんだから、当たり前だ。
振り向き様に、無言でぶん殴った。
さっきの三十男だ。
「ぶげっ……」
あ、鼻折れたな。おあいこだ。おあいこか?
ちょっと良く分からなくなって来た。
「お前ら、あいつはウチとは無関係だ!
ぶっ潰せ!」
「「「うぉおおおっ!」」」
現役メンバーが勇真くんの声に呼応した。
二十人くらいいる。
赤いラインが見える。やべぇ、血が目に入ったか、と思ったが、そのライン上を誰かの拳が突き進んで来る。
避け。カウンター。
「おごぅっ……」
腹に入った。
次々と殴り掛かって来るやつらを避けて、殴って、蹴った。
背中に蹴りを食らう。
さすがに見えないんじゃダメだ。
さらに、殴られ、よろけたところに警棒らしきもので左腕を叩かれた。
呼んだロボットタクシーの後部ドアにぶつかって、転倒を免れたので、足を出して近場のやつを押し返す。
赤いラインが見えれば、入らない。
回り込むように移動して、適当なやつを殴る。
えーと、何してるんだっけ?
せっかく着てきたスーツが破れた。
殴られまくって、クラクラする。
まあ、その分、殴り返してはいる。
逃げながら殴り、蹴られて、距離をとる。
パーキングエリアを囲む森の中に入り込み、また殴る、蹴る。
「回り込め!」「逃がすな!」「こっちだ!」
ラグナロクイベントは乱戦中心だ。
しかも、肩パッドとして有名になってしまった俺には、敵のヘイトが自動的に集まってくる。厄介なもんだ。
まともなスキルを使う暇もない。
忙し過ぎないか、ちょっと……。
殴って、蹴って、殴られて、背後に危険な感覚がある。
「ゐーんぐっ!〈【自在尻尾】!〉」
「ごふあっ!」
「ひっ……な、なんだコレ……」
もちろん、俺の第三の腕ですが、なにか?
怯んでくれたなら好都合。尻尾でぶん殴る。
「ぐえっ!」
俺は森だか雑木林だかの中を走り回りながら、一人ずつ地面を舐めさせる。
ヤバいな。血が足りねえ。
───全状態異常耐性、成功───
よし、『出血』が止まった。まだ、いける。
「バ、バケモノ……」
「ゐーんぐ!〈ただの戦闘員だよ! 【回し蹴り】〉」
「へぶっ……!」
荒い息を整える。いてててて……結構、殴られたな。
森の奥に光が見える。
俺はそれに向かって歩いていく。
ああ、視界がぼやける……。
あれ? 街灯? ん? ラグナロク……おや?
「や、野郎……」
勇真くんが俺を見て、後退りする。
「次からはちゃんと伝えてやれよ。
俺が抜ける時、壬生狼会全員でケンカ売って来て、お前が最初に潰されたってな!」
顔面に一発。「はぶるっ……」と変な声を出して勇真くんは失神した。
俺は辺りを睨む。
全員が息を呑んでいた。
「俺は壬生狼会を抜けてる。今後、一切、関係ない。分かったか……」
返事はない。だが、その表情は理解したのだと思っておこう。
俺はロボットタクシーまで歩いていって、ドアを開く。
風がびゅうと吹いた。なんか、尻が寒い。
最悪だ。破けてやがる。
近くに怯えたように立っている最初の少年がいるので、そいつに話し掛ける。
「おい、その上着貸してくれ……」
少年は慌てて特攻服を脱いで差し出した。
「さ、差し上げます……」
「悪いな……」
背中には『神に会うては神を喰らい。鬼に会うては鬼を喰らう。忘れじの壬生狼の魂』と刺繍がされている。だっさ。
俺は何も言わずにその特攻服を羽織って、ロボットタクシーに乗り込んだ。
「近場の病院まで……」
俺はその日、一日だけ入院した。
近場のおじいちゃん先生〈昔からの知り合いだ〉には迷惑そうな顔をされたが、内出血はあるものの、割れた頭の血は止まっているし、表面が切れただけとかで大事には至らなかった。
脳の検査とかされたが、問題はないようで良かった。
翌日、おじいちゃん先生が来て話をした。
俺がヤンチャをした時にお世話になっていた先生だ。
少し怒っている。
「お前、そういうのは卒業したんじゃなかったか?」
「卒業したつもりでも、過去が追いかけて来たんですよ。
不可抗力です」
