210〈はじめての白せんべい〉
「はい、じゃあそこの白タイツさん!」
リージュが指名したやつのところに仮面黒服がマイクを持っていく。
「目的は?」
「新しい遊び方の提示だ。
それから野良の受け皿になる」
白せんべいは端的に答えた。
別のやつが手を挙げて、リージュが指名する。
「第三勢力なのか?」
「そうなりたいところだが、中規模レギオンひとつを第三勢力と認めるのはお前たちが許さないのでは?」
「どちらのフィールドにも入れると聞いたが?」
「魔法文明と科学文明、ふたつの文明の野良がいる。どちらのフィールドにも入れるな」
「科学文明世界の技術も使うということでしょうか?」
「そうだ。当然、潰される覚悟はしているが簡単に技術を流出させるつもりはない」
「ヒーローと怪人、両方とも使える?」
「そうだ。同時にどちらの武器も使える。開発すればハイブリッドな武器も作れるだろう」
「はいはい、野良レギオンにデメリットは?」
「ある。具体的に言えば、ボスの不在、NPCドールの不在、それらに伴う二十四時間体制での店舗補助、開発機器のゼロからの構築などだ。
自分たちで作らない限り、ロッカーすらない」
白せんべいは肩を竦めて見せる。
「傭兵をやると聞いたが、具体的な料金なんかは?」
「個別に相談だな。グレイキャンパスには足りないものも多い。それらを供与してくれるなら、我々は喜んで手を貸すだろう」
「今日、ここに来た理由は?」
「認知度を高めるためだ。それから、人材発掘も兼ねている。
今の温い環境で満足できない者はいないか?
言うなれば、グレイキャンパスはベリーハードモードだが、自分好みのカスタマイズが可能だ。
新しい文明をいちから起こしてやろうという気概のある者は?
魔法と科学を融合させた言わば人間文明を創りたい者は?
門戸は常に開かれている。
興味があるなら、野良世界に来て欲しい。
苦難と勝利が味わえるだろう」
ベリーハードモードか。
白せんべいは両手を広げて演説すると、ゆっくりと手を下げた。
「ふざけんなー! そんなもん続くわけないだろがー!」
どこからかグラスが投げ込まれた。
「……【玄武の盾】」
白せんべいが小さく呟く。
音楽と喧騒で聞こえるはずがない声だったが、何故か俺はそれを認識できた。
グラスが白せんべいに当たる直前、見えない壁に阻まれて割れた。
「なんだ?」「弾かれた?」「超能力……」
辺りがざわつく。
白せんべいが振り向く。彼は腰から大仰な機械を取り出した。
「エアンブレラ。最近コマーシャルでやってるの知らないか?
真空の幕で雨や雪を防いでくれる。
グラスも防げるらしい。高いけど便利だな」
空気傘ってやつか。最新ガジェットで、お値段は俺の給料の三ヶ月分以上する、金持ち用アイテムじゃねえか。
グラスも防げる? 嘘だ。
そんな防弾性能はないはずだ。前に気になって調べたから知っているぞ。
もちろん、値段を見て諦めたヤツだ。
白せんべいは謎すぎる。
なんで『リアじゅー』のスキル名を呟いた?
超能力者なのか?
昨日の静乃の態度といい、最近の妙なオカルトブームといい、まるで現実とゲームがごっちゃになっているような感覚だ。
「エギヨウ、見たか?」
ジムニーが興奮したように振り向いた。
「あ、ああ……ちょ……」
「凄いよな、エアンブレラ! あれ、めちゃくちゃ高い……え? なんだそのカチューシャ?」
危ない。超能力と言いそうになった。
今、俺が超能力だ! なんて指摘すれば悪目立ちする。
白せんべいは静乃の仲間のはずだ。
だとすると、あの空気傘に本当にグラスまで防げる性能があって、白せんべいが厨二病を患っていて、グラスが投げられたのに合わせてスキル名を呟いただけかもしれない。
カチューシャ?
頭に手をやる。ふさふさの長い耳?
は?
「ちょ、ちょっと手洗いに行ってくる!」
「え、あ、ああ……僕ちんは嫌いじゃないぞ、そういうの!」
戸波さん……。
俺はトイレに駆け込んで、鏡を見る。
黒髪。
改めて、自分の頭に手をやる。
何もない。あのやけにふさふさした、温かみのある長い耳は?
何もなかった。勘違いだったのだろう。
この仮面の突起と間違えたのかもな……。
背中を冷や汗が垂れる。
待て待て、落ち着け。今じゃない。
ゲームのやり過ぎか?
いやいや、考えるのは後だ。
悪いが今日はこのまま帰ろう。
俺はジムニーに挨拶もせず、逃げるように家に帰った。
玄関の扉を閉める。
「んなわけあるか!」
とりあえず、叫んだ。
洗面所でもう一度、自分の顔を確認する。
手鏡を使って、後頭部やら背中やら、尻やらを確かめる。
怖くなって服を脱いで、手で触りながら、もう一度確認する。
「……ない」
それから変な笑いがこみ上げてくる。
「ふ……ふふふ……何してんだ、俺……」
間抜けにも程がある。
なんでうさ耳が生えてるなんて錯覚を起こして、しかも、翼や尻尾は大丈夫か、なんて服まで脱いで、馬鹿くせえ……。
自分の変な行動に自分で笑ってしまう。
ダメだ。このままシャワーを浴びて、一度スッキリさせよう。
少しゲームのやり過ぎかもな。
最近のゲームはリアルだから、脳が錯覚を起こすんだ。
休日で丸一日レースゲームをやった後、実際の車に乗った時、右車線と左車線を間違えそうになる、みたいなもんだ。
今日はゲームを忘れて、何か違うことをしよう。
買ってきた粉で手の込んだ料理でも作るか。
酒も入ってたしな。ラグナロクイベント中は『エレキトリック・ラビット』をアホみたいに使ってたし、その感覚が抜けてなかったのかもしれない。
白せんべいが厨二病患者の金持ちな変態だとすれば、何ら問題はない。
いや、静乃め。あんなのと遊んでるのか?
それは少し問題じゃないか?
静乃との関係を確かめるべきだったか。
鶏肉とハーブのオーブン焼きに野菜たっぷりスープを食って、腹が満ちる。
ちょっとは違うが、やはり、天然ものには劣る。
こればっかりは仕方がない。
時計を見る。いつもより全然早い。
おかしい……いや、おかしくない。
調理自体は料理機でやっているのだから、少し手間を掛けたところで時間が溶けて消えるわけじゃない。
ヤバい、暇になってしまった。
たまには昔のゲームでもやるか、とハードを立ち上げてみるが、どうにもやる気にならない。
はあ……美味いものが食いたい。
結果、俺は『リアじゅー』へとログインするのだった。
塊魂〈かたまりだましい〉やり続けて、街に出ると、頭が勝手に巻き込む順番を決め始める現象w
白せんべいは誰でしょうか?




