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俺たちは自分たちの基地へと転移した。
───ラグナロクイベントを終了します───
謁見の間だ。
「我が最強の剣よ。見事なり。追って褒美を取らせる。今は休むが良い」
黒モヤ大首領が喜びに震えていた。
「ゐーんぐ?〈何人死んだ?〉」
「およそ半分だな……それよりも復旧の方が痛い。
NPCドールはすぐにまた増える。
知り合いを亡くしたとしたら、悼み、祈ってやってくれ。
運が良ければリセットされて戻れるかもしらん。
そういうものゆえ……」
今度は黒モヤが沈痛に頭を悩ませているように震える。
黒モヤのくせに、表現力豊かだな。
「ゐーんぐ……〈そうか……〉」
NPCドールに戻れる可能性があるのか。
ただリセットというのは良く分からない。
普通に考えれば、初期化されて戻ってくるということか。
仲の良いNPCドールが初期化されて、また新たに出会う可能性もある訳か。
キツい話だ。
俺は謁見の間を出るために声を掛ける。
「ゐーんぐ!〈すまないが、誰か城の外まで案内してくれないか。イベント中でもないのに外廊下から飛ぶのはどうかと思うしな〉」
「いや、中は荒れていてまともに通れない。
帰るなら外廊下から頼む」
城の中でヒーローが暴れたということか?
とりあえず、俺は頷いて外廊下に向かった。
外廊下から見下ろす『街』はまるで大蛇がのたうち回ったかの様に破壊されていた。
「ゐーんぐ……〈なんだこれは……〉」
渦を巻くように家々が壊され、地面が抉られていた。
幸い、岩をくり貫いたような家々のため、火事はなかったが、大破壊があったのは事実のようだ。
俺の知らない『マギダイヤ』か『マギゴールド』のスキルだろうか?
俺は【飛翔】して、破壊の痕跡を眺めながら下へ向かう。
『城』の下の方に大きな穴が空いていた。
『城』から出た何かが『街』をぐるぐると破壊して回ったような跡だ。
俺がタイムアタックしている間に、こっちも随分と大変だったようだ。
『大部屋』へと戻る。
俺が『大部屋』への通路を歩いていると、レオナが待っていた。
「グレンさん、お疲れ様でした……」
「ゐーんぐっ!〈おつかれ! 何はともあれ、勝てて良かったな!〉」
「はい! 復旧は大変ですが、とにかく今はこの難局を無事に乗り越えられたことが嬉しいです!」
言いながらレオナは、自身のインベントリから取り出した襷を俺に掛けた。
『今日の主役!』と書いてある。
マジか……。
レオナに連れられて『大部屋』に大きな拍手で迎えられながら入っていく。
『大部屋』には既に回廊へと繋がる扉はなく、ただ土嚢と破壊の痕跡が残るのみだ。
隔壁は全て開けられ、『食堂部』や『ロッカールーム』への通路にまで戦闘員とNPCドールがいる。
今日だけは、このまま宴会らしい。
NPCドール婦人部というか、このラグナロクイベント中、ひたすら弁当を作ってくれていたNPCドールたちが最後のひと働きをしてくれていて、一部の戦闘員たちは『シティエリア』から大量に酒を買ってくる。
もちろん、子供たちはジュースだ。
散々に盛り上がって、笑って泣いて叫んだ。
散っていったNPCドールは多い。
友の死を悼む声もあちこちで上がった。
俺は壇上に用意された椅子に座らされて、何度も乾杯の音頭を取らされた。
勝利に、りばりばに、亡くなったNPCドールの誰々に、イベント中に頑張ってくれた戦闘員に……それが終わると、俺に酒を注ぎたいという長蛇の列ができた。
せめて、ひと言お礼を言いたいとか、拝ませて欲しいとか、面白そうだから並んだとか、色々だ。
悲しいかな、普通の酒で酔えない俺は幾らでも呑めてしまう。
『リアじゅー』内ではトイレに行くこともないしな。
おかげで余計に時間が掛かった。
「あんたまるでウワバミだな。ああ、いや、ウワバミは別にいたか。アレだ。ザルだな」
見ていたジョーが呆れたように言ってくる。
「ゐーんぐっ。〈状態異常耐性が高くて酔えないだけだよ。リアルなら安酒三杯もあれば充分なのにな……〉」
「なるほど……まあ、こういう時は便利かもな」
俺は力なく笑うだけだった。
ログアウトするにできない状況で、酒に酔えないのは、結構な拷問な気がする。
 




