17 side.グレン
ログインすると、メッセージが貯まっていた。
レオナ:お話があります。ログインしたら連絡下さい。
煮込み:今日はどうするシザ?どっちでもいいから、連絡寄越すシザ!
ムック:昨日のPKについて、話したいことがある。よければ連絡して欲しい
順番に話をするか。
グレン:レオナ、ログインしたんだが、どうすればいい?
レオナ:今、どこですか?
グレン:大部屋だ
レオナ:少々、お待ちを。
待てと言われたら、待つしかない。
ああ、今の内にインベントリの整理でもするか。
昨日の『遺跡発掘調査』中のデスペナで薬草の一部も落としてしまったが、それでも手当り次第に採取したおかげで、結構な量の薬草が残っている。
種類ごとに分けておくとしよう。
薬草〈HP〉、薬草〈MP〉、薬草〈疲労〉、薬草〈フレーバー〉、おや?薬草〈抗麻痺〉なんてのもあるな。
気になるのは、薬草〈フレーバー〉と薬草〈抗麻痺〉だ。
☆薬草〈フレーバー〉
痛みを和らげる効果があるという触れ込みの青い小さな花。
HPポーションに混ぜると青色になる。
怪我をしたNPCには喜ばれる。
【農民】は作物として取り扱いができる。
……本当にフレーバーテキスト以上の効果がなさそうだ。まあ、ポーションの色を変える効果はあるようだが。
感覚設定『リアル』でやる奴というのは、ほぼいないだろうから、ゲーム中のプレイヤーは痛みと無縁だ。
本当に痛みを和らげる効果があるとしても、実感できる奴はいないのかもしれない。
自分で試すしかないだろうな。
☆薬草〈抗麻痺〉
抗麻痺に効果があるとされる薬草。
ドリンクにすれば一定時間、状態異常『麻痺』に耐性ができる。
【農民】は作物として取り扱いができる。
このゲームは状態異常の種類が豊富だ。
中でも状態異常『麻痺』は身動きが取れなくなるという最悪の部類の状態異常だ。
これは結構、大事かもしれない。
まあ、俺には【全状態異常耐性】があるから、その分、他のプレイヤーよりは有利だが、ネスティから『炎上』を食らったりしているので能力値の差いかんで絶対とは言えない。
あるに越したことはないだろう。
「お待たせしました! 」
「待たせたシザ! 」
「どうも! 」
レオナと煮込み、ムックまでが揃って大部屋に来ていた。
俺は薬草〈抗麻痺〉を手にしたまま、三人をマジマジと見る。
「あ、どうせならと全員に連絡回して集まったんです! 」
レオナが説明する。
ああ、そういえば昨日ムックはレオナと知り合いだ、みたいなことを言っていたか。
「イーッ! 〈ああ、それで話ってのは? 〉」
「あ、じゃあまずは私から…… 」
レオナがそう切り出す。他の二人は最初から分かっているのか、にこやかに見守っている。
「昨日の報酬の件なんですが、やっぱり☆4とは言えガチャ魂ひとつでは適正とは思えないので、追加報酬を用意しました。
それと、『グレイプニル』どうでしたか?
もし、納得いかないようでしたら、別の報酬と切り替えというのも考えているのですが…… 」
「イーッ! 〈追加報酬! それは、かなり無理したんじゃないか?〉」
レオナが100万マジカ分の対価として☆4ガチャ魂ひとつだと心苦しいと思っているのは分かっていたが、契約は成立している。
だから、俺としたら問題ないと思っている。
そういうことをレオナには改めて伝えてみたが、レオナは納得いかないらしい。
どう説明したものかと考えていると、ムックが割り込んでくる。
「まあまあ、グレンさんにとって悪い話ではないと思いますし、実際、☆4ひとつは高く見積もっても75万マジカくらいの価値です。
残りの報酬は受け取ってもいいのでは? 」
「そうです。ここは私が納得するためだと思って受け取って下さいませんか? 」
「イーッ…… 〈ふむ、そこまで言われて受け取らないのも、逆に申し訳ないか…… 〉」
「そうシザ、そうシザ。今後のことを考えたら、お金はあって損しないシザ! 」
煮込みからも説得されてしまったので、俺はありがたく25万マジカの現金を受け取ることにする。
「では、こちらをどうぞ! 」
何故か金を渡してきたのはムックだった。
しかも30万マジカ。
何故、増える!
