15〈はじめてのムック〉
こちらは、二話目。
目覚めると『大部屋』に俺はいた。
どこだ、ここ……。
そう思って、辺りを見回すが良く分からなかった。
知らず、左腕が右腕を掴む。
ある。
右腕がある!
そのことに気付いた時、俺の意識は覚醒した。
キョロキョロと辺りを見回す。
『大部屋』だった。
「イー……〈死んだ……〉」
ぎゅっと右腕を掴む、痛い。
生きて、いる。
俺は生きている。
ふふふ……ふふふふ……ふふふふふ……。
俺は笑っていた。実際には「イイイ……」って感じだろうが、それはどうでもいい。
右腕を強く掴む。痛い。笑う。
もう一度。
右腕を強く掴む。痛い。笑う。
そんなことを数回繰り返す。
「君、大丈夫か?」
大部屋に居た別の戦闘員から声を掛けられる。
「イーッ!〈ああ、大丈夫!問題ない!〉」
俺はにこやかに答える。
「それならいいんだが……」
「イーッ!〈ん、俺の言葉分かるのか?〉」
「ああ、大丈夫だよ」
その戦闘員は全身黒タイツだが、灰色のパーカーを羽織っていた。
名前はムック。
身長が高くて、イケメン臭がする。
いや、顔はやっぱりデフォルトの目出し帽だから、イケメン臭がするだけだが。
「イーッ?〈なんでここにいるんだ?〉」
「ああ、あれに用事があってね」
ムックが指さしたのは大型スクリーンの下、カウンターに並ぶ球体関節人形たちだ。
「イーッ?〈あれは?〉」
「ああ、知らないかい? あれはクエスト受付だよ。
Lv10から、あそこでクエストが受けられるようになる。
素材の納品とか、何かを探してくれだったり、まあ、色々だね。
それから、スクリーンにはレギオンの今週の目標だったり、お知らせが載ってたりする……」
俺は言われてスクリーンに目をやる。
『この度、リヴァース・リバースでは、技術流入により、レギオンレベルが5となりました。この功績をもたらしたのは戦闘員No.999、グレン隊員です!』
『今週、日曜日は第二作戦室プレゼンツ、怪人ドリルクスシーによる、〈恐怖! 痛み止めのない歯医者作戦〉が実行されます。皆様、奮ってご参加下さい!』
『今週は魔石買取強化月間! 最高納品者へのプレゼントは☆3確定コンパク石です!』
『装備部一階よりのお知らせです。新型フリーズスピアー、従来品より重量が9→8になりました。限定5本、お楽しみに!』
色々と情報が並んでいる。というか、俺の名前が真っ先に出ているんだが……。
「あれ? そういえば、グレンって、もしかして君?」
ムックが聞いてくる。
「イー……ッ〈ああ、そうだが、あれはレオナの手柄になるんじゃないのか?〉」
「ああ、なるほどね! 君が噂のグレンか!」
ムックは納得したように頷く。
なんだ、俺は噂になっているのか?
「……ってことは、もしかして、死に戻った?」
俺はジトッとした目をムックに向ける。
「ああ、悪いね。悪気があって言ってる訳じゃないんだ。
レオナさんが、パワーレベリングするつもりが悪いことしたって昨日、落ち込んでてさ……だから、まだレベルがあまり上がってないのかなって?」
「イーッ! 〈ああ、まだLv3だよ、悪かったな!〉」
俺はムックに悪態をついた。八つ当たりとも言う。
先程、死の直前にレベルアップ音が鳴っていた。
まあ、それどころじゃなくて、ネスティのドロップからガチャ魂を探している間に死んだんだが。
しかも、そのドロップも拾い忘れて来たのは、間抜けもいいところだけどな。
「イーッ!〈くそっ!ネスティのやつめ!〉」
「ん? ネスティ?」
「イーッ!〈ああ、『ガイア帝国』のネスティって奴に襲われて、死に戻ったんだよ!〉」
「え!?」
「イーッ!〈まあ、きっちり殺したけど、ガチャ魂奪われちまった!〉」
「そ、それって嘘吐き・ネスティ?」
「イーッ!〈知らん! でも、ネスティって名乗って、ネスティのネームは出てたぞ〉」
「いや、だとしたら……でも、なんで?
