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今、書き上がった!
ほやほやですよ〜!
第七フィールド、三層目は雲の中の迷宮だ。
足元は分厚い氷で、割れるような気配はないが、滑りやすい。
壁と天井は綿あめのような見た目の繊維の塊のようだ。
でこぼこして、ふかふかしているが、一定以上押すと硬くなる。
雲の中にしては、多少の霧でモヤが出ているが、全体は壁を透かすように光が入ってきていて明るい。
「天上の世界って感じですね……」
レオナはため息でも零しそうだ。
「でも、ここにいるのは悪魔の鏡ピロ」
「綺麗な世界こそまやかしなのです!
プランクトンひとついない水に、魚は住めないのです!」
ばよえ〜ん……それが小学生の言うことか?
「うんうん。世界の真実は泥沼に落ちる朝露。ひと掬いの土砂に混じる黄金。
闇の中に光る灯火にこそ、温かさを感じるべきです。
強い日差しの中の影にこそ涼を求むるべきです……」
「はい、先生!」
『ああ、分かるわぁ……ご主人様の血縁は精霊の恵みを理解しているのね。なんでこの娘に精霊がついてないのかしら?』
じぇと子が寝言のように言う。
「ゐー……〈精霊より厨二くせえからじゃねえか……たぶん……〉」
「ちょっと、グレちゃん、今、私のこと言ったでしょ!」
べしべしと頭を叩かれる。
「ゐー……〈じぇと子がなんでお前に精霊がついてないのか、不思議だって言うからだな……〉」
「ん? ほうほう……となると、やっぱり……そうだよねぇ……ふっしぎー!」
棒読みレベルで不思議と言ったとなると、また静乃は何か変なことを考えているのだろう。
そして、そんな静乃が何も言わないということは……。
「ゐー?〈何かあるのか?〉」
「ぬっふっふっ……今はまだ、その時ではない……」
俺におんぶされたまま、反り返るな。
落ちるぞ。
だが、予想通りにはぐらかされたな。
「ゐー……〈へいへい……〉」
俺たちは氷と雲の迷宮を進む。
敵は天使や天女、ヴァルキリー、鳥人間など翼のあるやつばかりだ。ごく稀に悪魔も出てくる。
普通に天使と悪魔が一緒に出てくるあたり、悪魔の鏡が作り出した幻想世界というイメージが強い。
まあ、レベル的には適正を超えているし、何より俺の仲間は猛者揃い。
静乃はハンドガンをおんぶされた状態で使うが、俺は本気でやめてくれと懇願した。
耳の横で撃たれると、耳がバカになる。
それならば、と静乃はスキル攻撃に切り替えた。
「水と氷は別属性! ということで【龍神の一撃】」
静乃の手から放たれるのは水飛沫だ。
散弾みたいに放射状に放たれるソレは、天使に当たると大きな水色の球体状に膨らんで、天使を抉った。
「はい、MP回復、MP回復!」
「ゐー!〈つめてぇ!〉」
効果が静乃に適用された後のポーションの水が俺に降りかかる。
「しょーがないじゃん、効率悪いんだもの。
それとも耳に轟音が良い?」
「ゐー……〈お前のハンドガン、マグナムだから音がすげえんだよ……〉」
「んじゃ、【龍神の一撃】!
かーらーのー、MP回復! MP回復!」
俺は耐える。静乃をおんぶしている状態だと蓑の奥に水が沁みて辛いが、それでも耳がバカにならないので、なんとか俺も攻撃に回れる。
蠍尻尾からの【一揆呵成】で、天女を射抜く。
俺たちは完全に移動砲台扱いだ。
「グレンさん、八時方向の曲がり角を押さえてください!」
要所、要所に配置されて、敵の増援に備えながらの援護が仕事。
まあ、攻略自体は進んでいる。
そうして、進むと、左右に壁のない空間に出た。
壁のない空間は夜になっていて、遠くに雲が流れているのが分かる。
前方は濃い霧で視界がゼロ。
その霧が雨雲のように濃い灰色をしている。
少しずつ光が洩れてくる。霧が薄れていく。
「眩しいです!」
ばよえ〜んが光を避けるように手を翳した。
青海はミラーシェードを装備した。
後で聞いたが、『マギスター』時代の品だそうだ。
殺して奪います? 技術流入になりますよ。
そう言われても、俺たちは全員、それを否定した。
フレンド相手にそれをするバカはいなかった。
目の前が光る壁に覆われた。
「リィィィーン!〈我は大いなる者。頭を垂れよ、跪け。原初の一柱なるぞ〉」
「この壁がボスですか」
「そうみたいですねー。グレンさんと同じ、二重音声みたいに聞こえるので、言語スキルをある程度上げてないと、聞き取り不可じゃないでしょうかねー」
「何か喋ってるんですか?」
青海は『言語』スキルは上げてないんだったか。
静乃が訳し始めた。
「イーピロ?〈原初の一柱とは何ですか?〉」
ムックがコンタクトを試みた。
「リィィィーン……〈訛りが酷い……聞くに耐えん。礼も弁えぬ。ならば、殺すか……〉」
光が強くなる。
「グレちゃん、代わりに喋って!
貴方様はどちら様でしょうか?」
『古代語』なら通じるとみたか。
「ゐー?〈貴方様はどちら様でしょうか?〉」
「リィィィン!〈下賎な輩に答える口は持たぬ。疾く、去ね!〉」
「ならば戦いますか? その用意はあります」
そのまま、静乃の言葉を伝える。
「リィィィーン!〈愚かな。退けたとて、我は滅びぬ……理すら読めぬか!〉」
「ですが意味はあります」
「リィィィーン!〈我が残滓を掠め盗り、無聊を慰めるか、愚かに愚かを重ねるか、下郎!〉」
「未だ浅学なれど、現世の天秤を元に戻したく思います!」
「ゐー?〈どういう意味だ?〉」
「いいから、続けて!」
俺の問いかけに静乃は小声で返した。
よく分からんが、そのまま伝えるか。
「リィィィーン!〈徒に世を混沌へと貶めるつもりか!〉」
「はい。それでも終わるよりはマシです!」
「リィィィーン……〈終わる……終わるか……?〉」
「はい、もう、そう遠からず……」
「リィィイーン……〈それも定めと取る手もあろう……。しかし、何故に……〉」
「ひとたび生を受けりしなば、求むる心ある故に……」
「リィィィーン!〈たしかに。それが双つ子の御子の定めなれば。
よかろう。抗い、混沌を愛せよ。死を見る者よ! ククク……〉」
───リザルトに移行します───
「え?」「は?」「え?」「ピロ?」「ん?」「ゐ?」
静乃以外、全員の頭に「?」マークが浮かんだ。
「なあっ!? くっそ! あれで私にガチャ魂落とさないだとぅ!」
静乃がいきなり悪態をつく。
「ゐーっ!〈言葉遣い!〉」
「はい。ごめんなさい……」
光の壁が静かに沈んでいき、見えなくなった。
代わりに、遠くに月が見える。
「あ、ガチャ魂です!
……あの、先生……」
これは、初回撃破? なのか?
「ああ、ばよえ〜んさんに落ちたか。
おのれ、大いなる者!
あ、ばよえ〜んさん、そのガチャ魂は大事にね!」
「え? あ、はい。……いいんですか?」
「もっちろん! ばよえ〜んさんに落ちたんだから!」
なんとなく、俺は月が綺麗だなぁ、と現実逃避した。
少しは静乃のやりたいことが見えるはず。




