19〈はじめてのシティエリア〉
こちらは二話目。
ぐにゃりと世界が歪むような酩酊感の後、俺たちはどこかの会社の一室と思しき場所に立っていた。
「ここが『経済区』にある我々の隠れ家、『りぞりぞツーリスト』になります」
レオナが言うにはこの『りぞりぞツーリスト』はいわゆるペーパーカンパニーというやつで、ここを訪れる客はいないらしい。
雑居ビルの四階にある部屋を出て、まず向かうのは不動産屋だ。
『経済区』はその名の通り、色々な会社などが集まったエリアらしく、銀行、郵便局、IT系オフィスなどが怪人レギオンに狙われやすいらしい。
ただ、それらはヒーローレギオンとしても分かっているので、頻繁にパトロールなど行われているということだ。
『経済区』は昼間に人が多く、夜は人が少ない、更に土日も人が集まりにくいため、その辺りも特徴らしい。
怪人が『経済区』で『作戦行動』を起こす場合、夜の間に潜伏して、状況切り替わりを待って行動開始なんてこともあるらしい。
人が多い方が『感情エネルギー』は奪いやすいが、人が多ければヒーローレギオンもパトロールを強化する。
『作戦行動』の発覚が早いと充分な『感情エネルギー』が奪えないので『経済区』は『作戦行動』が難しいエリアという認識が怪人レギオンにはあるらしい。
まあ、上手くやれると他エリアからも『感情エネルギー』が奪えたりするので、それなりに狙わるエリアでもあるというのが、レオナの弁だ。
「ここが不動産屋シザ! グレンが話したい時はレオナに耳打ちするシザ! 」
「イーッ! 〈分かった〉」
「戦闘員語は極力使わない方がいいね。
大丈夫だとは思うけど、僕と煮込みは見張りをしておくよ」
「では、私とグレンさんは歳の離れた兄妹という設定で行きましょうか。ね、お兄ちゃん! 」
レオナが嬉嬉として俺の腕を取る。
悪ノリしてるな。
まあ、親子と言われないだけマシか。
ムックと煮込みは外で見張り。これはパトロールしているヒーローレギオンやそうでなくてもヒーローレギオンのプレイヤーも普通にシティエリアを使用するらしいので、それらを警戒してのことらしい。
俺の戦闘員語を聞き咎められると色々と面倒だろうからな。
俺はレオナに付き添って貰って、不動産屋に入る。
「すみません。私の兄が畑をやりたいということで、どこかいい土地がないかと探しているんですが…… 」
「ああ、いらっしゃいませ! 畑ですか…… 」
基本的には一区画で種を十個育てられる。
十区画買えば納屋が付く、百区画まで増やせるらしい。
場所は『郊外』エリア。
一区画、1万ゴールド。
区画を増やすのは後からでも出来るが、後から増やす場合、隣接した場所というのは難しいかもしれないということだった。
ならばと、俺は一気に五十区画買うことにした。
この辺りの処理は結構、ゲーム的に出来ているらしい。
署名も印鑑もなく、欲しいと言って金を出せば買える。
なので俺は50万ゴールドを一括で払った。
ちなみにこのゲームではある程度の設備投資をすると、畑仕事はほぼ自動化できる。
何故か不動産屋で設備投資も出来るので、俺は追加で10万ゴールド支払った。
まあ、一度は現地に行かないといけないので、このまま『郊外』エリアに行くことになる。
各エリア間は、電車、バス、車、徒歩などで移動できるのだが、俺たちは今回、電車を利用することにする。
「お、ちょうど電車が来てるシザ! 」
ホームには人が溢れていた。
「イー…… 〈随分と混むんだな…… 〉」
俺はムックに耳打ちした。
「いえ、確かに利用者は多いはずですが、これはちょっと異常ですね…… 」
ホームでは駅員が大声を張り上げている。
「現在、謎の要因により、電車が停止中です! 復旧作業中ですので、押さないで下さい! ちょ、押さないで! 押さなっ…… 」
