16 side.レオナ
本作も二話投稿。
一話目。
そこは『謁見の間』と呼ばれていた。
ここまで来るには、『警備部』の戦闘訓練所を抜け、ドールたちの警備詰所でパスを見せて、『大回廊』の罠を解除してもらい、『幹部会議室』、『宝物庫』などの中枢施設区画の奥から、特殊な鍵を使って入ることが条件である。
戦闘員No.007、レオナは連日の訪問になるが、大首領から直々にお呼びが掛かっているから仕方がない。
重武装したドールが儀礼用だが、充分な殺傷力を持つ斧槍を捧げ持ち並ぶ中を、姿勢良く歩いていく。
臣下の礼を取り、ご機嫌を伺おうとすると、大首領から声が掛かる。
「よい。礼など不要。所詮はロールであろう……? 」
随分とメタなことを言う大首領様だこと。とレオナは呆れつつも、それならばと立ち上がる。
まあ、こういう茶目っ気みたいなものは、幹部たちもシャチホコばらずに済むので、ありがたいと受け入れられている。
だが、それはそれとして、レオナが半ば睨むように見つめる玉座には黒い渦のようなものがあるだけである。
これは、ベータテストの頃から変わらぬ大首領の姿だ。
暗く沈んだ低音の声が渦から発せられる。
「報告を頼む…… 」
「では……大首領様のご慧眼の通り、かの戦闘員は『グレイプニル』を選びました。
良かったですね…… 」
レオナはハッキリ不満を顔に滲ませて言う。
「クククッ……愉悦、愉悦……下手なおためごかしなど無用。それで良い。
それでこそ、プレイヤーというもの…… 」
「あのですね……大首領様、はっきり言わせてもらいますが、☆4のガチャ魂ひとつがどれだけ貴重な品だとしても、今回の沙汰がプレイヤーへの正当な報酬に足りるとは思えません!
かの戦闘員には、追加報酬を与えるべきと愚考致しますがっ! 」
「ふむ……足りぬと申すか…… 」
軽く言われたように感じるが、その渦から発せられるプレッシャーは相当なものがある。
一瞬、レオナは腰砕けになりそうになるが、胆力を総動員して、そのプレッシャーに耐える。
「確かに……今回は大首領様の『宝物庫』からの品。
ただの戦闘員が受ける物としては破格かもしれません。
ですが、大首領様の仰せの通りに『宝物庫』からの品ということは伏せましたし、選択肢もガチャ魂は提示せず、コンパク石だけに絞りました。
だからこそ、それがユニークに匹敵すると知らなければ、プレイヤーからしたらただの☆4ガチャ魂だ、ということになります。
かの戦闘員はまだ新参ゆえ、☆4ガチャ魂の価値に詳しくありません。
今後、成長に伴い、価値を知った時、遺恨が残ると思われます! ───それを大首領様は看過せよと仰せになるのですか? 」
「うむ、看過せよ! 」
「は? な、何を言って…… 」
レオナが激昴しそうになるのを、どうにか堪えた瞬間、大首領からのプレッシャーが消える。
「『終末の一矢』喚びし者なれば、その選択こそがエンドコンテンツの呼び水ともなろう…… 」
エンドコンテンツと大首領は言った。
また、メタなことを、とレオナは呆れる。
だが、このゲームは本来、ゲームエンドはあれど、エンドコンテンツは存在しないはずである。
ヒーロー側か怪人側、それぞれのレギオンに存在するボスを倒すと、そのレギオンは終わる。
もちろん、そうならないように運営はバランスを取ろうとしているはずだが、ベータテスト時はひとつの怪人レギオンが消滅することで終わった。
それはベータテスト最終イベントというもので、ヒーローと怪人、双方のトップレギオンを総大将とした、通称『ラグナロク・イベント』というものだった。
これの終了を以て、ベータテストは終わったのだ。
つまり、極論、どちらかのレギオンが全て壊滅すると、ゲームエンドになる。
だが、エンドコンテンツがあれば、ゲームエンド、つまりメインシナリオの終わりを迎えても、まだまだ遊べることになる。
確かにそれは、このゲームにどっぷりハマっているレオナにとって、福音とも言えるものだ。
だが、それはそれ、これはこれだ。
初心者であるグレンに妥当と思わせる報酬を渡さない理由にはならない。
「大首領様……それでは我ら『リヴァース・リバース』の度量が疑われます!
何卒、ご再考下さいっ! 」
「誤魔化されなんだか…… 」
途端、大首領はしょんぼりとした口調になる。
「は? 」
大首領の言葉を信じるならば、今までの言葉は誤魔化しだったことになる。
ふつふつと、レオナの脳裏にマグマのような何かが湧き上がる。
「ならば、我らが戦乙女の信ずるだけの報酬を与えてよい。
費用については───幹部会にて捻出せよ…… 」
それは『りばりば』を運営するプレイヤーに一任されたということだった。
それなら、そうと最初から言えば、こんな面倒なことをしなくて済んだのに! とレオナは憤るが、我らが大首領様はNPC。
専用の思考ルーチンによって動いているようなので、幹部であるレオナには分からない運営の意志が働いたのかもしれない。
「では、そのようにさせて頂きます! 」
ふんっ! とでもいうように、レオナは踵を返して、『謁見の間』を出て言った。
重武装のドールたちが、斧槍を次々と交差させ、謁見者への道を塞ぐ。
黒い渦は眠りに落ちるようにその回転を収めていく。
「枷は嵌めた……まだ気付いてくれるなよ……全てを呑み込む虚狼となるまではな…… 」
微睡むように発された言葉は、泡のように浮かんで、消えた。