嘘吐き・ネスティって言ったら『ガイア帝国』でも有数のPKだよ? 確かLv50くらいで、初心者を専門に狩る悪名高いやつ……こ、殺したって、グレンはまだLv3なんでしょ? どうやって?」
なんだかムックがやけに動揺していた。
仕方がないので、俺は説明してやる。
状況や場所の説明、ネスティがいかに嫌な奴だったかなど、俺の戦闘員語の聞き取りができるやつは限られているようなので、つい、話しすぎかと言う程に細かく話していた。
「イーッ!〈───ああ、話してたら、また腹が立ってきた!〉」
俺は気分を落ち着けようと深呼吸。
ムックは目を見開いて固まっていた。
「Lv2で……いや、ユニークスキルは分かるけど……グレイプニル……大首領か? にしても、片腕……『リアル』準拠で?」
何を考えてるのか良く分からないが、とりあえずフリーズしてるっぽいから、放っておこう。
今の内にレベルアップ操作でもしておくか。
「イーッ!〈なんじゃこりゃー!〉」
「ど、どうかした?」
「イ、イーッ!?〈レ、レベルが11も上がってる!?〉」
「ああ、そりゃ上がるよ! 相手とのレベル差とPK撃破ボーナスで経験値は相当貰えたはずだよ。それに最初の10レベルまでは結構、簡単に上がるはずだし……」
ムックが丁寧に教えてくれる。
どうやら、このゲーム、脳波測定とやらで悪意の、ある/なし を測っているらしく、それによって、FF〈フレンドリーファイア〉とPK〈プレイヤーキル〉を区別しているようなのだ。
ただPKの選定はそれだけではなく、前後の行動ログも参照した上で、PK認定は行われているらしい。
PK認定された場合、特定スキルでPKだと看破される可能性があるのと、デスペナが重くなるデメリットがあるそうだ。
もちろん、PKKは運営からのお咎めなし、どころかレギオンによっては賞金が出るらしい。
『りばりば』でも『嘘吐き・ネスティ』に賞金が掛かっているが、証拠となる動画が必要とかで、俺は貰えないらしい。
電極兎のガチャ魂を取られただけで終わるとか、次に会ったら許さん! と心に決める。
ネスティのことは、今後許さんと決めたので、今はレベルアップのことを考える。
名前:グレン〈Lv2→13〉
〇力:4→6
〇器用:1→5
〇素早さ:6
〇知力:9→15
〇精神:10→15
〇特殊:15→21
〇生命:6
〇運:5
〇魂:『フェンリル』『グレイプニル』『ダークピクシー』
〇スキル〈残り4〉:【回避】3→9【夜の帳】2→7【全状態異常耐性】2→8【回し蹴り】1→6【農民】1→5【装備設計】1【封印する縛鎖】1→7
△副能力値
△装備重量:8→12
△ダメージ:+10→12
△武器命中:+7→11
△回避:+7→11
△装備設計:+14→20
△状態異常:+24→36
△異常耐性:+25→36
△体力:12
△疲労:15→21
△HP:11→17
△MP:34→52
能力値は予定通り、器用を初期戦闘員並にして、残りは精神系である知力、精神、特殊に均等に割り振り、余りはダメージを考えて力に。
スキルは☆5、☆4スキルである【全状態異常耐性】と【封印する縛鎖】、汎用性が高い【回避】に六点、さらに今回あって助かった【農民】【回し蹴り】、前回、レオナや煮込みから高評価だった【夜の帳】に五点という風に割り振ってみた。
うーむ、体力の低さがネックになりそうだ。
走ったり、激しく動くと体力から減るからな。
今後、お手軽な食料を持ち歩くのが基本になりそうだ。
「イーッ!〈こんなもんでいいか……〉」
俺が自分のステータスを弄る間、ムックは律儀に待っていた。
「イーッ!〈まだ何か用事あったか?〉」
「ああ、せっかくだから、フレンド登録して貰えないかな、と思って!」
パーカー装備のキザ野郎だが、PKやレベルアップについて、丁寧に教えてもらったしな。 俺はムックの提案を承諾することにした。
「ありがとう! 人手が欲しい時とか、気軽に誘ってね! 普段はクエストとかでふらふら遊んでるから!」
「イーッ!〈ああ、わかった!〉」
ひらひらと手を降って、ムックはモニターの下、球体関節人形たちのクエストを受けに行くのだった。
さて、いい時間だから、今日はここまでにしておくか。
そう決めると、俺はログアウトするのだった。
ベッドから起き上がり、VRマシンを外す。
携帯用リンクボードを立ちあげると、従妹から連絡が来ていた。
───外部サイトでグレちゃん噂になってるよ! 凄いじゃん!───
グレちゃん。俺の名前は灰斗と言う。
ああ、俺が生まれた頃はキラキラネームとかいうのが流行ってて、親がいい気になって付けた名だ。
別に悪いとは思わない。仕事なんかで話題にしやすいしな。
「いやあ、本当は不破絃って名付けようかと親が考えていたみたいで、でも、個人的には灰斗で良かったですよ! 漢字が覚えやすかったですから!」
というのが、掴みトークだったりする。
実際、不破絃でも、それが自分の名前なら覚えたとは思うが、ああ、漢字が覚えやすい人! という部分から名前を覚えてもらうのは、そう難しいことではない。
まあ、それはそれとして。
従妹は俺のことを「灰色のグレちゃん」と呼ぶ。
「グレてたグレちゃん」とも呼ばれるがな。
まあ、俺のプレイヤーネームをグレちゃんに一字足して『グレン』と決めたのは従妹だ。
「私が『リアじゅー』始めた時に、グレちゃんをグレちゃんと呼べなかったら、不便だから!」
理不尽なことを……とは思ったが、歳の離れた可愛い従妹殿の頼みだからな。
しかも、入院中の怪我人相手だ。
分かった、分かった……と従妹の好きなようにさせたのだった。
今日の日記を纏めて送る。
ちなみに外部サイトで噂になっていることに対しては、「まあ、運が良かったんじゃねーの?」で済ませている。
多分、技術流出の件だろうからな。
日記の主旨は感覚設定『リアル』の素晴らしさについてだ。
リアルな合成じゃ味わえない紅茶の味。
まるで本当の自然を体験したかのような臨場感。
そういったことを中心に、後はPKに会ったとかムックというフレンドができたとか、その辺りはサラッと纏めた。
着信が来る。
───もしかして、ハマって来た? あと、ドエム乙!───
うるせー! 誰がドエムだ! 羨ましかったら、早く治せ!───そんな感じの返事をして、俺は寝るのだった。