「本当だろうな?」
「壬生狼会の局長が逮捕されたとかで呼ばれたんですよ……もう呼ぶなって言ったのに……」
おじいちゃん先生には説明しておく。
昔からヤンチャしてる若者たちを診てきた先生だ。多少のことは目を瞑ってくれる。
「なるほどな……金堂はまだ大人になりきれないのか……まあ、お前の場合は今までのツケが回って来たと思うしかないな。
それにしても、大立ち回りの割にはぴんぴんしている。
伝説は健在か……」
「やめてください。運が良かっただけですよ……」
「ははは、そうだな。
……もう、これで終わりか?」
「そのつもりです。ツケが払い終わっていればですが……」
「うむ。私もそろそろ引退だからな。病院も終わりだ。後は余生を孫と遊んでのんびりしたい」
「お孫さんですか?」
「うむ。VRゲームでな。離れていてもいつでも遊べる。そういう意味ではいい時代になったよ」
「まさか、先生がゲームですか……」
「ああ、ボケ防止にはちょうどいい。あっちの世界じゃ手も震えんしな。
こっちじゃダメだ。傷は縫えても、本業は手が震えてな。
お前も暴れたきゃVRゲームとかどうだ?」
たしか、本業は脳神経外科とかだったか。
手が震えるとか、危ねぇな。
「やってますよ。『REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPG』ってやつ」
「なんだ、やってるのか。なら、現実で暴れんでもいいだろうに……」
「だから、暴れたくて暴れたわけじゃないですから……でも、どうなんでしょうね?」
「何がだ?」
「いや、昨日なんか現実で暴れてるのに、なんだかゲームやってるような気がしてきたりして……」
「頭に異常はなかったよ。ただ、あまりに現実味があるゲームだからな。
脳が混同してしまうこともありうる。
結構、脳みそってのは曖昧にできとるからな」
「ああ、なんでしたっけ?
誰かに向けた悪口を言うと、自分自身に言ったものか、その誰かに向けて言ったものか、脳は区別ができないとか、そんなのありましたよね?」
「うむ。脳の記憶野に『誰か』と『悪口』が別々に収納されるからな。
それくらい適当なもんだよ、脳みそってのはな」
「似たような状況で、似たような気持ちになることはありうる……」
「そうだな。スキルが使えたなら、別の話かもしれんが……」
「スキル? 使えた、かも……?」
「だとしたら、今、流行りの超能力かもしれんぞ?
まあ、冗談だ。真に受けるな。はは……」
「超能……」
おじいちゃん先生の顔が、ぐんと近づく。
「もし、次にそういう感覚があったら、もう一度来なさい。
まだ、詳しくは言えんが、超能力は浮かれていい話じゃない。
いいか。脳の混同は起こりうるが、人様に話すとバカにされる。
ましてや超能力が使えるなどと言ったら、大バカ者だ。
くれぐれも他人様に超能力が使えますなどと言わんようにな。
いいな」
「あ、ああ、分かったから……ちょ、近いよ、先生……」
なんだか妙に真剣な雰囲気に呑まれて、俺は頷く。
今回のことは内緒にしておいてくれることになったので、俺は改めてロボットタクシーを呼んで、家に帰った。
その日、俺は会社を休んだ。
数日後、あの日のことは小さなニュースになった。
少年Aが語る。
「み、見たんだ! 先輩に硬い鎧みたいなものに覆われた尻尾が生えて……」
───薬物の摂取経験は?───
「ねえよ! 違うんだって! 俺たちはそういうのはやらないんだ!」
───などと語る少年Aの視線はどこかさまよっているようにも見える。
警察関係者によると、近々、本格的な捜査が行われる予定としており、近年、青少年の非行に薬物が関係するケースが少なくないとして……───
それを見つけた時、心なしか俺の尻が風に吹かれたように、スー、スーしたが、きっと気のせいだろう。
初代の面目、丸つぶれ。
この話は後々には引っ張らないつもり。
グレンくんの過去との決別ですね。
おじいちゃん先生はまた出てくるかも。