「イーッ! 〈おい、25万マジカだろ? 〉」
「ああ、追加の5万は嘘吐き・ネスティの賞金です! 」
「イーッ? 〈は? ネスティの賞金は俺は貰えないはずだろ? 〉」
「ああ、ご心配なく。ちゃんと本人から言質を取りましたから! 」
ムックはにっこりと笑う。
その笑顔は目出し帽越しなのにあまりに爽やかで、俺は一瞬、何も言えなくなる。
しかし、説明は欲しいので、なんとか言葉を絞り出した。
「イーッ! 〈言質を取るだと〉」
「ええ、性懲りも無く『破滅の森の砦』に湧いてましたからね。
話を聞かせて貰ったんですよ…… 」
「あ〜、ムックはPKKを専門にしてる『りばりば』懲罰部隊のリーダーシザ…… 」
「いや、別に懲罰部隊なんてものを組織した覚えはないんですが…… 」
「と、本人は言ってるシザが、ムックのところの集まりは『PKK』を専門とした懲罰部隊と呼ばれてるシザ! 」
「いや、たまたまそういうプレイスタイルのプレイヤーが集まっただけですからね…… 」
困ったようにムックは笑う。
「イーッ! イーッ? 〈なるほど。どう言質を取ったのかは聞かない方が良さそうだな。
それとひとつ聞きたいんだが、電極兎……いや、エレキトリック・ラビットのガチャ魂は落とさなかったか? 〉」
残念ながら、おそらくは上納されてしまったかと、とムックは悔しそうに言う。
「イーッ…… 〈いや、それならいいんだ。これでアイツを許さない理由ができたからな…… 〉」
おそらく俺は暗く淀んだ顔でもしたのだろう。
レオナが息を飲んだのが分かる。
一瞬だけ訪れる間を打ち壊すように、煮込みがにこやかに聞いてきた。
「そういえば、グレイプニルってどんなスキルだったシザ? 」
俺はグレイプニルのスキル説明を表示させ、可視化すると、煮込みに見せる。
「えっ! これ☆4シザ? こんなの見たことないシザ!
代価:??って……グレンは使ってみたシザ? 」
「イーッ! 〈ああ、どうやら右腕一本が代価らしい。感覚設定『リアル』でやってるもんでな。死ぬかと思ったよ〉」
「えっ!? 」
俺の言葉を理解できるレオナが言葉を失う。
「感覚設定『リアル』にしてるんですか!?
それで、片腕? 」
「え、どういうことシザ? 」
「えーとね…… 」
置いてきぼりを食らった煮込みにムックが耳打ちする。
まあ、ムックには昨日、詳しく説明したしな。
「イーッ! 〈ああ、さすがに腕が破裂というか、いきなり持っていかれたのは辛かったけどな。威力は申し分なしだったよ! 〉」
「いえ、確かに『リアル』にしても、安全装置が働くので脳には影響が出ないとは聞いていますけど……スキルの代価で片腕が破裂するんですか!? 」
「イーッ! 〈ああ、あれだけ強力な効果があるなら、デメリットも仕方ないよな! 〉」
「シザっ!? 」
ムックの説明に煮込みが身を震わせる。
レオナは青い顔で何かを考えていたかと思うと、急に強い口調で俺に迫ってくる。
「は、外して下さい! 大首領に抗議しますっ! 」
「イーッ? 〈外す? なんでだ? 〉」
「だって、スキルを使うと片腕が無くなるんですよ! 」
「イーッ? イーッ! 〈ああ、その代価があるから、あれだけ強力なんだろ? それに死に戻れば元に戻るのは実証済だ〉」
「いいから、外して下さい! もっといいガチャ魂ぶんどって来ますからっ! なんなら、☆5持って来ます! 」
いや、☆5は無いって話じゃなかったか?