何故だろう? あの電車に乗らなければ! という想いが溢れてくる。
何故か、ホームにいる人たちも同じように感じているのか、次々に電車に乗り込んで行く。
「やめろ、押すなよ! 」「もう、無理だ! 」「ちょっと、変なとこ触らないで! 」「苦しい! 」
「まずいですね……どこかのレギオンの『作戦行動』かも知れません…… 」
レオナがそう言いながらも電車へ向けて歩を進めていた。
「うっ、これは強力シザ……あんな乗車率300%みたいな電車に乗りたくないのに、乗りたいシザ…… 」
───【全状態異常耐性】成功───
俺は急に我に帰る。
咄嗟に一緒に歩いていたレオナとムックの腕を掴む。
「イーッ! 〈ムック、煮込みの腕を掴め! 〉」
「くっ……煮込みさん! 」
ギリギリでムックが煮込みの腕を掴み、引き寄せるが、俺以外の足はパンパンになっている電車に乗り込もうと進んでいく。
レオナがどうにか顔をこちらに向ける。
「もしかして、状態異常ですかっ? 」
「イーッ! 〈ああ、フェンリルが発動した! 〉」
「だとしたら…… 」
ヤバい……全体重を掛けて踏ん張るがずりずりと引き摺られる。
「ログ……過去ログを……思考が誘導されてて、僕たちじゃ見てる余裕がない…… 」
俺はムックに言われるまま、思念で過去ログを漁る。
───状態異常『魅了』に掛かりました───
どうやら、シティエリア内では状態異常の通知も出ないらしい。
「イーッ! 〈『魅了』だ! 『魅了』と書かれてる! 〉」
「魅了! 」
「耐性持ってないシザ! 」
「僕もです! 」
俺の声を聞いて数秒でレオナの歩みが弱まる。
バランスが崩れそうになるので、瞬間的にレオナから手を離し、両腕でムックを引き止める。
それでもまだムックと煮込みの二人分の歩みが俺を引き摺る。
「煮込みさんっ! 」
レオナが煮込みを抱え込むように止める。
電車の屋根の上、誰かが声を張り上げる。
「乗客の皆様、どうぞお詰め下さいギョシャ! まだまだ乗れますギョシャ! 」
俺はムックを引き止めながらそちらへと視線をやる。
牙の伸びたメスライオンを二足歩行にしたような怪人。
チョッキに革ズボン、だが口元には乗馬に使うようなハミを咥えている。
ハミから伸びる革紐は背中側に流しているのだろう。
「ライオットライガー…… 」
レオナが呟く。おそらくあのメスライオンの元になっているガチャ魂か。
「ギョッシャシャシャ……もっと苦しむがいいギョシャ! そして、このバグライガー様に『感情エネルギー』を寄越すギョシャ! 」
「考えたわね……ライオットライガーの【雷使い】で電車を止めて、恐らく『馬具コア』の力で状態異常『魅了』を電車から発してるのね…… 」
レオナが煮込みを引き止めながら、感心していた。
「くうっ、でも間が悪いシザ……どこのレギオンシザぁ〜」
煮込みが弱音を吐いた時、どこからともなく数十発のビーム光線がバグライガーに撃ち込まれる。
「ぐわぁっ! 何奴ギョシャ! 」
お約束っぽい台詞だな。だが、それがいいと俺はひとり頷く。
「解けた! 」
「とりあえず、助かったシザ! 」
攻撃されたことでバグライガーの『魅了』攻撃が解けたらしい。
「そこまでよ! 月満つれば即ち欠く……このホワイトセレネーが光届かぬ新月の世界へ送ってあげるわ! 」
どこからともなく聞こえる透明感のある声。
どうやらヒーローの登場らしかった。
「ぬぬぬっ! 我が『乗車率300%! まだまだ乗れます作戦』をよくも邪魔してくれたギョシャ! ただで済むと思うなよホワイトセレネー!
お前をボコボコにして汗だく男性専用車両、乗車率500%の中にぶち込んでくれるギョシャー! 」
「うへぇ、とりあえず女の子的に負けられない戦いになりそうシザ…… 」
───これより『レイド戦』に移行します───
げえっ! これってマズくないか?
 