俺は一応、納得して使っていこうと思っていたんだが、レオナはもの凄い剣幕だった。
まあ、所詮は貰い物だしな。
仕方がない……外すか。
───このガチャ魂は『フェンリル』のLv不足のため外せません───
んん? なんだ、このメッセージ?
じゃあ、一度『フェンリル』を外さないといけないのか。
───このガチャ魂は『グレイプニル』があるため外せません───
は? いや、待て待て、外せないのか。
「イーッ…… 〈レオナ、外せないんだが…… 〉」
「は? どういうことですか? 」
俺はもう一度、画面を可視化させて同じことをする。
出てくるメッセージはやはり変わらない。
「そんな…… 」
「ああ、まるで北欧神話そのものな設定だね」
ムックが納得したように言う。
「イーッ! 〈ああ、俺の中にいるフェンリルが成長しないと、グレイプニルは引きちぎれないようだな…… 〉」
「グレンさん、結構そういうの好きな人? 」
「イーッ! 〈まあ、嫌いじゃないな〉」
俺とムックはどうやら同じ病を抱えているのか、お互いにニヤリと笑い合う。
「笑いごとじゃないです! 」
レオナは怒っていた。
「何シザ? 話についていけないシザ! 」
煮込みは戦闘員語の聞き取りができないため、話に入れなくてやきもきしていた。
「イーッ! 〈まあ、外せないなら仕方ないな。それに、俺としてはこれはこれでアリだと思っているし、フェンリルのLvが上がればいつか外せるだろ〉」
☆5はユニークスキルで、持っている奴が極端に少ない。
普通のプレイヤーは☆4☆3☆3くらいでスキルセットを埋めるのが基本らしいので、今のところは満足している。
「ああ、もう、貯めてたスキルポイント使うシザ! 」
煮込みは何やら自分のステータス画面を弄り始めた。
「まあ、本人がいいって言ってるから……ね、レオナさん」
「ムックさんはなんでっ! ……はぁ」
レオナは深くため息を吐く。
「イーッ! 〈いいじゃないか。大首領様の思し召しだろ。悪ノリ結構! ゲームだしな! 〉」
「……ああ、もうっ! 後で泣き言いっても聞きませんからねっ! 」
「イーッ! 〈分かってるよ、ママ! 〉」
「誰がママですか! まだ独身です! 」
「でも、レオナ、お母さんみたいシザ! 」
「もう……煮込みさんまで…… 」
レオナは頭を抱える。それを見て、俺と煮込みとムックは顔を見合わせて笑うのだった。
「イーッ? 〈ああ、そうだ。レオナ、畑ができる場所を知らないか? 〉」
「シティエリアシザ! 」
「イーッ! ……イーッ? 〈おお、煮込み、聞き取りできるようにしてくれたのか! ……それはそうと、シティエリア? 〉」
「今後、どうせ必要になりそうだから上げたシザ! 」
「【農民】スキルを生かしたいということですか?
それなら、人間アバターが必要になりますね。
それから【言語】スキルも…… 」
「いいシザ、いいシザ。私が通訳するシザ!
これも初心者講習の一貫シザ! 」
「【言語】スキルならコンパク石で人間ガチャ回せばかなりの頻度で出るよね? 」
「いや、グレンのことシザ……ガチャに頼るくらいなら、イベント報酬とか狙う方がいいシザ! 」
「そうですね。何しろグレンさんは初期ガチャで全部☆1とか出す人ですからねぇ」
楽しそうにレオナがからかってくるが、先ほどの「ママ」への仕返しか?
まあ、間違いは訂正せねばなるまい。
「イーッ! 〈☆2も出してるぞ! ロンリーウルフ! 〉」
「いや、でも☆5引いて…… 」
「それは追加ガチャシザ! 」
「ああ、察しました…… 」
ムックが爽やかに笑う。煮込みは普通に下卑た笑いだ。
くそー、言い返せん。
「まま、とりあえずお金はあるシザ! 人間アバター買いに行くシザ! 」
そういう煮込みに連れられて、俺たちは『食堂部』の人間アバター屋に向かうのだった。




